浅はかな者達part5
浅はかな者達が辿る末路
私、妊娠した。
目の前の女が俺にそう告げる。
俺は、ふーん、とだけ女に告げた。
女は泣きだしそうになりながらも、俺に言った。
私は、この子を産むつもり。と。
俺は、それで?いくら?と言う。
女は俺に妥当だと思える金額を告げた。
俺は、分かった。と伝え、近日中に渡すことを約束した。
面倒くさい。俺の頭はそれだけを考えていた。
あの女とは真面目に付き合っていた訳では無い。
いわば、遊び。ただの遊びの関係だった。
女もそれで良いと言った。
なのに、面倒くさいことになった。
はあ。溜息を吐き、俺は父に連絡することにした。
父は力を持った大人と言う奴だ。俺には詳細など分からないが、
みんな父の言う通りになる。俺にとってのお助けマンだ。
俺自身に金は無いが、父にはある。
それに、最大の切り札である弁護士先生がいる。
この先生にかかれば、トラブルは一発で解決だ。
電話に出ない。舌打ちして、俺はパチンコ屋に入った。
正直、ギャンブルを面白いと思ったことは無い。
こんなものに一喜一憂できる者達を俺は心の中で笑っている。
今も、近くで当たる度に、大学生くらいの連中が大声で叫んでいる。
マジでヤバイとか、マジで激アツとか、そんなことをずっと叫んでいる。
俺は少し離れた席でそれを横目に笑う。
くだらない。本物のバカである。
ギャンブルなんかで死んだり、地獄を見ることになる者がいるのが、
俺には信じられない。こんなものに、一体、何を夢見ているのか。
俺にとってはただの時間つぶしだ。
打っている途中に着信が入る。番号は父のではない。
弁護士のか?ん?おっ、これは当たるな。
俺の台が当たり始めたので、着信を無視した。
かなりの額を勝った。外に出ると、もう夜だ。
大分前に入った着信に電話にする。
相手はすぐに出た。俺の悪友だった。
電話番号、変えたのか?と質問する。
奴は、そうだ。と答える。
今何をしているかを聞かれ、暇だと答えた。
奴の指定したクラブに行くことにした。
相変わらずうるさい場所だ。
VIPルームに奴はいた。
見た目からして胡散臭い奴で、何をやってるのか分からない。
だが、俺との相性は良く、一番の遊び相手だ。
奴は大げさに笑い、俺のことをブラザーと呼んで、席に座らせる。
また更に胡散臭い恰好をしていた。
俺は酒を飲まない。お茶とジュースだ。
あんなもんで馬鹿になる気はない。
それで?最近は何してるんだ?と奴に聞く。
色々さ。とだけ奴は答える。
お前は?と聞かれ、俺は今日の出来事を話す。
奴は大笑いして、相変わらずクズだなと言った。
決して馬鹿にしている訳では無いのは分かる。
俺も鼻で笑いながら、ホントにな。とだけ短く告げる。
コイツとは最低限の言葉だけで済むのが楽なのだ。
俺が喋らなくても、コイツが一人で勝手に盛り上げる。
なあ、一緒にビジネスをやらないか?と誘ってきた。
俺はすぐに断る。何をやっているか分かったものではない。
俺は警察沙汰は絶対にご免だ。
奴はまた笑いながら、即答~と言って一人でウケている。
まあ、俺に断られるのは当たり前のことだと分かっているだろう。
薬は?女は?金は?何か欲しいものは?と奴は聞いてくる。
俺は、今は特に欲しいものは無いと告げる。
なんだよ。今日のことで萎えてんのか?忘れろよ。
そう言われても、別に今日のようなことは初めてではない。
そんなことではなく、今は女の気分ではない。
薬はやらないし、金など父に言えばもらえる。
俺は少しばかりの刺激が欲しいと言った。警察沙汰にならないやつだ。
ふむ。と、コイツは真面目に考えだす。
なあ、肝試しににでも行くか?と奴は言う。
は?と俺は本気で意味が分からず、間抜けな声を出した。
そして、すぐに、怪しい雰囲気を感じたので、断った。
コイツに付いて行ってヤバイ取引現場に到着しそうになったのは忘れない。
奴は笑って、純粋な肝試しだよ~と言った。
俺は断る。
奴は、そうか。残念だ。と言って、引き下がる。
俺がコイツと遊ぶのは、しつこくないところが好きなのだ。
ダル絡みや、何度も誘ってくるやつ、そんなのとは付き合いたくないのだ。
映画は?メシは?悪徳じゃないカジノは?
