十五話『サユリ』
しばらくして勉強を終わらせた俺は、ベッドの上に寝っ転がる。いつかは、この罪を償う時が来る。運命を書き換えられてしまった以上、これは逃れる事が出来ない。俺は目を瞑り、頭の中で自分を分裂させる。ここは、背景が真っ黒の異空間。中にいるのは自分ともう一人の自分で、対峙するように向かい合わせになる。「現状に本当に満足してる?」もう一人の俺が話しかける。俺は、「諦めてるよ」とだけ答えた。「もう俺が殺さなきゃ……。俺の周りの人間が死ぬんだ。そっちの方が辛いよ」俺がもう一人の俺に答えると、「そっか、」ともう一人の俺は優しく微笑んだ。
「でも、大丈夫だよ……。君が全て正しい。俺は君を全肯定するよ」もう一人の俺の言葉の後、一瞬の安堵を求めた異空間は継続困難になり、現実世界に強制的に戻される。俺はベッドの上に体育座りになった。「……なんで……」落ち込んでいると、バタバタと階段を駆け上がる音が聞こえた。「カガミ、おはよ!!!」お洒落したサユリの登場。俺は、「おっ、」と一気に機嫌が良くなる。「どうした???」俺がサユリに問うと、「遊び行こ?」とサユリは俺に顔を近づける。「急だな……」サユリの突飛な行動に驚くが、せっかくサユリが誘ってくれているので……行く以外の選択肢は無く。「さっそく行こうか、」とサユリの提案を受け入れる。
「で、でも……ノープラン……」とモジモジするサユリに、「気にする事はないさ」と笑顔を向ける。夢は爆ぜ、薄汚れたその手で、サユリ의純白の手を握る。その事への罪悪感も覚えつつ、俺は最愛の人と街へ飛び出した。笛野小百合。その人物を構成する全ての存在が愛おしくて、守りたくて……。俺は悪い意味で彼女に“依存”している自覚がある。彼女は危険因子だ。俺を善にも悪にも作用する。俺が裏で殺人を犯しているなんて知らないからこの女は俺にここまで愛想を振りまけるんだ。その愛想に俺は甘えて、現実逃避しているに過ぎない。果たしてこれは、真実の愛なのだろうか?? 俺が都合よく、俺のフィルターだけで“サユリ”と言う女性を解釈してしまってるだけなのでは???
俺も馬鹿だな、サユリとの関係まで疑い出すなんて。でも、本当にサユリといる時間だけは俺が想像で生み出した逃げ場のようなんだ。ノープランで街に飛び出した二人は、ショッピングモールへ向かった。楽しげな声が軽快な音楽と混ざるこの空間は、物騒な世の中から離脱しているように見えた。俺は無意識に世界に安堵を求めていたらしい。「わあ……!!!」大きなショッピングモールに、少女の頃を思い出したかのように目を輝かせるサユリ。「ねぇ、ここって確か私が行きたいって前カガミに言っていた……」サユリは勘づいたのか、ショッピングモールの地図を見ながら俺に問いかける。「そうだよ、サユリが行きたいって言っていたスイーツショップがある場所さ、」俺が言うと、サユリは「カガミ大好き!!!!」となんの恥じらいも無く俺に抱き着く。
「はぁ……。距離が近い……」内心嬉しくて仕方がないが、顔には出さないようにする。久しぶりに全て忘れて楽しいデートが出来そうだ。嗚呼、いっそのこと殺人も何も気にしなくていいような、サユリと二人だけの世界に消えてしまいたい。魂まで一つになろうよ、サユリ。その後もショッピングモールを満喫する。ピンク一色、お嬢様のような内装のスイーツショップに入るのは少し恥ずかしかったけど、サユリが本当に喜んでくれたから俺は心から幸せを感じることが出来た。やっぱり俺はサユリが好きだ。サユリへの愛に嘘はない。サユリに罪なんか一つもない。サユリがこの世に生まれてきたこと、その全てが俺にとって最高の贈り物。
服を大量に購入し満足気な表情を浮かべたサユリは、ショッピングモールの屋上のベンチに二人で並んで座った後、はしゃぐ子供たちを見ながら甘ったるい声で言った。「カガミといると幸せだな~」「ねぇ、カガミ。カガミが最近何か悩んでるのは私も知ってるよ。遊園地に行ってからずっと様子が変だなって思ってたから」サユリは俺の手を優しい温度で絡め取る。「サユリ……」俺はその上目遣いに気を取られる。「でも、安心して? 私は、カガミの事、何があっても、全部……全部受け入れるよ……。カガミの全て、私にちょうだい??」サユリの言葉に、耳元まで暖かくなる。同時に、全てを勘違いしてしまっているような疑心感も生まれる。
俺は、どこか前提から間違ってるような……。俺が返答に迷ってる間に、サユリに唇を奪われる。それは一瞬で、幻のようだった。「カガミ、大好きだよ」無邪気に笑うサユリを見て、俺はまた奈落の底に落ちる。「俺もずっとサユリが……」好きだと、言おうとした瞬間、俺が殺した人間や目の前で死んでいった人間たちの姿がフラッシュバックする。「カガミ???」クラっとする俺をサユリは支える。「大丈夫、立ちくらみがしただけだから」優しく微笑んでサユリに片手を差し出す。「もう夕方だよ。さあ帰ろう、サユリ」サユリは俺の片手を取る。俺はサユリと恋人繋ぎをした。
「ねぇ、サユリ」俺が問うと、サユリは、「ん?」と首を傾げた。「サユリはさ、俺の全部受け入れてくれるんでしょ?」俺が言うと、サユリは、「当然でしょ?」と間髪いれずに答えた。「サユリ……」俺は彼女の名前を呟く。どうやらいまはまともな判断が出来ないらしい。この愛は、本物なのか都合よく解釈されたフェイクなのか。俺のサユリへの気持ちは嘘じゃない。そうだって信じたいだけじゃないか?? 俺は本当にサユリを愛してるのか??……最愛のサユリを前にこんな考えに至るなんて、俺も終わってるな……。




