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第24話:敗北した英雄たち

 札幌の、全ての希望が、そこに集まっていた。

 冒険者ギルド札幌支部の1階ホールは、立錐の余地もないほどの人で埋め尽くされていた。探索者、ギルド職員、そして噂を聞きつけた報道陣。誰もが皆、息を殺し、壁に設置された巨大なモニターを、祈るような思いで見つめていた。


 モニターには、札幌が誇る最強のA級パーティー『ノースガード』の、ライブ映像が映し出されている。彼らは今、街の希望をその一身に背負い、固く封鎖された大通公園の地下、『未踏領域デルタ』へと突入するところだった。

 その装備は、どれも一級の職人が作り上げた、魔法の金属や高ランクモンスターの素材からなる芸術品。その佇まいは、数多の死線を越えてきた者だけが持つ、絶対的な自信に満ち溢れている。


「これより、汚染源の調査および無力化を開始する。必ず、街の味を取り戻してみせる」


 リーダーである剣聖・タキガワの力強い宣言に、ホールから、割れんばかりの歓声と拍手が沸き起こった。

 雪村冬真と氷室凛もまた、その群衆の中にいた。二人は、ただ黙って、英雄たちの姿を見つめていた。


 ライブ映像は、パーティーメンバーのボディカメラからの視点で、緊迫感に満ちていた。

 ダンジョンの入り口を抜けると、そこは、これまで札幌で発見されたどのダンジョンとも違う、異質な空間が広がっていた。壁も、床も、天井も、まるで生気を失ったかのように、全てがモノクロームに近い、くすんだ灰色をしている。


「なんだ、この空気は……重い。魔力が、うまく循環しないぞ」


 パーティーの魔術師が、苦しげに呟く。


 彼らが奥へ進むほど、その異常は顕著になっていった。

 カメラの映像に、時折、ちらちらとノイズが走る。

 そして、それは現れた。

 無色透明の、陽炎のような『瘴気』。それは、毒ガスのように身体を蝕むのではない。もっと、根源的な何かを、じわじわと奪っていく。


「見てください! ポーションの色が!」


 一人が叫ぶ。腰に下げた、鮮やかな赤色だったはずの回復ポーションが、まるで色褪せたように、薄いピンク色に変色していた。


 瘴気が濃いエリアで、このダンジョン固有のモンスターと遭遇する。それは、かつては別のモンスターだったのだろう、という原型を留めているだけの、抜け殻のような存在だった。


「一気に片付ける! 『フレイム・ストーム』!」


 A級の魔術師が、強力な炎の魔法を放つ。だが、その杖から放たれたのは、燃え盛る嵐などではなかった。まるで、ライターの火のように、か弱く、頼りない小さな炎が数個、ゆらりと飛んでいき、モンスターに届く前に、空中で掻き消えてしまったのだ。


「馬鹿な! 俺の魔法が……!?」

「ダメだ! 武器に付与したエンチャントも、効果が半減している!」

「物理攻撃も、威力が乗らない……! この瘴気が、俺たちの力そのものを『奪って』いるんだ!」


 英雄たちの声に、初めて、焦りと、信じられないという響きが混じり始める。

 ギルドホールを支配していた熱狂は、水を打ったように静まり返り、不安な囁きへと変わっていった。


 そして、ついに、リーダーのタキガワが決断を下した。その声は、悔しさに満ちていた。


「……撤退だ! 全員、撤退しろ! この瘴気の中では、我々は無力だ! これは、パワーや魔法でどうにかなる問題じゃない!」


 モニターに、英雄たちが、文字通り這うようにして、ダンジョンから脱出してくる姿が映し出された。

 彼らの、あの自信に満ち溢れていた輝かしい鎧は、今はただの鉛のように、鈍く、重く、光を失っている。その顔には、疲労と、そして、最強の自分たちが何もできなかったという、深い絶望の色が刻まれていた。


 ホールが、巨大なため息に包まれた。

 希望が、絶望へと変わる瞬間を、街の誰もが目撃してしまったのだ。


 その時、冬真は、隣に立つ凛の異変に気づいた。

 彼女は、モニターを、食い入るように見つめていた。その顔は、血の気を失い、青白くなっている。その手は、小さく、小刻みに震えていた。

 モニターのカメラが、敗北したリーダー、タキガワの顔をアップで映し出す。その、全てを失ったかのような、虚ろな目。

 凛は、その顔に、かつての自分自身の姿を、重ねて見ていた。

 仲間を失い、一人だけ生き残ってしまった、あの日の、絶望を。


「……無理よ」

「氷室さん……?」


 凛は、冬真の方を見ずに、呟いた。その声は、まるでガラスの破片のように、か細く、そして脆かった。


「あんなもの、誰にも倒せない」


 彼女の、あの空色の瞳から、いつも宿っていた、氷のような強さと、鋼のような意志の光が、すうっと、消えていた。

 札幌最強の英雄たちの敗北は、氷の魔女の、固く閉ざされた心の壁をも、無残に打ち砕いてしまったのだった。


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