奴は色んな提案をしてくる。悪徳じゃないカジノってなんだよ。
俺も少し考える。自分が、今、何を求めているのか。
そんな時、着信が入る。父からだ。
一旦、クラブを出て、外の静かな場所で電話する。
俺が言うのもなんだが、父は誠実で、真面目だ。
基本的に人道に反することを嫌うのだ。
俺は今日のことを父に伝える。
父が大きく溜息を吐いたのが分かる。そして、弁護士の先生に繋ぐと言ってくれた。
俺は礼を言う。父は、近日中に家族会議をすると言った。
そして、俺に二度と人を悲しませるなと告げた。
クラブに戻ると、奴はずっと俺への提案を考えていたらしく、
また、いくつかの提案をしてくれた。
俺は、何が欲しいんだろうな、と、考え。家に帰った。
翌日の昼過ぎ、弁護士の先生から連絡があり、
午後の4時頃に先生と話した。先生は何でも無いという具合で、
俺と女でもう一度、この事務所に来るように告げた。
俺は女に連絡し、会う約束を取り付けた。
後日、先生は女の前で非常に同情したように話をし、
女が俺に告げていた金額よりもはるかに多い金額を示した。
俺は、金額を見た女の顔を見ていた。明らかに喜んでいるのが分かった。
さっきまで泣いていた顔が、一瞬で晴れやかになったのを感じた。
俺と女は書類にいくつかの記入をし、少し長いなと感じた時間は終わった。
俺は先生にお礼を言った。先生はお気になさらずと言った。カッコいいと思った。
父にも連絡するが、電話に出ない。
腹が減ったので、ファストフード店でメシを食い、家に帰った。
部屋で寝ていると電話が鳴った。
奴からだ。また、あのクラブに来ないかという誘いだ。
今日は何も楽しいことをしていないと思ったので、すぐに行くと伝えた。
よう。ブラザー。ドライブにでも行かないか?と奴はすぐにそう言ってきた。
表にあった、派手なスポーツカーを手に入れたという。
俺はその誘いを断る。奴は珍しく少し寂しい顔を見せたが、
すぐにいつものヘラヘラした顔に戻る。
いつものようにダラダラと話しながら、終電に間に合うように家に帰った。
変化の無い日々が続いていたある日。
外でメシを食っていたら、珍しく父からの着信が入った。
電話に出ると、父は短く要点だけ言うと伝え、家族会議を今夜するとのことだった。
俺は一瞬焦るが、最近は何もしていない。何を話すんだろうと疑問符が頭の上に付く。
家に帰ると、珍しく母が早い時間に家に居た。顔を見るのは久しぶりな気がする。
母とは父以上に話をしない。どんな人なのか、今でも分からない。
そして、こんなに早く帰って来るのはいつぶりだろうと考えた時、
父が血相を変えて家に入って来た。
父は水を一杯飲むと、深呼吸を繰り返し、みんな、座りなさいとだけ告げた。
父は何と切り出すべきか迷っているようだった。迷っているのは珍しいと思った。
覚悟を決めたように、父は言う。
俺は、逮捕される。そう告げた。
衝撃と言えば衝撃だった。母に変化は見られない。
母が父に、理由は?とだけ聞く。
父は、汚職だ。とこれまた短く告げる。
母はその答えを聞いて、ふん、と鼻を鳴らす。
続けて母は、本当のことを言わないなら、この場で離婚。と言った。
父は、これ以上のことは言えない。お前達にも危険が及ぶ。と言った。
母はこれまた大したことないように、どうせ、誰かの罪を被るんでしょ?と言った。
父は、しばらく何のリアクションも無かったが、静かに頷いた。
馬鹿らしい。母はそう言った。
あんたを切り捨てるっていうのが、どれだけの愚策か、お偉方には分からなかったのね。
いつもとは違う感じの母に俺は戸惑っていた。
それで?と母は父に問う。切り捨てられて?終わり?反撃は?と。
父は、しない。何もしない。俺が墓場まで全て持っていく。とだけ言った。
母はテーブルを叩いた。家族の為?私らのせい?私らがいなければ戦うの?
それとも・・・意気地がないだけ?と父に言った。
父は静かに俺の方を見る。そして、母の方を見て、
ただの意気地なしさ・・・と言った。
母はもう何も言わず、立ち上がり、たまには何か作るわ、何でもいいでしょ?
