前編
土曜日の朝。休みだと言うのに珍しく早く目が覚めた私は、散歩にでも行くかぁ、と玄関の扉を開けた。
どこだよここ?
目の前には大聖堂に似た建物のホールがあった。
何これ? 夢?
驚いて固まっていると、薄い水色の長い髪に青い瞳の、なんか神官様みたいな白い服を着た、どえらい美人に声をかけられた。
「聖女様ですか?」
ジャージ着てブラブラ散歩に出かけようとした人間が聖女に見えるとは、この人顔は良いけどちょっと……なんじゃない?と思ったのは内緒だ。
「あの、ごめんなさい。間違えました」
よくわからないけど、とりあえず扉を閉める。
うん、目の前に見えるのは、いつもの玄関の扉だ。深呼吸してもう一度ドアを開ける。
「あっ、また来てくださったんですね」
大聖堂と嬉しそうな美人の顔が見えた。
どうしよう、家から出られない。そして怖くて一歩も踏み出せない。万が一向こうに行った途端に扉が消えたりしたらとんでもないことになる。どうしたもんかと悩んでいると、突然美人が近付いてきた。
「聖女様、お会いできて嬉しいです」
美人が両手で私の手を握る。この人綺麗だけど男だわ、良い香りがするわ、とか考えていると、
「えいっ!」
と言って美人が腕を引っ張った!
扉から出てしまった私は、慌てて後ろを振り返る。ちゃんとドアの先には私の元いた世界があって安心した。
この人なんてことするんだよと怒りが沸いた。
「何するんですか!」
思わず怒鳴ると、美人は素直にごめんなさいと謝った。
そして悲しそうな表情で話し始める。
「聖女様とお会いできて、勝手に体が動いてしまいました。こんなに美しい方が来てくださって嬉しかったんです」
そ、そう? それなら仕方ないのかな?
一瞬流されそうになってしまったけど、騙されてはいけない。多分こいつ自分の顔の破壊力わかっててやってる。
「あのー、もう帰りますね」
「ダメです! せっかく聖女様が来てくださったんです! ちょっとお祈りしていってください! ねっ?」
そう言うと美人が私の手を引っ張って、どんどん歩いて行った。
何度も扉が無事か確認してしまう。うちの玄関と大聖堂の小さな部屋への扉が繋がっているようで、大聖堂の方は出入りに不便がないようだ。
「お祈りってなんですか! 大体あなた誰ですか!」
美人は急に立ち止まって、そう言えば自己紹介がまだでしたと微笑んだ。こいつほんとに自分の武器わかってるよなぁ。目が眩しい。私の好みど真ん中の顔してるのが腹立たしい。
「私は神官のアルベルトと申します。聖女様のお名前は?」
「……莉奈です」
「リナ様、ですか。聖女様はお名前も可愛らしいんですね。では、お祈りに行きましょう」
ほめられて照れていたら、切り替えが早い。なんだこいつ。
祭壇に向かい、さぁさぁお祈りしてくださいと勧められる。お祈りと言われても何していいかわからない。
「どうすればいいんですか?」
「リナ様のお好きに。なんでもいいんですよ。ご飯が美味しく食べられますようにでもなんでも」
ニコニコとアルベルトが言う。そんなんで良いのかと思って、とりあえず目を閉じて手を合わせて、このよくわからない今日が無事に終わりますようにと祈った。
祈り終わって顔を上げると、アルベルトがとても美しい笑顔で私を見つめている。
「リナ様素晴らしいです! 瘴気が消えました!」
よくわからないので説明を聞くと、なんでもこの国には瘴気と言うものがあって、聖女の祈りで消えるらしい。
聖女は異世界から来る人間で、昔からあちらで言う土日に扉が繋がって現れるらしい。説明を聞いても理解が追いつかない。
「リナ様が祈り始めた途端に、空気が綺麗になっていくのがわかりました! ほら、外が少し綺麗でしょう?」
「はぁ……」
聞かれても見せられてもよくわからない。確かに空気が澄んでいる気がするが、元々の色を知らない。
「さぁ、どんどん祈ってください! お願いします!」
アルベルトの目がキラキラ輝く。こいつはほんとに空気を読まない。人のことなんて気にしない。
「あの、その前に、私お腹空いてるんです。ご飯食べてきていいですか?」
朝食も食べずに来たのでお腹ペコペコだ。こんな美人に頼まれごとする機会なんてないから、少し祈るくらいやってあげたいが、お腹が空いて力が出ない。
「聖女様もお腹が空くんですか?」
馬鹿じゃないのこいつ。同じ人間なんだから空くに決まってるじゃん。首を傾げて可愛こぶるんじゃないよ! ときめくでしょ。
「空きますねー」
「そうですか。では、私が何か作るんでどうぞこちらへ」
そう言ってアルベルトは、また私の腕を引いてぐんぐん歩いていく。扉が見えないところに行くのは不安だが、力強く握られていて振り払えない。
着いたところは食堂で、アルベルトは台所で何か用意しはじめた。
少しして、普通の朝食が出てくる。パンとソーセージとたまごとミルク。普通すぎて、いつもの朝ごはんだなぁ、異世界だからって特別な物はないんだなぁと思いながら、ありがたくいただいた。
食後適当に祈る。その度にアルベルトが凄い凄いと大喜びしているので、まぁ私聖女だったみたいだし?と満更でもない。
適当に祈ったり、この世界の話を聞いたり、ご飯を食べたりしていたら、あっという間に夕方だった。
「では、帰りますね」
そう言って扉に向かう私の手をアルベルトが引き寄せる。バランスを崩して彼に抱きつく形になってしまった。
「リナ様、明日もお待ちしていますね」
耳元で囁かれて、私は声も出なかった。顔も真っ赤になっているだろう。こいつはほんとに自分美しさを活用しすぎだろう。仕方ない明日も来てやるか。
こうして私は毎週土日、週末に異世界で聖女をやることになったのだった。




