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マホウヲハコブモノ  作者: まきなる
終章
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第三話 愚者は舞う 前編

 目に映る欠片は半透明の白を持ち、ルールに縛られない。ある欠片は重力に従って落下したかと思えば宙に浮いているものもある。砕け散ったかと思えば、互いに吸収しあう欠片もあった。全ての欠片はこの世の理外の物質であるように見える。


 もしも、これを地上で見ていたのならば、きっと見惚れてしまうだろう。映像越しですら、足を運ぼうと思ってしまうだろう。だが空中にいる雨木は、何とかして自分の命を繋ぎ止めなければならない。余裕など有りはしない。


 瞬きをする。雨木を見下ろしていたレンカンは姿を消し、辺りには黒い花びらが浮かんでいた。どこからか雨木に追撃をしてもおかしくないが、その様子は見られなかった。安堵はできないが、今の状況を乗り切ればいい。


 問題は状況を乗り越えるための魔力がほとんど無いという事。そして、雨木自身の言葉に従って、羽山やリックが立ち去っている可能性が高いという事だ。自分の言ったことを後悔するが、そんな事を言うのであれば己でなんとかしなければならない。


 先ほどのレンカンのように宙に浮ければ良い。だが、緻密な魔力制御と膨大な魔力は今の雨木には持ち合わせていない。加えて、アドニスのナイフが奪われて魔力の供給源が絶たれた今、雨木の体内に残っているのは残り滓でしかない。それも自身の体質のせいで、どこまで持つのかは全くわからなかった。


 考える間にも、雨木の体は重力に従って加速する。塔の破片を掴んでも破片は雨木の体と同じ動作をしてしまうのだ。


「やばいやばいやばいやばいやばい!!!」


 久方ぶりに出した声は情けなさの塊だ。そして、雨木は衝突へ向かって突き進む。考える間、雨木は受け身を取りながらだが、塔の破片に何度も衝突していた。体の至る所に打撲ができていた。


 そんな中でも、視線に一際大きな破片を見つける。空中でなんとか掴み、その上に乗った。しかしー


「くそったれ!!!」


 雨木が乗った途端、破片は砕け散る。反動で、彼はバランスを崩して放り出されてしまった。


 頭の中で響く。残る魔力を絞れ。雨木は残る魔力のありったけで無数の刃を創造し、空中にある破片を無理やり繋ぎ合わせた。そして、自身はナイフの上に乗る。依然として状況は苦しい。さらに魔力切れを起こしたせいで意識が飛びそうになったが、気力だけで彼は掴み続けた。


 簡易的に作り上げただけだ。しかし、それは大きな空気抵抗を生むことで減速した。


 それから数秒後、雨木が乗った板は地面と激突する。塔の欠片が先にある程度積もっていたために、クッションの代わりとなって衝撃をさらに抑えた。ギリギリ死なない程度の衝撃で済んだのだ。ただし、衝突した勢いで彼の舞台は爆散するように崩れ、発生した衝撃で雨木は吹き飛ばされた。


「生きてる……って、やっっっば!」


 頭上から塔の破片が降り落ち続ける。もがきながら何とか躱し、砂埃に飲み込まれながらも走り抜ける。空には依然、瓦礫の一部が浮いているが、それらはまだ落ちてくる気配はない。一息つく。雨木は一連の流れがようやく終わったと実感した。


 雨木は自分の手を見つめる。塔に入った奇妙な感覚は記憶としても朧げだ。だが、色が反転したあの場所。あの空間に入ってからの記憶は鮮明だ。同時に、現状がかなり危ない状況である事を彼は理解する。


 アドニスのナイフが奪われた。レンカンは龍涙の池に入ることができてしまうのだ。そして、雨木は魔力を使い切ってしまったせいで郵便局に戻ることもできない。頭痛も治ってくれない。


「くっ……!」



 突如、砂埃が消しとばされる。雨木は目を守りながらも、その中心部へと視線を投げる。魔力切れの頭痛は治っていないが、相手が誰か見なければいけないのだ。レンカンやエドワードのような敵対者であれば最悪だ。はたして自分に逃げる力があるのか。甚だ疑問であるが仕方ない。


 しかし、嬉しい誤算だ。立っていたのは四足の三骸体、ドゥーハだった。


「雨木よ、行くぞ」


 しばらく棒立ちになり、雨木はついジト目でドゥーハを見つめてしまっていた。決して、もう少し早く来てくれれば良かったのになんて思っていない。


「何をしている。早く我の背に乗れ」


 ドゥーハが雨木のすぐそばに駆け寄る。


「龍涙の池に向かってください。それと……魔を力少し頂きますからね」


 ドゥーハの背に飛び乗った雨木は同時に、彼から魔力を吸収した。少し多めに。


「雨木よ。長くないか」


「枯渇してるのでお願いします。まずは……これで、メッセージを届けるには十分」


「 運べよ カラス 声は 思いを 」


 どこからともなく現れたカラスが雨木の方に留まる。嘴に触れると首を震わせた。


「雨木です。白き塔から脱出できましたが、アドニスさんのナイフを奪われてしまいました。犯人は依然ヴィドさんに化けていた男です。彼は龍涙の池を開くと考えられます」


 カラスは影に溶け、姿を消す。


「ドゥーハさんはどうしてここに?」


「羽山から聞いたのだ。手が空いているのは我しかいないと言うではないか。だから来た。彼女の指示に従って、これからステルラの街へと向かうつもりだ」


 ドゥーハが話終わると、再びカラスが雨木の肩に止まった。カラスは雨木の耳を啄んで引っ張る。そして、痛がっている雨木の耳元から羽山の声が再生された。


「よく戻って来た。ナイフはいい。池には私が行く。雨木はそのままドゥーハと共にステルラの街へ向かってくれ。リックが書庫にいるはずだ」


「わかりまー」


 最後まで言うことはできなかった。空気が止まった気がした。カラスがかき消えた。走っていたはずのドゥーハの体も震え上がる。息が詰まるような感覚が彼らの神経を駆け回った。


「何だ、今のは……えっと、ドゥーハさん?」


「開いた」


「龍涙の池……ですか?いくら何でも早すぎます。奪われたのは、ほんの数分前ですよ!」


 ドゥーハは淡々と告げる。


「雨木よ、しかっり掴まれ」


 彼の目はどこか遠い。


「我は呼ばれている。これから我の体は龍涙の池へと向かうだろう。羽山の役目を果たせず、無念だ」


 ドゥーハの体は再び空を翔ける。前に乗った時よりも速度がかなり出ていた。だが、その足はどこかぎこちない。彼の言う通り、自分の意思で動いているようには見えなかった。


 いつもならば風に対してある程度守ってくれるのだが、それも無い。雨木は吹き飛ばされそうなのを必死に耐えながら、今の状況において何が最適解なのか。そんなことばかり考える。


 やがて、遠くに龍涙の池が見える。周りの森は、火の海に包まれていた。


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