二十話『超越』
父さんの粗探しも乗り切った俺は一先ず朝食を食べにリビングへ戻る。「カガミ」母さんが心配そうに俺の名を呼ぶ。「大丈夫、父さんもわかってくれたよ」俺が笑うと母さんは、「良かった。あの人もきっと調べ過ぎてどうかしちゃってるのよ。昔から事件となれば自分の納得が行くまで答えを追求しないと気が済まない人だから。」と説明する。「昔から???そういえば、俺父さんと母さんの馴れ初め話とか聞いたことがないかも」俺が言うと、母さんは「あの人が話すなって言うからね。照れ屋なのよああみえて」と父さんを見ながら恥ずかしそうに笑う。「ねえ、母さんって本当に父さんの事が好きなの?」俺が問いかけると、「当たり前でしょ???」と即答する。「さあ、ご飯食べるわよ~」母さんは自信満々に料理をテーブルへ乗せた。「じゃあ父さんは? 本当に母さんの事好き?」俺が父さんにも問いかけると、父さんは黙って顔を赤く染めた。「バレバレだね、」俺が笑うと、母さんは「あなた、照れるだけじゃなくて少しぐらい言葉で示してよ」と父さんを揶揄う。「なぜわざわざ息子の前で言わなければならないんだ、!」父さんは焦ったような表情を浮かべた。「本当に可愛らしいわね、あなたについていくって決めて良かったわ」母さんはそう言って微笑んだ。
「ついていくって決めた?」俺が問いかけると、母さんは「カガミにもカレンにも話したことないんだけど、実は私もね、若い頃は」と話を切り出す。「駄目だ」父さんが母さんの話を遮る。「それは全ての捜査が終わった後にしないか」父さんの提案に、母さんは「へ? どうして」と首を傾げる。「この連続殺人事件、現状では内部の人間が疑われているんだ。そんな時にお前が余計な事を口走ったりしたら」父さんはそう説明する。「わかったわ、本当に心配性なんだから」母さんは父さんの提案を飲んだ。なんだ。なんだこの会話は。十七年一緒に暮らしてきて、まだこの俺に隠していることがあるのか、この両親は。俺の頭ではどう考えても分からなかった。だが、不気味だな。そんな会話の後、テレビをつけながら三人で朝食を摂る。当然のように俺が犯した殺人事件が報じられているが、俺はその映像には全く視線を向けようともしなかった。そのままありきたりな家族会話を添えて、朝食の時間も終わる。なんだか母さんと父さんの会話が引っかかって気持ち悪い。若い頃は。なんなんだ。母さんは何かをやらかした事があるのか?ついていくって決めたってどういう事だ。
俺は自分の部屋に戻り、入れ替えたパソコンをホノカに渡す。「よく二台もパソコン持ってたな」ホノカの言葉に、俺は「何かあったらマズいと思ってな。用意しておいて正解だった」と口角を上げる。「すごいな。お前の危機回避能力は」ホノカは感心する。「高かったんだよ。でもバレたらおしまいだ。これは見えないとこに隠しておこう」そう言いながら、俺は棚の中にもう一台のパソコンを片付けた。「都合良すぎないか?」ホノカの問いに、「世界が俺の予定通りに動いているんだ」と微笑む俺。「でも私がいなければそのパソコンを入れ替えることすら出来なかったんだろう? 少しぐらい感謝しろよ」ホノカは俺が描いた物語を特等席で楽しむかのように笑った。「それは感謝してるよ。ホノカ。ホノカにはこれからも活躍して貰わなきゃいけないんだ。俺のそばにいてね」一見甘く聞こえるこの言葉も、ホノカには通用しない。「私を利用しようとしているな???」ホノカの鋭い指摘に、俺は「まさか。利用だなんて。」と誤魔化すように笑う。「調子に乗るなよ、カガミ。私はお前を生かすことも殺すことも出来るんだ」ホノカの脅迫に、俺は目を逸らす。「お前はもう殺人犯になっている。つまりもういつでもお前を地獄に送れるって事だ。死神を甘く見たら痛い目に遭うぞ」
