第45話 イアンが語るいきさつ 2
イアンは私に締め出されてから、絶望的な気持ちになったそうだ。
「君は僕の正体を知らない。だけど、その君にさえ何か感じるものがあったんだろうと思った」
たかが町娘に、指摘されるとは。本当は猟師ではないし、何かしなくてはいけないことを背負っている人間なのだと。
「なぜ、僕と一緒の暮らしから、僕を締め出そうとしたのか? 僕を嫌いだったからじゃない。それどころか大好きだったと思う。だから、仕方なく僕は義務に向かって歩き出したって訳さ」
彼はマグリナの身元引受人のところへ行った。
「アレキサンドラ嬢の父親がマグリナの大使に指名されていたのだ。カサンドラ夫人の兄だ。大使になったのは僕を監視するためだ。そんなところへ行きたくないだろう?」
それは……確かにケガをしていても、行きたくない気がする。
「騎士や猟師をやって自信がついたことがある。別に王子じゃなくても、どこでも生きていけるってことだ。それまでは、王子でなければならないと自分を追い詰めていたんだな。王子、辞めていいんだって思った」
アレキサンドラ嬢の父親は大歓迎して、彼をフリージアに強制送還してくれたらしい。
「戻ったら婚約破棄されていた。どうなっているんだろうと思った」
そこからはやはり大変だったらしい。
「カサンドラ夫人が父に薬を手配したと聞いた時は、暗殺する気かと疑った。激マズの薬がマグリナから手配されてて、父に無理に勧められて、ちょっとだけ僕も飲んでで……」
イアンは私を見つめた。
「見つけた…と思った。このまずい薬の味は知っている。まずすぎる」
不味い、不味いって言わないで。
まあ、超絶不味いよね……
「僕が涙を浮かべたのを見て、みんな勘違いしたらしくて口々に、毒じゃありませんとか、言い訳を始めたけど、あの時、僕は嬉しかったんだ。しかも、父は日に日に元気になっていくし。医師団どもがありがたがって、マラテスタ侯爵夫人に大量発注して、自分たちも飲もうとするし」
「おかしいなと思っていました。王様一人のためなら、あんなに大量に必要なはずがありませんから」
私は渋々口を挟んだ。
医師団どもめ。あれほど、信用してない素振りだったのに、なんてことだ。
イアンは笑った。
「あとは簡単だった。マラテスタ侯爵夫人を呼びつけて……」
「え?」
もしかして、伯母様、イアンとグルだったの?
「侯爵夫人には感謝している。それに、リナ、勘違いしてはいけないよ? 侯爵夫人は僕の味方じゃなかった。完全にリナの味方だった。夫人は最初から全部知っていて、君がなんとか幸せになるように努力しくれていたのだ」
最初から全部知っていたって? 最初っていつのこと?
「多分、君があの隠れ家に行った時から。侯爵夫人は、僕が何者か知っていて見守っていたらしい」
えっ? ……マズい。
「マラテスタ侯爵夫人は厳しい方だな。なかなか僕の気持ちを信じてくれなかった。王太子妃、ひいては王妃になるのは容易なことではないと。あなたには両親がいないうえ、マラテスタ家は強力だが、隣国だ。僕がしっかり守らないと、守り切れないと。だから……」
イアンは、心を込めて言った。
「君のために、シンデレラ・パーティは開催されたのさ。たった一人の大切な人を守るためにね」
パーティを開くと何かいいことあるの?
「大掛かりであればあるほど、後に引けなくなる」
イアンは大まじめに言った。
あの煌々と光り輝く城、かがり火と提灯で照らされた庭。
大勢の、これでもかと着飾った貴族たち。
私はこめかみを押えた。ジュースをどれくらい売ったら賄えるのかしら。
「リナ」
殿下の指が、私の指を掴んだ。
「パーティの時、青いリボンを髪に巻いてくれていたよね」
気がついていたの! 私は思い出して赤くなった。
「星祭の夜、僕があなたにプレゼントしたリボンだ。猪の肉や鹿の肉を売って作ったなけなしのお金で」
彼の手が手首を掴んで、引き寄せて、とても心配そうな顔で聞いた。
「あなたは、お金を僕に全部くれた。あのあと、どうやって暮らしていたの? あんなにくれたら、あなたの分は残ってなかったのじゃないの?」
イアンは立ち上がって真横に座りに来た。手を握ったまま。
「王太子だろうが猟師だろうが、僕たちの絆はそんなもんじゃない。文字通り、富める時も貧しき時も、いつでもお互いを思い合っていた……」
近い。近いんですけどっ。
「愛しているよ、リナ。僕を愛していると言ってほしい。まだ、聞いていない」
耳元で言われて、多分真っ赤になったと思う。
「好きよ」
「ダメだ。ちゃんと言って。愛してるって言って」
「愛してるわ」
は、恥ずかしいっ。
しかも、目が回りそうなことに、イアンは両手で私の顔を挟んだ。潤んだような目をして。
目をつぶると、唇に何かが触れた。
「愛してるよ、リナ」
本当に顔のすぐそばでイアンの声が囁いた。ちょっと震えている。
しかし!
バターーーン!
と大音響で、ドアが開いた。
私たちは、バッと離れてドアの方を凝視した。
「ホーッホッホッホッホッ」
伯母だった。
まあ、伯母に決まっていたけど。
「さあさあ、イアン王太子殿下! 若い娘を連れ込むだなんて、国を担う方がなさる真似ではありませんことよ?」
「婚約者だ」
キッとなって、イアンが言い返した。
「まだ、公式にはそうなっていませんわ! 続きがしたくば、政務に励んでいただきましょうか!」
え? 伯母様、いつからカサンドラ夫人に? 王族に命令するなんて、どっかの夫人とそっくりよ?
「失礼ね。カサンドラ夫人みたいな無能ではないわよ。リナ、あなたも殿下と結婚したければ、アレキサンドラ嬢みたいな無能ではダメですからね!」
前半、ちょっとイラッとしたが、後半、アレキサンドラ嬢と比べられて、ムカっとなった。無能ではないと思う!
「アレキサンドラ嬢と比べるとは失礼な!」
イアンが言ってくれた。アレキサンドラ嬢がどんな人だか、実は知らないけど。
「あんなブスではない!」
イアン……褒めるところはそこなの?
「全然可愛い。とっても可愛い!」
「黙れ!」
ついに伯母が言った。不敬罪を適用されたらどうしよう。
「殿下、予定に戻ってくださいませ。三時間も予定を超過しています。さらには、居所不明で、現在、王都内を騎士団が真っ青になって巡回捜索しています」
伯母の後ろから、アクセントがきれいで活舌のいい男性の声がした。マーク・ローだった。
顔、ちょっとしかめているみたいに見えるのは気のせいかな?
「筆頭側近よ」
伯母がにこりと笑って紹介してくれた。
「ホホホホ。さあ、どんどん片付けましょう! シンデレラ・パーティには続きがあるのよ!」




