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マホウヲハコブモノ  作者: まきなる
第一章
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第三話 毒は薬 前編


 住み込みで働くことになった初日、昨夜聞かされた集合時間は朝の9時だった。些か遅い気がするが、雨木は眠気眼をこすりながら6時に起きた。彼が引っ越したシェアハウスを回っていると様々な生物に出会った。


 しばらく歩いていると廊下の奥から何かいい匂いが漂ってきた。花の香りに誘われた蜂のように灯りに向かった。パチパチと油で何かを炒めている音が次第に聞こえ、匂いも一層強くなる。


 料理をしていたのは小人たちだった。前と違い人形ではない。20cmほどしかない彼らは、通常の人間サイズ用に作られた調理器具を複数人で器用に使っていた。汗は別に出ていないのに額を拭う仕草をしている。少し大きなテーブルの上では雑巾がけのように別の小人が拭いていた。冷蔵庫は二人で肩車をして開け、ジャムを取り出そうとしてバランスを崩しかけていた。ふふっと、雨木が笑うと小人達は一斉に振り向き、ドタバタバタバタ雨木の元へ駆け寄ってくる。足を掴み、肩に乗り、両手を引っ張って各々喋りだした。


「うぇ、ちょ何?」


「来た来た! 新しい住人さん!」

「名前は名前は?」

「二人目の住人さん!」

「初めての男の人!」

「凪ちゃんとどんな関係?!?」

「どこ出身? 北の方?」


 何だこれ。雨木は床に座って彼らの表情を見る。皆、混じりけの無い笑顔で雨木を見つめている。汚れを知ら無い目。思わず撫でたくなる愛らしい表情だが、どうしたものか。雨木は頭を掻きながら質問の部分に答える。


「そう、新しい住人。これからよろしくね。凪とは仕事の同僚になるかな。出身は日本の―」


 ん? なんか。


「焦げ臭くない?」


 小人達は一斉に厨房に振り向き―


『わー!!!! 料理が!!!』


 雨木を突き飛ばしてコンロに戻った。反動で床に叩きつけられて思いのほか強打してしまった。


『わー!! 新人さん!』


 小人達はパニックに陥りそうになるが、雨木は寝転がったまま腹を抱えて笑った。いいよいいよと手で合図すると小人達は厨房に戻っていく、フライパンから出されたのはほんの少し焦げたベーコンと目玉焼き、他の料理もできているのだろうかと覗こうとする。


「新人さんこっちこっち」


「朝ごはん、朝ごはん!!!」


 テーブルにつくと、パンとスープ、ベーコンと目玉焼きの西欧由来の料理、反対側にはご飯と同じスープ、そして漬物と卵焼きの日本風の朝食が並べられていた。


「新人さん! 朝はパンで大丈夫ですか?!?」


「うん、ありがとう。こっちは誰の?」


「私のだよ。ってかさっさと名乗りなよ、雨木。あ、そいつらはピクシー。イングランド出身の妖精たちだよ。子供みたいな言動をするけど、妖精だから気にしないでくれ」


 振り向くと、入り口付近にジャージを着た凪が立っていた。


「雨木さんって言うんですね! これからよろしくお願いします! 私たち全員で歓迎しますから!」


 ありがとうと言うと、小人達はこちらも笑顔になるぐらいとびっきりに笑う。


「騒がしい朝でしょ。これが、ここの朝なんだ。雨木は好き?」


 朝ごはんを食べるのはいつぶりだろうか。皆で食卓を囲むなんてもっての外。記憶にないぐらい昔の話だ。電気も水道も止まって、ご飯を食べれなくなった日もあった。雨木はそんなことを思い出す。机の上に乗せてと言う小人が居たので抱きかかえて乗せる。生きている温度を感じた。目の前にある食事も湯気が出ている。友人に心配させまいと、食堂で食べるとき以外は極限まで切り詰めていた。それが今、家に居るのに暖かい食事が出ている。


「好きだよ。今、好きなった」


「そう? それは良かった。私は慣れるのに時間かかっちゃったから」


「凪さん、ヒドイ! そんなこと思ってたなんて、シクシク」


 わざとらしく小人達は泣きまねをする。苦虫を嚙み潰したような顔をして小人を見つめていた。


「雨木冷めちゃう、もう食べるよ。今日から仕事だ。キチンと食べてもらわないと、私の分まで働けないでしょ」


 雨木はそれ酷くねとは思うが、気にせずに朝ごはんを手に取る。食卓の空気感と素朴な味も相まって、なんだが懐かしい感じがした。



 しばらくして郵便局に行くと羽山が受付にいた。いたのだが、机に突っ伏して寝ている。彼女の下には体の透けている女性が必死にもがいていて、郵便局に来たばかりの雨木を見つけると涙目を見せながら叫んだ。