ホノカに逆らえば、死ぬかもしれない。そんな恐怖を、再認識させられる。「構わないよ」キッパリ俺は言い切った。「お前そんな事言う人間じゃないだろ」ホノカは俺に冷ややかな目を向ける。「サユリさえ守れたら、サユリさえ最後まで守って一生サユリが死ぬ未来が無くなれば俺はそれでいいんだよ…!!!」サユリのため。サユリのため。サユリのため。俺を象る言葉は、もうそればかりだ。でも、事実だ。サユリさえ守れたら俺は死んだって構わない。俺の存在価値なんて、サユリに求められるためだけにあるんだから。「なあカガミ」ホノカは自制が効かなくなってきた俺の肩を、トントン、と優しく叩く。「お前はサユリがお前の前にいない間、何をしているか知ってるか?」ホノカの言葉に、俺は「ん…?」と首を傾げる。「サユリが何をしてるかって?」ホノカは「うむ」と頷く。「俺のためにどんな服着よう、とか俺とどういう話をしよう、とか考えてるんじゃないかな」俺の言葉に、ホノカは「なんでサユリの人生の中心がお前だと思ってるんだ???」と純粋な表情で疑問をぶつける。「だって…俺がサユリの彼氏だし。俺がこんなに四六時中サユリの事を考えてるのにサユリがほかの事を考えるなんて不公平じゃないか」俺がその疑問に答えると、「カガミ。正気か。サユリはともかく、現状お前が考えてる事の八割は殺人のことだろう」と俺のほうへ指を指しながら言葉を突きつけてくるホノカ。
「いや…俺はサユリの…」とごもごも呟くが、ホノカは「お前、自分を客観的に見た事あるか。」と浮遊しながら俺の前に鏡を持ってくる。「これがお前の今の顔だ。」俺の顔を見せつけてくるホノカ。「この行動になんの意味があるんだ」俺が問いかけると、ホノカは「自分の顔を見て何も思わないのか?」と鏡を俺の机に置いて溜息をつく。「整ってるな、とかそういうことか?」と俺が問いを続けるとホノカは、「駄目だお前は。まるで自分を客観視出来てない。自分が主人公だと勘違いしてるのか。お前は地球を構成する八十億人以上いる人間の一人でしかないんだぞ。たかがそんな単一個体がどれほど他人の人生にどれだけ影響を与えると思う?」と逆に問いをぶつけてきた。「俺がちっぽけだと言いたいのか」ホノカの言い方が不快になり睨みつけると、ホノカは「お前は自分を美化し過ぎだ。私から見ればお前など微生物に過ぎない」と笑いながら俺を煽った。「微生物…」俺はプライドを傷つけるホノカの一言に感情的になりそうになるが、ここで弱さを見せるわけにはいかないので自分を落ち着かせる。「でも俺の人生の主人公は俺でしかない、他人の事なんて知るか」俺の反論に、「じゃあサユリは他人か」とイチャモンをつけるホノカ。「サユリだけは特別だ」俺の言葉に、ホノカは「サユリはどう思っているんだろうな」と呆れたように呟く。「まあいい。私が何を言おうがお前の考えが変わらないのは理解した。好きにやれ」突き放すような事を言った。「事の発端はホノカだからな。ホノカがいなければ俺は殺しなんてしていない」俺が言うと、ホノカは「だがサユリとの関係はどちらにしろ破綻していたはずだ」と、もうたいして俺に興味が無さそうに淡々と言葉を返した。「見ていてよ、ホノカ。俺がどういう風に"特別"になっていくのか。その目で見届けて。俺は微生物なんかじゃない。八十億の人間の中でも輝きを放つ一人になってみせるよ。」俺がホノカに言うと、ホノカは「私にはお前を最後まで見届ける権利がある」と頷いた。「楽しみに待ってるよ。お前の行く末を。」




