十四話『本物』
翌朝。リビングに行くと早速ニュースで報じられていた。
母さんが、「また今日も…」と呟く。
「でも少し離れてない?」と俺が言うと、父さんが「…」と何かを考えるような表情でこちらを見てくる。
「父さん、どうしたの?」
俺が問うと、「犯人は20代から30代ぐらいの男…どこかで見たことがあるな」と何かが引っかかり、考える仕草をする。
「朝からそんな重い事考えないでよ、俺たち家族が事件に巻き込まれた訳じゃないんだし」
俺が笑いながら言うと、母さんは「でも変ね、同じ時期に、カレンもヒロムくんも亡くなっているんだもの。まるで最近になっていきなり物語が動き出したみたいじゃない、」と違和感を覚える。
「あ、ご飯出来てるわよ」
笑顔で食事を盛り付ける母さん。
「捜査はどうなってるの?」
母さんの問いに父さんは、「私が指揮する捜査本部が事件を担当する事になっているのは前と変わらないが、捜査本部に残ったのはたった七人。手がかりは防犯カメラの映像しか今のところ無い。みんなで頭を悩ませているところだ。本当に頭の切れる名探偵でもいてくれたらいいが…」と頭を抱える。
「それじゃ漫画の世界だよ、」
と微笑む俺に、母さんは「早く犯人が捕まるといいわね??」と言葉を投げた。
ここまでは至って警察官を父に持つ普通の家族の会話。
ただ俺はここで更なる深掘りをする。
"早く犯人が捕まるといい"
つまり、母さんも犯人は悪だと思っている。
俺はこうするしか無かったのに。
理解しようとしてくれない。
俺は何を期待していたのだろう。
なんだか、急にこの家族関係も、虚空のものに見えてくる。
「頂きます、」
テーブルを囲み手を合わすこの時間も、俺の心はポッカリと穴が開いているみたいに満たされない。
今日は世間一般的には休日だが、父さんは「行ってくるよ、」とスーツ姿でカバンを手に取る。
「父さん、頑張ってね?」
なんて、俺はいい息子であろうと演じ続ける。
「嗚呼、早く帰るから」
父さんは俺の頭を優しく撫でた。
俺は「もう、子供じゃないんだから」と言うが、父さんは「私から見ればカガミなんてまだまだ子供だ」と笑った。
そして玄関を開けて職場へと向かっていく。
自室に戻った俺は、勉強しようと参考書を開く。
集中したいのに、ホノカが揶揄うように俺の周りを浮遊する。
「行動がやかましい、」
ホノカに言うと、ホノカは、「私と遊びに行ってはくれないのか?」と俺の顔を覗き込む。
却下だ。
俺の貴重な時間を殺人以外でこの緑髪の女に使いたくない。
「カガミ、この近くにショッピングモールが出来るらしいな。これは人がたくさん来るぞ」
雑誌を読みながら楽しそうにするホノカ。
勉強に手をつける前に……
「ところでお前、聞きたかったんだけど」
と机の上を浮遊するホノカに語りかける。
ホノカは、「なんだ?」と目をぱちぱちさせた。
「お前は俺と出会う前どこにいたんだ?」
これは純粋な疑問。そういえば知らなかった。
ホノカは、「普通に死神界…所謂地獄にいたが。」と唐突の質問に不思議そうに答えた。
「いや、地獄に行った元人間なのか元々地獄生まれなのかどっちなのかって話だよ、」
と俺が問うと、ホノカは目を逸らす。
「私は…お前と同じさ」
ホノカの回答に、俺は口角を上げる。
「やっぱりな」
俺の返事にホノカは、「やっぱりとはなんだ」と頬を膨らませる。
「死神にしては完全悪じゃない気がしてさ、」
笑う俺に、ホノカは「死神は完全悪とは限らないだろう」と言葉を返す。
俺は、「ねえ、元々人間だったって事はさ…ホノカも…」と問いかけた。
するとホノカは「嗚呼」と淡々と語り出す。
「私もお前とおなじ、運命を書き換えられた被害者だ」
と答えるホノカ。
俺は「…」と少し俯く。
「ねえ、生前の名前は?」
俺が問うと、ホノカは、「翠川穂乃果。漢字はこう書く────。」と俺のノートに漢字を書いた。
「綺麗な響きじゃないか、」
俺が言うと、「口説いてるのか?」とホノカは俺を揶揄う。
「まさか。俺はサユリ以外の女に興味は無いよ。じゃあ、勉強するからどっか行って?」
ホノカに淡々と言葉を吐くが、「私が勉強教えてやってもいいんだぞ」とホノカは離れようとしない。
「大丈夫だよ、俺一人で出来るし」
とホノカを言葉で突き放せば、ホノカは「じゃあ暫く栃木あたりを観光してくる」と窓から浮遊して姿を削す。
集中できる環境が整った俺は、勉強を進めながら、机に置いたモニターでニュースを確認する。
『速報です。先日、如月市で起きた二つの殺人事件で防犯カメラに映っていた男と、昨夜、渋谷区で男性が殺害された事件の犯人が同一人物である事が判明しました。犯人は現在も逃走中と見られ警察は行方を追っています。』
誰が警察内部の情報を漏らすんだか。
と溜息を吐きつつ、勉強に励む。
英語を翻訳しなさい。と言う問題。
翻訳すると、"世界は常に理不尽で不公平である。"となる。
全く、なんて例文だ。
と考えつつ、共感もする。
こんな運命を背負わされて。普通の人間だったら線路に飛び込んだっておかしくない。俺だったから耐えられただけの話だ。
ホノカは、ホノカはどんな仕打ちを受けたんだろうか。
俺と同じって言っていたが。
…いっそ警察より死神になってしまうほうが俺は向いているんだろうな。
俺は自分で言うのもなんだが、『善』寄りの人間だと思っていた。
だが、ホノカとの出会いでその前提が見事に砕けた。
そこには俺が知らないもう一人の俺がいて、その俺は『悪』の顔を持っていた。
昔の俺が見たら、どう思うだろうか。
俺は、正義感が高くて、国の治安を守る父さんみたいな警察官になりたいってずっと思っていた。
事件を解決する父さんの姿を見て、純粋な瞳を輝かせた。
でも、善も悪も、どの俺の姿も正しくて。
本物で。
俺って本当は………。「何者なんだろう…」
勉強する手が止まる。
自分が自分で無いような離人感を覚える。
人を殺すと自分が壊れるとはよく言ったものだ。
本当にその通りじゃないか。
何のために勉強しているんだろうか。
そもそも何のために生きているのだろうか。
何のために人を殺して何のために…何のために…何のために…。
周りが一気に白一色になった気がした。
「あれ…?」
俺は目を震わせる。
「…これって…」
一瞬だけ、暗い研究室のような異空間が見えて、焦ったように瞬きする。
「勉強…しなきゃ…」
一瞬放り込まれた非現実と現実の狭間から脱した俺は、イヤーマフをして外界をシャットダウン。
シャープペンシルを握り、スラスラと問題を解いていく。
こうしていれば、普通の高校生だと言うのに…。




