十三話『最高の舞台装置に花束を』
放課後。
防犯カメラの映像がSNSで拡散され続けている。
そんな噂が、頭から離れなかった。
俺は帽子を深く被り、無意識に周囲の人間を警戒して歩く。
すれ違う生徒の笑い声や、スマホの通知音ひとつで、肩が跳ねた。
サユリは「学校に残るから、先帰ってて」と申し訳なさそうに言った。
強引に連れ出すことは出来なかった。
……コソコソ、何をやっているんだろう。
まさか、他に好きな人が出来たとか……?
いや、そんなの……そんな事があるなら殺すしかない。
その考えが浮かんだ瞬間、俺は立ち止まった。
思考まで完全に殺人犯になっている。
そう自覚した瞬間、吐き気がした。
本当に、ホノカに俺の平凡な人生を奪われている。
何も無ければ、俺は警察官になっていたはずなのに。
なぜ、追う側じゃなく、追われる側にならなきゃいけないんだ。
帰り道。
警察がたくさん現場にいた。
俺はその現場を横目に自宅へ歩いていく。
自分の部屋に入りニュースを付ける。
ホノカがベッドの上でピザを食べながら「おかえり、カガミ」と俺を待っていた。
「死神ってご飯食べるんだ…」と呟く。
「人間の姿で買いに行った。いくら食べても死神は太らないぞ、羨ましいだろ??」
ホノカは笑いながら「お前も食うか?」と俺にピザを差し出す。
とりあえず受け取れば、女子高生殺人事件のニュースが始まった。
『速報です。未明、如月市の住宅街で、女子高生が何者かに殺害される事件がありました。防犯カメラに映った映像から犯人は20代から30代の男性と見られ、警察は捜査を続けています。この現場の付近では先日も女性教師が殺害される事件があり───────。』
事件を読み上げるアナウンサー。
何度も防犯カメラの映像が繰り返される。
「馬鹿だな、カガミ。あんなにはっきり防犯カメラに映るなんて」
ホノカの言葉に、俺は不機嫌になる。
「カメラがあるなら言ってくれ…」
俺が言うと、ホノカは「お前は自己犠牲の割に他責思考だな」と鼻で笑った。
ニュースを眺めながらピザをもぐもぐと二人で食べる。
「どうだ??地上波デビューした気分は。」
ホノカが俺を揶揄う。
地上波デビューなんて、そんな芸能人気分で浮かれていいはずがない。
俺は、人の命を奪っている殺人犯だ。
「今日も殺しに行こう、カガミ。私は楽しくて仕方がないぞ」
不謹慎な事を言うホノカに、俺は呆れてため息をついた。
「殺しには行くけど。そろそろ如月市を外れないか?特定されそうで怖い。」
俺の提案にホノカは「殺しに交通費までかけるつもりか?」とバカにする。
「サユリを守れるなら手段は問わない」
俺の言葉にホノカは「お前、サユリ好き過ぎるだろ…」と少し引いたような反応をする。
「当然だよ。俺はサユリが一番大事なんだ。」
俺が穏やかな笑みを浮かべると、「お前…死神に近づいたんじゃないか…?」とはじめてホノカが人間の狂気に怯えるような表情を見せた。
「安心して?誰でも俺が楽に殺してあげるから。」
と優しい声で無邪気に言った。
ホノカは「…」と俺の反応に自責するかのように目をそらす。
机上に置かれたサユリとの幼少期の写真を手に取り、「必ずサユリを救うからね…」と声をかける。
俺の様子を見たホノカは「カガミ。今のままだと駄目だ」と冷静な声で静止した。
「なんで?」
俺は笑いながらホノカに問う。
「お前のせいでこんな目に遭ってるんだ。だからホノカは今まで通り傍観者として特等席で楽しんでよ。」
俺の言葉に、ホノカは目を見開く。
「カガミ…お前…」
ホノカは瞳を震わせる。
「大丈夫。俺は頑張るよ。サユリを殺す訳には行かないからね」
と穏やかな声でホノカに言った。
俺はもう、どう転んでも殺人者だ。
いつか天罰が下るとしても、サユリのためならどんな罪だって背負って見せる。
「ねえ、ホノカ。今日は誰を殺そうか?」
俺がホノカに言うと、ホノカは「私に聞くな」と目を逸らしたまま答えた。
ずっと手に持っていたピザを、むしゃむしゃと頬張るホノカ。
ピザを食べ終わったあと、ホノカは俺のベッドの上に堂々と「カガミ。お前の精神は確実に崩壊しようとしている。そのまま美しい姿を私に見せろ。」
ホノカの言葉に、「悪趣味、」と答え微笑んだ。
夕飯も終わり、風呂も済ませ、家族も寝静まった夜。
俺は静かに息を吸う。
そしてナイフを手にした。
「行くか……」
俺が呟くと、ホノカは「終電までには帰れるようにしろよ」と声をかけた。
「もちろんそのつもりだ」
俺はそう言うと、静かな夜の街に飛び出し、駅まで歩いて向かった。
遅い時間で誰もいない駅の中に入る。
黒一色の服を身に纏い、少し俯きながら電車が来るのを待つ。
「この人殺し」
ザワザワと頭の中で幻聴が騒がしくなる。
そんな声を掻き消すかのように、大音量でお気に入りの音楽を流す。
アナウンスも聞こえない中、電車が来たことに気が付けば、ホノカと共に車内に乗り込む。
音楽を垂れ流していないと気が済まないこの状況。
ホノカと俺しかいない電車で、BPM135の音楽だけが静かに耳元へ流れる。
「着いたぞ」
ホノカが俺の肩をトントン、と触った。
俺はヘッドホンを外し、カバンの中へ入れる。
渋谷──────。
ここまで来れば、さすがに誰かいるだろう。
まだ灯りが付いている街中を、人混みを掻き分けながら歩く。
「人目が多くないか?」
街の様子を見たホノカが言う。
確かに人目は多い気がする。
俺は裏道へ向かった。
「裏に入るとこんなに人が少なくなるんだな。」
関心するホノカに、俺は「あの人にしよう」と下を向きながら一人でスマホを眺める挙動不審の細い男を狙う。
ホノカは「男だぞ」と忠告するが、俺は「大丈夫だよ」とホノカの言うことを聞かない。
俺はナイフを握り背後から細い男に向け刃物を突き刺す。
細い男は「!??」と目を見開き、血を流しながら後ろに倒れる。
逃走しようとした時、「たっくん、!?」と細い男のことを知っていそうな女に見られる。
「!!!?」
確実に顔を見られた。
「警察……」
冷静な女はスマホを耳に当て警察に通報する。
俺は急いで背中を向けその場から逃げる。
「昨日から間抜けがすぎるぞ、カガミ。」
ホノカの言葉に、「うるさい」とだけ走りながら返す。
そんな俺を見てホノカは「全く…」と呆れているようだった。
駅まで逃走し、電車に乗り込んでは、また動悸が顔を出す。
「ぅ"…」
心臓をド突かれたような動悸と、少しばかりの目眩。
気持ち悪くなりながらも、俺はなんとか最寄り駅まで戻ってくることが出来た。
自室に戻ると立っているのも辛くなりすぐに泣き崩れる。
「ぅ゛ぅぅ……」
余裕な素振りをしていたが涙が止まらなくなっては、次第に床に倒れるように眠りにつく。
そんな俺を見たホノカは「愚かだな…人間は」と静かに呟いた。




