浅はかな者達part6
浅はかな者達の辿る末路
目の前で一つの生命が終わる瞬間を僕はじっと見つめていた。
どこの誰かも知らない、おじさんだった。
塾の帰り、駅から外に出る時の階段で、僕に思いっきりぶつかってきたおじさん。
ぶつかってきたのはそっちなのに、僕のことを恨みがましい目で見たこのおじさん。
後を追って、人気の無いこの路地裏で、僕は初めての殺人を犯した。
人を殺すのは悪いことだ。もちろん、僕もその考えに賛成だ。
でも、このおじさんをナイフで刺す前、そんなことは考えもしなかった。
気が付いたら、おじさんの後を追い、人気の無いところに進み、
おじさんは隙だらけで、まるで、僕に殺される為に用意されていたかのように。
僕は・・・
おかしくなってしまったのかな?
特に死体を隠すでもなく、おじさんの胸ポケットから見えるハンカチで、
ナイフに付いた血を拭った。
すぐに逃げるのが普通だと思うけど、僕は許されるなら、ずっと見ていたかった。
このおじさんは、どんな思いを抱いただろうか?
最期の時って、何が見えるのだろうか?
僕はゆっくりと家路についた。
家に帰り、リビングを通り抜ける時、お母さんの作ってくれているご飯を確認した。
温めて食べて下さいというメモもある。
僕は心の中で感謝を伝え、お風呂に向かう。
玄関にお父さんの靴は無かったから、まだ、帰って来てないのだろう。
僕は脱衣所の鏡で全身を見た。
返り血は・・・ほとんど無い。
よく目を凝らしてみれば分かるが、外は夜だし、人ともほとんどすれ違っていない。
僕は・・・
殺人を犯したことが分かって、逮捕されるのかな・・・
されるんだろうな・・・
お父さんとお母さんには、謝らないといけないな・・・
僕は少し泣いた。
洗濯機を回し、お風呂に入る。
ご飯を温めて食べた。
テレビを見ていても面白いと思えなかった。
洗濯された服を見る。汚れは見えない。
乾燥機に洗濯物を入れる。これで、明日もまた着られる。
その日はいつもより早く布団に入った。
不思議なことに、ぐっすり眠れた。
翌日、いつも通りに家を出て、学校に向かう。
家を出る前、お父さんはリビングで寝ていた。
お母さんは部屋で寝ているようだ。
僕は二人に心の中でお疲れ様と言った。
机の上にお昼代として、お金が置いてある。もう一度心の中で感謝を告げた。
学校に着き、教室へ入る。
僕へ、敵意を含んだ視線が刺さる。
僕は、いじめられている。
何が原因なのかは分からない。
ある日から急に、僕への周りの態度は一変したのだ。
授業が始まってから、窓際に座っている僕は違和感を感じていた。
ヘリコプターが飛んでいるし、遠くからサイレンの音も聞こえた。
授業中にスマホを見ている生徒がヒソヒソと隣の人と話している。
2時間目の授業が始まる前、先生から近くで事件が起きたので、
午前中で帰るようにと連絡があった。
一人の男子がやったーと大声を発した。
それに釣られて他の生徒達も歓声をあげる。
あのおじさんのことかな?と僕は心の中で思った。
3時間目の前にみんなの視線が僕に向けられていると感じた。
みんな僕の方を見て、ヒソヒソと話している。
僕は、彼らを浅はかな者達と心の中で呼んでいる。
さっき歓声をあげた者達を心底軽蔑していた。
自分達に関係のある人が巻き込まれていたら?
自分達の大切な人が被害を受けていたら?
そういうことを考えもしないのか?
僕はそんなことを思っていた。
午前中で授業は終わり、寄り道せずに帰りなさいと言われた。
また、家に帰ったら外出をしないようにと付け加えられた。
僕は一度家に帰り、私服に着替えて、家を出た。
あのおじさんを殺した場所に行ってみたくなった。
現場の近くまで行くと、規制線が張られ、僕は察した。
家に帰り、制服を洗濯機に入れた。
そして、両親からメッセージが届いているのに気付いた。
どちらも事件を心配しての安否確認だった。
両親に大丈夫と短くメッセージを発信した。
警察が捜査をすれば僕はすぐに捕まるのだろうか?
そう思うと少し怖くなってきた。
夕方、お母さんは早めに帰って来た。夜の仕事は休みをもらったらしい。
お父さんも早めに帰って来た。
珍しくみんなでご飯を食べた。
誰も事件のことには触れなかった。
テレビではバラエティー番組だけを流した。
両親の携帯が同時に鳴り、同じメッセージを受け取ったようだ。
学校からで、明日は急遽お休みという内容だった。
両親は僕に、明日は家から出ないように言った。
次の日はとても退屈だった。何もすることが無い。これは辛いことだった。
クラスの人間は・・・
この状況に感謝しているのだろうか?
学校が休みだと聞いて、狂喜乱舞したのだろうか?
