二十五話『恋慕』
ホテルのロビーに全員が集まる。ガイドブックを広げたヒロムが、「どこ行こう…」と頭を悩ませる。「水族館!!」と目を輝かせるサユリ。「いーや!動物園!!!」とミサ。意見が割れる二人。
「カガミ、どうする?」とヒロムが問うが、どちらでもいいので、「サユリと一緒で…」と答える。
ヒロムは「じゃあミサ、俺と動物園行こうか」とミサに言うが、ミサは「え!?!?ここで別行動!?」と驚きの声をあげる。ヒロムは、ミサに何かを耳打ちしたあと、こちらを見てグッドサインを示す。
「じゃあ行くぞミサ~」
ヒロムがミサを連れていく。ミサも何故か「サユリ、カガミまた後でね~!」と抵抗もせずヒロムに連れていかれた。
俺とサユリは向き合う。「なによ」サユリの言葉に、「別に」とそっぽを向く俺。「照れてる?」問いかけるサユリに、「な、なわけ…」と誤魔化すが、言葉に詰まる。「私たちも行こ?」
天使が舞い降りたような可愛らしい表情を浮かべるサユリに、視線が釘付けになる。その刺激の強さに、暫く立ち止まっていると、「はやくはやく」とサユリがこちらを手招きする。
電車に乗って水族館へ向かうと、そのエリアはカップルばかりが目立っていた。俺とサユリもひょっとしてそんな風に見られて…。なんて妄想が捗るが、サユリがむぅ、と頬を膨らませながらこちらを見る。
「カガミ、ぼーっとしないでよ!」
サユリの言葉に、「ごめん!!!!!」と逃げの選択肢を選ばず、素直に謝る。
「もっと私の事見て?」
顔を近づけながら言うサユリに、心臓の鼓動が高鳴って仕方がない。これが本当の幸せなんだろう。嬉しいのに、どこか恥ずかしいんだ。
サユリの顔をじーっと眺めては、「ふふっ、カガミには私しかいないもんね?」とサユリが自信満々に問いかけてくる。
「ああ、」
サユリに即答した後、チケット売り場に並んだ。サユリもその後を追うように並ぶ。俺の後ろに一人挟んでサユリが並ぶ。知らない女にサユリとの間を挟まれた事への一方的な不快感を覚えつつ、チケットを購入しては、サユリがチケットを買い終わるのを待つ。
「ごめん、お待たせ!」
サユリが手を振りながら戻ってくるのを見ては、「行こうか、」と水族館の中へ向かう。
「なんか人いっぱいだね」
というサユリに、俺は「二人きりが良かった?」と言って揶揄う。
「うん」
堂々とした返事が返ってきては、「ッ!?」と俺は顔を真っ赤に染め上げ思考停止する。
「そんなんじゃダメね!カガミ!私がちょっと素直になっただけで照れちゃうなんて!他の女が寄ってきたらどうするの??」
サユリの冗談に、俺は真っ向から衝撃を受ける。
「そんなことは無い!俺はサユリしか見ない!サユリしか見てない!俺にはサユリ以外…!」
サユリの手を取り焦りながら弁明する俺を見た子供が、「なにあれー」と指を指しながら母親に言った。母親は「見ちゃダメ」と言いながら子供を連れていく。目を丸くする俺とサユリ。
「もうっ!公共の場で何言うのよ」
恥ずかしそうにするサユリに、「悪い…」と謝る俺。
そんなこともお構いなし、きっと俺とサユリの会話なんて聞いていない近くにあった水槽の中にいるチンアナゴが、踊るように顔を出したり、穴の中に隠したりする。
「ッ…」
その様子を見た俺が、少し吹き出しそうになる。
「え??なんでチンアナゴで笑うの」
と驚くサユリに、「だってこいつなんか…シュール…」と頭を抱える。
「笑いのツボわかんないって」
と戸惑うサユリ。
順路を辿って行くと、今度は大きな水槽で無数の魚たちが泳ぐ前を歩く。
「うわ~綺麗」
と辺りを見渡して興奮するサユリ。俺は魚よりもサユリの顔にしか目がいかない。
「お母さんにも見せてあげたいな」
サユリの言葉に、「サユリの母さんって、確か身体悪いんだよな?」と俺は問いかける。サユリは微妙な顔をしながら、「体じゃなくて…」と言った後あまり言いたくなさそうな表情をする。
「ははっ、楽しんでる時に聞く事じゃなかったな」
俺が言っては、「お父さんも…お母さんのそばにいてあげたらいいのにね、」意味深に呟くサユリを見て、サユリの家庭が複雑な状況にあるんだと理解する。そういえばサユリの両親って何をやってる人だっけ。
俺が考えてる間に、サユリは「わー!サメー!!」と、水槽に手を触れて子供のようにサメを眺める。
「サメは嗅覚と聴覚に優れてるって知ってたか?」
俺が問いかけると、サユリは「本当なの?」と俺のほうを見る。
「サメは低周波音に敏感なんだ。魚の動きによる不規則な音や振動を捉えて、獲物がいる方向を特定する。水面の音にも敏感で、その音を弱った獲物と勘違いして接近することもあるらしい。それに加えて嗅覚も高感度。人間なんかじゃ比べ物にならないぐらい。血液の匂いを海水中で非常に薄い濃度でも感知出来るらしい。匂いは潮流によって運ばれるから、数百メートル先の出血源に数分で到達できるんだって」
俺がペラペラとサユリに知識を話すと、サユリは「カガミって刑事さんみたいだね!」と目を輝かせる。
「まあ、昔父さんと水族館に来た時、聞いた話だけどな。」
俺が補足すると、サユリは「カガミのお父さんって凄いよ、」と父さんの事を賞賛する。
「カガミも将来は警察官になりたいんでしょ?」
と問うサユリに、「かっこいいだろ??」と答えた後、「頭脳明晰で正義感が高く秩序を守るためなら自分の命さえ投げ出す完璧で何の欠落も無い主人公!!!なりたいんだよ、俺は。優しくて誰よりも強いヒーローに!」と続ける。
サユリは、「じゃあ、カガミは私にとってのスーパーレッドだね?何かあったら守ってね?」と微笑む。その笑顔に、俺は心を弾ませる。
「嗚呼…」
恥じらいながら言葉を返しては、サユリは俺の手をギュッ、と握る。
「な、なんだ?」
俺が問いかけるとサユリは、「いいでしょ??」とだけ首をかしげながら俺に言った。
俺に拒否する選択など無かった。サユリと手を繋ぎながら水族館内を歩く。楽しかった。心から楽しいと感じることができた。こんな時間がもっと続けばいいのにって思った。一生サユリのそばにいられたらそれで…。




