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師走に師を走らせたい

作者: 蓑田しと

師走。

師、つまりお坊さんのような人でもこの時期はせわしなく走り回るくらい忙しい、と国語の先生は解説していた。


これを聞いた一部の生徒たちは、とある疑問を抱いた。

ならば私たちの師である先生方は、この時期は皆走り回っているのだろうか?と。


この学校では廊下を走ることは禁止されている。しかし、先生方であっても時々つい走ってしまうことがある。

どの先生がいつ走った、走ってない、と様々な噂が飛び交い、情報は錯綜してしまった。


真実を突き止めるため、イタズラ好きの生徒たちはすぐさま行動に移した。先生が走っている様子を動画に撮ってやるのだ。

すべての先生が走ることを証明できれば、師走は完成する。目標に向けて生徒たちは密かに作戦を開始した。


まず普段からバタバタと走り回っている先生は問題なかった。動画撮影モードにしたスマホをこっそり胸ポケットに忍ばせ、廊下に立っているだけでよかった。


普段のんびり歩いている先生には策を講じた。授業開始直前に職員室へ行き、強引に質問をしたのだ。無下にできない先生は時間を取られ、授業に遅れそうになり、慌てて走って教室へ向かう。その瞬間を狙って撮影した。


数日でほぼ全ての先生の動画が出そろった。しかしまだ一人だけ撮影できていない先生がいた。国語のイー先生だ。


イー先生は強敵だった。質問作戦をしようにも、

「授業に遅れますので、またあとで。歩きながらでも良ければ答えます」

と頑なに拒み、遅刻を回避した。


12月も半分を過ぎ、イタズラ生徒たちは焦り始めた。このまま撮影できずに終業式を迎えると年明けまで学校が閉鎖されてしまう。師走の証明が出来なくなってしまうのだ。


イタズラ生徒たちの策は過激になっていった。廊下を封鎖して遠回りさせようとしたり、緊急の呼び出しを装って校内放送をかけたり、強硬派の生徒は窓から飛び降りる振りをして見せたりもした。


しかしイー先生を走らせることは出来なかった。競歩選手ばりの俊敏な歩きで廊下を移動したが、走ることは決してなかった。


そしてついに生徒たちは終業式を迎えた。イタズラ生徒たちはガッカリした様子で学校を後にし、しかしすぐに冬休みの予定で頭を一杯にした。




12月31日の夕方、2年生のエーさんは学校へ忘れ物を取りに来ていた。特別重要な忘れ物ではなかったが、たまたま学校の近くを通りがかったので、校舎が空いてたらラッキー程度の気持ちで寄ってみたのだ。


カギは開いていた。入れると期待していなかったエーさんは少し面食らいながらも、人気のない校舎へ入っていった。

教室へ向かおうと階段を上り始めたとき、上階の廊下でバタバタと走り回る足音が聞こえてきた。


まさか不審者?それとも幽霊?

怖くなったエーさんはやっぱり帰ろうかと悩んだものの、最終的に好奇心のほうが勝った。スマホを胸ポケットに忍ばせ、そっと廊下を覗いてみた。


誰もいない静まり返った廊下に一人の人影が全力疾走していた。国語のイー先生だった。

先生は子供のように無邪気に両手をバタバタさせながら、満面の笑みを浮かべて走っていた。2往復ほどしたところで隠れているエーさんに気付き、近づいてきた。


「やあ。見られてしまったね」

先生は息を切らせながら話しかけてくる。

「先生はね、厳しい両親の元で育ってきて、小さい頃からずっとルールに縛られてきたんだ。言葉遣いや箸の持ち方なんかは少しでも変だったらきつく叱られた。門限も早かったな。1秒でも遅れたら外に締め出されて、朝まで家に入れてもらえなかったんだ」


先生は語り続ける。


「こうして大人になっても規則やルールは絶対に破れない。幼いころの教育が体に染みついてしまっているんだ。だけどね、どんなに抑えても心の底には何か燻っているものがあったんだ。それは抑えれば抑えるほどどんどん膨れ上がっていく。そして…3年前だったかな?その心はついに暴走したんだ」


エーさんは俯いたまま黙って話を聞いている。


「3年前の今日、12月31日。年末の校舎点検を終えて戸締りを確認していた時、この廊下で、僕は子供に戻ってしまった。誰もいない、咎められることのない状況で、すべてが解き放たれた僕は一心不乱に駆け出した。楽しかった。子供のころに埋められなかった穴が少しだけ塞がれた気分だった。それ以来、毎年年末の校舎点検を買って出て、こうして走り回るようになったのさ」


一気に話したところで、先生は少し冷静になったようだ。


「さて…、できればこの事は皆には黙っててもらえるかな?僕の普段のイメージとあまりにもかけ離れすぎてるだろ?きっと皆ドン引きしてしまうよ…。まあ誰かに迷惑かけてるわけでもないし、バレても実害はないけれども、さ」


エーさんは俯いたまま固まっている。


「よし、もうそろそろ日が落ちる。僕は最後にもう一度校舎全体を確認してから施錠するから、君もすぐに校舎から出なさい」


そういって先生は立ち去った。


先生が見えなくなってからエーさんはスマホを取り出し、SNSの画面を開いた。




年が明けて学校は始業式を迎えた。

その日から国語のイー先生は、生徒から親しみを込めて『暴走機関車』と呼ばれるようになった。



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