十話『暖かな』
ミサを叩くと、ユリカは「!?」と驚いたようにこちらを見る。
「弐式くんサイッテー!」後ろにいた女子生徒たちは今度は俺を責める。
「ユリカが何をしたって言うんだ。」俺はミサを睨みつけた。
「何をした?私が気に入らない人間は排除するのが当然じゃなーい。弐式くんはいい子だから分からないか、」
その廊下をスクールバッグを持って横切るサユリ。
「サユリ、お前からもなにか言ってやってくれ」俺がサユリに言うと、サユリは、「へ?」と目をパチパチとさせる。
「サユリ。サユリって弐式くんと付き合ってるんだよね??」ミサはサユリに言う。
「ぇ、ぁ、うん。」サユリは少し戸惑いながら俺の方を見る。
「じゃあ弐式くんが虐められたら嫌よね??嫌ならユリカをここで見捨てなさい、」ミサはサユリに言った。
サユリは、「わ、私…!」と震えた目でミサを見上げる。
「何を今更いい子ぶっちゃってるわけぇ??」ミサはサユリを見下す。
「でも…!!!辞めて…!」サユリはそう言うと、ユリカの手を引っ張りながら逃げる。
俺もカバンを取りに行き、サユリを追いかける。
ミサは「つまんなぁい。」と口を尖らせた。
正門前。
「なんの真似ですか…!?」サユリを見て怯えたような表情を浮かべるユリカ。
サユリは、「なんの真似って、あなたを助けに…」とユリカの両肩に手を置く。
「ふざけないで!!!あなたたちみたいな人なんかと関わりたくない!!!!」ユリカは声を荒らげ、バタバタと走っていった。
「助けたのになんだその言い分は…」俺は遠くなったユリカの背中を見ながら呟く。
サユリは、「…」と少し陰のある表情を浮かべる。
「サユリ?」俺はサユリの顔を覗き込む。
サユリは、「ごめん、言われた事、ちょっと刺さっちゃったみたい」と乾いた笑みを混ぜる。
俺は、「お互いきっと疲れてるんだ。」サユリに言っては、片手を差し出す。
恋人繋ぎ。
でも今までの恋人繋ぎとは違う。この恋人繋ぎは、誰かの犠牲の上で成り立っているんだ。
帰り道を歩いていると、昨夜俺が女性を殺した。電柱の前を通る。そこには花束と飲み物が添えられていた。
「ここで事件があったのよね…」ボーっとお供え物を見ていると、またもや花を持ったメガネでポニーテールの女性と黒髪ショートカットの女性がやってくる。
「ニナ、あんなに子供に人気だったのにね」花束を置き、手を合わせるポニーテールの女性。
「警察は他殺の線で見ているらしいけど…」ショートカットの女性も、涙を堪えながら手を合わせる。
「…子供たちのメンタルは…どうなるんだろう…」
「今朝、泣いている子もいたらしいわ」
遠くから女性たちの会話を聞いて、俺はスクールバッグを落とす。
「カガミ??」サユリは俺に視線を向ける。
「ぁ…あ…」
全身が震えて、足に力が入らない。視界がチカチカして、殺した瞬間の映像を何度も再生する。
「死…死んで…死んだ…ここで…」
パニック状態になる俺。カバンも持たずに家まで逃げるように走る。
「ちょっ、カバン!!!!カガミ!!!!!」サユリが俺を追いかける。
家の扉を豪快に開けると、足音を鳴らしながら階段を駆け上がる。
母さんは、「カガミ今日はお疲…」と言いかけるが、完全に無視する。
「ごめんなさい!!!」サユリが母さんに謝りながら俺の後を追い、二人分のカバンを持ちながら階段を駆け上がる。
「ぇ、な、なに…。」母さんはその様子を見て俺の知らないところで呟いた。
「カガミ、大丈夫!?カガミ、」体育座りで過呼吸気味になる俺を見て、サユリは叫ぶ。
「もう放っておいてくれ!!!!!!!!!」俺が怒鳴ると、サユリは「で、でも…!」と心配してその場から離れない。
なぜだ、なぜ俺がここまで言ってるのに離れようとしない。
「カガミ、汗出てる…タオルとお水とってくるから!」
サユリは階段を駆け下り、何やら母さんと話す。
俺が頭を掻き回したりしている間に、サユリは言った通り、タオルと水を持ってきた。
「ねぇ、汗拭い…」
俺は差し出されたそれらを、「うわぁぁぁぁ!!!」と叫びながら弾き飛ばす。
服に水がかかりびしょ濡れになるサユリ。
「…どうして…?」サユリは目に涙を溜める。
俺は「ぁ……」と怯えるような視線をサユリに向ける。
「大丈夫、大丈夫だから。私、カガミが落ち着くまで待つから。」
サユリは優しく声をかけて俺の部屋からいなくなる。
俺は両手で頭を抱えた。
『ニナ先生を返してよ』『僕らの先生だったのに!!!』
頭の中で、子供たちの声がザワザワと響く。
「辞めろ…辞めろ…」俺は途切れ途切れに呟いた。
瞳が震える。
突如脳に映し出された映像は、今朝の小学校。
『うわぁぁぁぁ!!!』『ニナ先生…ニナ先生がぁぁぁぁ…』『なんでッ…なんでッ…』
担任の訃報を聞いて、泣き出す子供たち。
その映像は何度も繰り返される。
「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんな……」
ただ涙がダラダラと零れる。
本格的に精神状態がおかしくなってきてしまったのだろう。
頭に霧がかかったような感覚を覚える。
まっすぐ前を見ると、人影がひとつ。
『なんで……?』
昨晩、俺が殺した女性が泣いていた。
「うッ…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」俺が叫ぶと、その幻覚も消える。
「どうしたの!?」サユリが焦って部屋の扉を開ける。
俺はサユリに抱き着いた。
「ぅ"ぅぅぅぅ……」呻き声を上げながらサユリに安心を求め泣き叫ぶ。
サユリは、「大丈夫だよ」と微笑んだ。
サユリその暖かな感触に心が落ち着く。
嗚呼…この人だけは。この人だけは絶対に失ってはならないんだと。俺は強く思った。
「サユリ…好き…」俺はサユリにしがみつく。何があろうと、誰を敵にしようと。俺はサユリを守りたい。




