ヨハンとチェーカの追憶
ヨハンと聞くと、皆揃って口に出す。
「男みたいな名前だな」
笑われた。趣味であり愛している歌も馬鹿にされた。プライドばかりが傷付けられる。親も下に見られ、手酷く嘲る周りに、私は堪忍袋の緒が切れた。
手を出せば、親に怒られた。どうしようもなかった。
ボロボロの服を着て、私は一人、毎朝路地裏の空間で歌を歌った。誰にも気づかれなかった。周りに虐げられることもなく、ただ静かに自分の歌に浸っていられた。歌声だけが、私を私の世界に連れて行ってくれる。
そんなとき、チェーカは私のもとに来た。
歌を褒めてくれた、一番最初の友達。
蜘蛛のような足を持っていて、それが周りにおかしいと怖がられていた。似ている境遇に、私達はすぐに仲良くなる。
それでも、社会は私達を認めない。あるとき、大人の一人がチェーカを一人地下に閉じ込めた。そこは、厄災が来たときに街の人が逃げ込んでいたいわば防空壕のようなもので、蜘蛛の巣が張っている場所。
逃げ出してきたチェーカには、足が無かった。私は応急処置を済ませ、大人に助けも呼ばずに、歌で痛みを和らげさせようとした。駄目だった。やがて大人に見つかり、またチェーカは地下に入れられる。
その時、一人の少年がチェーカと一緒に連れて行かれるのを見た。
何日立っても現れないことに悪寒がして、私は街を飛び出す。無我夢中で走る。
※ ※ ※
私は蜘蛛の人型だった。何も知らされぬまま、街に出れば白日の下晒された化物のように扱われる。
唯一の親友になってくれた少年とヨハン。少年は死んだ。……私の、腕の中で。
二度目に地下に連れて行かれたとき、目を潰された。少年は私の側でずっと話してくれていたけど、ある日静かになった。冷たくなった。死んだのだとすぐに察する。あの時は餓死してしまったのだと思った。昨夜にはお腹が空いたと言っていたから。
ヨハンに会いたくなった。少年の顔を見たくなった。必死で触った。肌の感触から顔を思い出そうとした。
知っていた。薄々感づいていた。私の手には毒があった。歯には毒があった。目を潰されたのは歯や爪が当たる確率を減らすためだった。
少年は私の毒で死んだ。殺した。私が殺したんだ。
暫くボーッとしていた。
カストールとポルックス、そして歌の魔女になったヨハンが私を地下から出した。目の魔女にならないかと話を持ちかけられた。その代わり、毒を抜くと約束してくれた。
ねぇアセリアちゃん。私達は皆、酷く冷たくて悲しい道を歩んできた。厄災を境目に何かが変わってしまった。書き換えられてしまったの。
それでも、私はこの世界が好きだったわ。可愛い貴女達と一緒にいれたんだもの。でも、ヨハンちゃんには悪いことをしたわ。死ぬなら一緒にって約束したのに、私ったら油断して、一番最初に殺されちゃったんだもの、後を追うように、歌から自信を無くして自殺したヨハンちゃんを責める義理は無かったけれど。
アセリアちゃん。貴女は死なないでちょうだい。自殺をしようとするのは、もう二度と駄目よ。可愛い顔が台無しになってしまうもの。
私にとって貴女は、妹のような存在だった。離れたところから見ていただけだから、アセリア、貴女からすれば私はただの仲間にすぎなかったかもしれないけれど。
歌を聞かせてあげる。何回でも、どんな曲でも。一緒にでも良いわ。チェーカもきっと、いえ。皆きっと賛成してくれるわ。全員で大合唱するのも楽しそうだわ。
…………あの日、崩れた私の矜持は、イデーの頑張りを見て立て直された。二代目に継承もせず、貴女は血を抱え込んでいる。自分達の身にない以上、貴女やイデー達の気持ちは理解できるか分からないけれど、変化に向ける恐怖は、人型が抱える共通のものだと思っているの。
いつか、歌いましょう。いいえ、聞いてもらうわ。聴いてちょうだいね。
※ ※ ※
ヨハンはクレオメという花がモチーフ。
チェーカは蜘蛛がモチーフの人物である。




