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第15話:それぞれの武器

 煙の中から躍り出たオーク・チーフテンの巨躯が、雪村冬真と氷室凛に影を落とす。それは、先ほどの雑多な群れとは比較にならない、凝縮された『死』のプレッシャーだった。


「冬真、下がりなさい!」


 凛は、魔力が枯渇しかけた身体に鞭打ち、冬真を突き飛ばした。そして、最後の力を振り絞り、杖の先端に鋭い氷の槍――『氷穿アイスランス』を形成する。しかし、チーフテンはそれをせせら笑うかのように、手に持った巨大な棍棒でたやすく粉砕した。

 氷の破片が、キラキラと虚しく舞う。

 凛は舌打ちし、防御と回避に徹する。だが、それも時間の問題だった。相手のパワーが、あまりにも違いすぎる。

 絶望的な状況の中、冬真は震える足で立ち上がっていた。


(死ぬ。このままじゃ、二人とも)


 恐怖で思考が麻痺しそうになる。だが、その時、彼の脳裏に熊岸の言葉が蘇った。


 ――お前ら二人が、試されてるってことを忘れんなよ。


 そうだ。試されている。俺の、この『眼』も。

 冬真は、突進してくるオーク・チーフテンに、意識を集中させた。『味の探求者』が、悲鳴のような音を立てて起動する。


 [名称]オーク・チーフテン

 [ランク]C+級

 [状態]憤怒(ケムリゴケによる刺激)。思考が単純化し、極めて好戦的。

 [可食部位]肩ロース肉(非常に硬いが、煮込めば濃厚な味わい)

 [弱点]右膝。過去に負った古傷が、完治していない。強い衝撃で、容易に体勢を崩す。

 [特記事項]背中に負った戦斧(過去に倒した探索者のもの)を、己の力の象徴として何よりも大事にしている。


 これだ!


「氷室さん!」


 冬真は、凛の背後から叫んだ。


「奴の弱点は、右膝! 古傷です! それと、背中の斧を庇う習性がある!」


 その言葉が、劣勢だった凛の戦術に、一条の光を差した。

 彼女は、オークの棍棒を氷の盾で受け流しながら、ちらりと冬真に視線を送る。その目には、驚きと、そして「理解した」という強い意志が宿っていた。

 凛の動きが変わる。彼女は、正面から打ち合うのをやめ、チーフテンの側面へ回り込むように動き出した。そして、フェイントと分からせるように、わざと大振りなモーションで、その背中の戦斧を狙う素振りを見せた。


「グルァ!?」


 オークは、冬真の鑑定通り、己の戦利品を傷つけられまいと、咄嗟に身体を捻って斧を庇う。その不自然な動きによって、体重のほとんどが、弱点である右膝に集中した。


 ――今!


 凛は、しかし、その膝を攻撃しなかった。枯渇しかけた魔力では、決定打にならないと判断したのだ。

 代わりに彼女が放ったのは、攻撃魔法ではない。

 杖の先を地面に向け、短く詠唱する。


「『氷床アイスフロア』!」


 オークの足元、その一点だけが、鏡のように滑らかな氷の膜に覆われた。

 体勢を崩し、弱点である膝に全体重をかけたオーク・チーフテンは、そのあまりにも絶妙なタイミングで足元の自由を奪われ、為す術もなかった。

 巨体が、バランスを失う。

 世界が、スローモーションになる。

 全長三メートルの巨獣が、まるで子供のように無様に足を滑らせ、轟音と共に地面に倒れ込んだ。


 凛は、その一瞬の好機を逃さなかった。

 最後の魔力を振り絞り、一本の、ひときわ鋭く、美しい氷の槍を形成する。そして、無防備に晒されたオーク・チーフテンの首筋に、それを寸分の狂いもなく、深く、深く突き立てた。


 静寂が、訪れた。

 峡谷に響いていた獣の咆哮は、もう聞こえない。

 残されたのは、倒れた巨獣と、肩で息をする二人の人間だけだった。


「……はぁ……はぁ……」


 凛は、その場にへたり込んだ。魔力を使い果たし、指一本動かすのも億劫だった。

 冬真が、おそるおそる彼女に駆け寄る。


「氷室さん、大丈夫ですか」

「……ええ。なんとか、ね」


 凛は、顔を上げた。そして、目の前の冬真を、これまでとは全く違う目で見た。


「あなたの『眼』……それは、ただ食材を探すためのものじゃない。立派な、武器よ」


 その言葉に、冬真はハッとした。

 自分のスキルが、誰かを守る力になった。その事実が、彼の心に、温かく、そして力強い何かを灯していた。


「いえ……俺はただ、一番美味しそうな弱点を、見つけただけで……」


 照れ隠しにそう言うのが、精一杯だった。

 二人は、オーク・チーフテンから価値のある牙と魔石だけを素早く回収すると、その場を後にした。


「スカルバイパーズ……連中は、今頃グリズリーの洞窟へ向かっているはず」


 凛が、悔しそうに言う。


「彼らは、俺たちがここで足止めされているか、死んだとさえ思っているでしょうね」


 冬真は応えた。


「だとしたら、それが、俺たちの好機チャンスです」


 彼は、再び『味の探求者』を発動させた。だが、今度はモンスターや植物ではない。この峡谷の先へと続く、地形そのものに意識を集中させる。

 スカルバイパーズが残した、雑な足跡。風の流れ。そして、この森の獣たちが使う、本当の道。


「……氷室さん。連中は、尾根沿いの西ルートを進んでる。一番分かりやすい、教科書通りの道だ」

「ええ。それが最短ルートのはずよ」

「でも、一番賢いルートじゃない」


 冬真は、地図には載っていない、別の方向を指さした。


「ここに、沢に抜ける古い獣道がある。かなり険しいですが、谷をまっすぐ突っ切れる。連中は、力はあっても、こういう森の声を聴く力はない。俺たちなら、奴らを出し抜いて、先に回り込める」


 凛は、冬真が指し示す、道なき道を見た。そして、彼の顔を見る。

 その瞳には、もはやC級探索者の卑下も、気弱さもなかった。そこにあるのは、この森の理を読み解き、最善の一手を導き出す、頼もしい『相棒』の顔だった。


「……ええ、そうね。行きましょう」


 凛は、力強く頷いた。


「私たちの『武器』で、あの下品な連中に、一泡吹かせてやりましょう」


 二人は、崖の下の薄暗い獣道へと、その身を滑り込ませた。

 それは、獲物を追う狩人の道。そして、ちぐはぐな二人が、初めて同じ意志を持って進む、本物のパーティーとしての、始まりの道だった。


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