と、言って、キッチンに入った。
俺は呆気に取られていた。こんな父と母を見たことが無い。
そもそも、二人で話しているのも珍しいのだ。
俺は二人のことを仮面夫婦だと思っていた。
愛など、お互いにとうに無いのだと。
だが、今のやりとりで、そうではないと思った。
父は自分を意気地なしと言った。母はそれを聞いた時、見たことの無い顔をした。
理解したのだろう。父の苦悩と考えを。尊重したのだろう。
俺は・・・
俺は・・・
家族なのに、言えることは何も無かった。何も言えなかった。
俺は・・・ただの傍観者だった。
父は俺の方を見て、言った。
母さんのことを頼む。そして、すまない。と俺に告げた。
しばらくして、母が料理を持ってくる。チャーハンだった。
冷凍のご飯がたくさんあったから。いいでしょ?と言った。
父はもちろんと笑った。俺は何も言えなかった。
みんな、黙々と食べ始めた。すると、母が、上手いとかまずいとか、感想は?と聞いた。
父が、コショーが欲しいと言った。母は自分で取りなと言った。父は素直に取りに行った。
俺は、上手いよ。とだけ言うことができた。
母が俺の方を見て言った。もう、好き勝手には生きられないよ。
お父さんがいなくなれば、残った私達で、この家を、お父さんの帰って来る場所を、
守らなくちゃいけない。あんたにその覚悟が無いのなら、家を出なさい。
私に、こんなことを言う資格は、本来は無い。あんたの面倒を見てきたとは思わないし、
私自身、立派な生き方をしてきた訳じゃない。
でもね?もう、泣き言も、後悔も言ってられないの。
私たちは、浅はかな生き方をしてきた。
どれだけの人を傷つけて今の地位にいるかも分からない。
今度は逆。私達は報いを受けるのよ。当然のね。
それでも、逃げない覚悟があるのなら、家に残りなさい。
働きなさい。何を言われても。守りなさい。この家を。
そうでないなら、一人で、遠いところで、静かに暮らしなさい。
母の言葉を聞きながら、俺は泣いていた。
自分があまりにも醜く、ちっぽけな存在に思えた。
父が言う。弁護士の先生にも話はしてある。お前たちを守ってくれる。
何かあれば、先生に相談しなさい。
そして、たまには、極悪人の面会に来てくれよと冗談ぽく言う。
ふふ。馬鹿。と母は泣きそうな声で言う。
俺は・・・
俺は・・・
数週間後、父は逮捕された。
俺と母への周囲の態度は一変した。
犯罪者の身内。今までの行い。あることないことが一瞬で広まった。
俺はなんとか働いていた。母は家にいる時間が多くなった。
買い出しなどに行くのも控え、通販や宅配サービスを使った。
家への落書きや何かを投げつけて来るのは当たり前になった。
不審物の投函や酷い時には家まで侵入して来る者もいた。
俺は母に引っ越しを提案したが、母は断固拒否した。どこに行っても同じだと。
夕食を二人で食べている時、母がポツリと言った。
世間では私達が悪の親玉だけど、本当の悪人は今でも変わらず悪事をしている。
ふふ。おかしなものね。
まあ、私達も、私達に危害を加えたり、批難する人達も、悪の親玉も、
みんな、浅はかなのね。この世は浅はかな者達で回っているのかもね。
俺は何も言えない。俺こそが浅はかな行いをしてきた人間なのだから。
次の仕事の休みの日、俺の足はある場所へ向かっていた。
俺が妊娠させた女性のところだ。
彼女は扉を開けなかった。インターホン越しに俺は謝罪をする。
彼女は、帰ってください。二度と来ないでと告げた。
彼女の家を後にし、少し歩いていると、着信が入った。アイツからだ。
いつもと調子は変わらないが、電波が悪いのか、若干ノイズがある。
奴は言う。よう。ブラザー。そっちは大変だな。助けたいところだが、
実は、こっちも大変なんだ。ヘマしちまって、今、逃げてるところだ。
もう、日本へは戻れないと思う。だから、最後にブラザーに電話した。
最後の挨拶だ。と。
俺は、奴に告げる。お前は親友だと。最高の友達だったと。
いつもと違い、すぐに答えは帰って来ない。
しばらく通話中の状態だったが、電話は切れた。
この世は浅はかな者達で回っているのかもね。
そんな母の言葉を思い出しながら、俺は家に向かって歩き出した。
連載するつもりですが、胸糞系なので、ご注意ください。
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