パソコンでニュースを見る。やはり、あのおじさんの事件が載っていた。
僕は、最低ながらも、おじさんのプロフィールに安心した。独身。
この文字を見て、家族はいなかったことに安堵した。
自分勝手にも程があると自分を殴りたくなった。
今頃・・・
警察では近隣の聞き込みや、防犯カメラの映像を分析しているのだろうか。
僕は・・・
捕まるのか・・・
数日後、警察は重要参考人として、近隣に住む不審者を逮捕したと伝えた。
僕は逮捕された人を知っていた。この辺りに住んでいる人なら、
大体知っている人だ。いつもブツブツ言っていて、年齢不詳。
以前に小学生の女の子の後を追って、奇声を発したことで、警察に捕まっていた人だ。
僕は複雑な気持ちになった。
あの人が、僕の代わりに・・・
数日後、学校の教室で、お調子者の子が僕の前に来た。
お前がやったのかと思ったよと、冗談交じりの口調で言った。
僕は、彼の顔を見れなかった。
周りもその発言を聞いていたのか、様々な感情を含んだ笑い声が聞こえた。
だが、一人の男子がお調子者に近づき、胸倉を掴んだ。
相当ビビったのか、お調子者は情けない声を発した。
胸倉を掴んだ男子は、調子に乗りすぎだと言って、自分の席に戻った。
教室の中はシーンと静まり返った。
家に帰ろうと下駄箱で靴を履き替えている時、
胸倉を掴んだ子が、おい。と話し掛けてきた。
僕はかなり驚いて彼を見た。
彼は僕よりも、いや、周りと比べても体格が良く、裏では番長と呼ばれていた。
僕は動揺しながら返事をした。情けない声が出た。
一緒に途中まで帰ろうやと彼は言った。
付いて来いと言われ、家とは反対方向に歩き出した。
少し歩いて、小さい空き地に着いた。
彼は空き地の真ん中まで入って行き、来いよと言った。
空き地の真ん中で僕と彼は向かい合わせに立っている。
しばらくの沈黙の後、自首、するんか?と彼は言った。
僕は目を見開いて彼を見た。
僕は何も言えなかった。
彼は僕が何も言えないのを予想していたように続ける。
自首するかどうかはお前に任せる。
けどよ、俺は逮捕された奴はそのままでも良いと思ってる。と言った。
僕は小さく、え?としか言えなかった。
彼は言う。お前さ、あの捕まったイカレ野郎のことは知ってるか?
あいつはな、俺の妹を追いかけ回したんだ、意味不明な絶叫しながらな。
妹は今でも怖がってるし、小学校も休みがちだ。トラウマってやつだな。
俺はさ、あの野郎をぶっ殺すつもりでいたんだよ。
あの晩、相手は違うが、お前に先を越されちまったけどな。
僕は彼が何を言っているか分からなかった。
彼は僕に説明する。あの晩、逮捕された不審者も近くに居たそうだ。
彼は不審者を尾行していたらしく、隙があれば殺そうとしていたらしい。
しかし、僕とおじさんの姿を見て、気になったそうだ。
不審者の方は人通りのある場所に行ってしまい、彼はこちらに興味を移した。
おじさんと僕、そして、その後を彼は追っていたらしい。
つまり、彼は全てを見ていたのだ。
僕の浅はかなる行為を・・・
しばらく放心していたのか、気付くと彼は僕のすぐ側に立っていた。
ハッとしたが、彼からは敵意も何も感じなかった。
彼は僕に、お前はサイコキラーか?と聞いてきた。
誰かを殺さずにはいられないのか?と。
僕は首を横に振る。
彼は、そうか。とだけ言い、悪かったな、もう帰ろう。と空き地を出た。
別れ際、彼は再度言った。あの野郎がまた野放しになるのは嫌だが、
お前の気持ち次第だからな、好きにすれば良いさ。
それに、あの野郎が出てきたら、今度は確実に仕留めるしな。
彼はそう言って帰って行った。
僕は・・・
どうするべきなのだろう・・・
次の日、学校で彼と目が合ったが、彼は僕に何の反応も示さなかった。
しばらくして、警察は重要参考人の男を犯人と断定したというニュースが流れた。
逮捕した男の家を家宅捜索したところ、
被害者の血痕が付着したハンカチを見つけたそうだ。
それと、刃渡りが一致するナイフ、これにも被害者の血痕が付着しており、
決め手となったそうだ。
僕は、彼のことをすぐに思い浮かべた。
次の日、彼と話せる機会を伺っていたが、
結局、また下駄箱で彼の方から話し掛けて来た。
僕たちはまた、空き地の真ん中にいた。
彼が言う。結局、自首はしなかったか。
まあ、そのおかげで、あの野郎が逮捕された。めでたしだな。
僕は聞いた。あのハンカチとナイフは、君が?と。
彼は即答で、ああ。と言った。
僕は身体が震えているのが分かった。
あのハンカチは確かに現場に置いてきた。
だが、ナイフは、おじさんを刺したナイフは僕が持っている。
警察は刃渡りも一致したと言っていたが・・・
彼は何かを察したように言う。俺もお前が殺したおっさんを見に行ったんだよ。
お前が帰った後にさ、と言った。
彼は続ける。ちなみに、刺し傷に指を突っ込んで刃渡りがどのくらいかは調べたよ。
メジャーとか定規でもあれば良かったんだが、そう都合よく持ってないもんな。
あとは、同じようなナイフを買って、ハンカチに擦り付けてれば、
はい。犯人の出来上がりだ。
僕は・・・
恐ろしくなってきた・・・
目の前の彼が・・・
怪物に見えてきた。
彼はそんな僕の気持ちも見透かしたように言う。
恐がるなよ。もう、こんなことは二度とご免だ。
それに、俺は誰も殺しちゃいない。
あの野郎に復讐ができた。それで終わり。
お前のことも何も言わないし、卒業するまでもう話すこともないさ。と彼は言う。
僕は・・・
彼は言う。
俺もお前も、殺されたおっさんも、あの野郎も、
実際にはそんなに変わりない、みんな、浅はか。それで、良いだろ?
僕は・・・
僕は・・・
彼に・・・
彼と・・・
友達になりたいと伝えた。
連載するつもりですが、胸糞系なので、ご注意ください。
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