「そこの君、助けて! 羽山が寝ちゃってて動けないんだよぉ!!!」


 雨木は持っていた鞄を机に置き、おもむろに女性に手を伸ばすが掴むことができない。そのまま体を透過してしまう。


「触れないです」


「ちょ、え? なんで? 君って魔力無いの? じゃあ抜けれないじゃん。魔術も何も使えないの?」


「使ったことないですね」


 女性はうなだれて頬杖をつく。ため息が雨木の手にかかるが異常に冷たい。


「はぁ、まじか~こりゃヴィドか凪が来るまでこのままだな」


「羽山さんを起こしますか?」


 女性は顔の前で大げさに手を振る。


「無理無理! こいつ寝るの下手くそなんだもん。一度寝たら自分で起きない限りは寝っぱなしじゃ! しかもこやつ、魔力の制限無くしたまま寝おったから私の体がくっ付いてしまっておるわい。まぁこのままでいいぞ。それよりあんたが例の新入りかい? 私はソフィア。幽霊のソフィアだ!」


「雨木です。よろしくお願いいたします」


 随分とよく喋る人だ。雨木の人生でここまで初対面でグイグイくる人は珍しい。


「君がアメキね! やっとこの郵便局にヴィド以外の男が来てくれて嬉しいよ~彼も窮屈だっただろうし、相手してあげて。そうそう羽山から話は聞いてる。アメキは元々は向こうの人間なんだってこと。というか意外と色男っぽい? 凪と同じように年齢の割には中々美味しそうじゃ」


「美味そうって、どっちの意味です?」


 ソフィアは雨木の髪に触れて生意気な青年を揶揄う。触れている場所だけ実体化しているようだ。


「どちらの意味でもさ。魔力を込めれば実体化できるし、幽霊となったこの体でも、アメキの魔力を感じさせない体が贄としての魅力を引き出させている。これは狙われたのは納得じゃ。にしてもなんで魔力が全く無いのかね。魔力がないってことは不幸に見舞われやすいんだ。現世と魔法界は異なるようで性質は同じだし、それでアメキはかなり色んな目にあったはずだ。その足、腕の傷もそうだろう? アメキは巻き込まれた形で、それを負ったはずだ」


 雨木は自身の左腕を掴み、一歩後ろに下がる。


「どうして……? いつも服で隠しているし、ここの人には話してないはず」


 ソフィアは得意げに鼻を鳴らす。


「昔は私も有名な魔法使いだったんじゃぞぉ〜この身になった今でも、魔力で刺されたのは腹だけってこともすぐにわかったわい。おそらくこやつも気がついているじゃろうな」


 羽山の方を指差し、その指をそのまま雨木に向ける。


「良いか、アメキは狙われやすい。自分の身は自分で守れるようにしなければならないから、体は鍛えておくようにしておくんじゃぞ。とりあえず走って逃げれるようにな!」


「魔法や魔術とかで防御とかは無理ですか?」


「いや、可能じゃ。魔法は無理だろうが、魔術なら使えるだろう。使うにも訓練や知識が必要じゃから、すぐに使うのは無理。わからんことがあったら私に聞くが良い」


「なるほど、ありがとうございます。ですがー」


「ですが?」


 雨木は受付の裏に手を向けた。ソフィアの視線がそちらに向かうと、ヴィドが腕組みをしながら突っ立ていた。おもむろにソフィアを羽山から引き剥がし、子猫のように持ち上げる。


「ソフィア、仕事の時間だ。そろそろ話を終わってもらってもいいかい?」


「誰かと思えば仕事マニアの登場じゃないか。じゃあ、老人はさっさと退場しておきますよ。アメキ、いつでも私のところにおいでよ〜」


 いつもどこにいるのかは言わずに、ソフィアは壁の中に消えていった。気を取り直して、と言ってヴィドは手を叩く。


「雨木君、今日から初仕事だ。凪とともにエドワードという魔法使いの元にこの荷物を運んで欲しい」


 ヴィドは受付の下から一辺9cmの立方体の物を雨木の前に置く。キューブは深い森林を匂わせる翡翠色で淡い輝きを放っている。


「そのハコは琴吹郵便局オリジナルの荷物入れでね、小さい割には多くの物を収納できる代物なんだ。使い方はこうだ」


 ヴィドが手に取ると、ハコは形を変え始めた。小さな立方体は徐々に形を崩し、やがて流体となって空中に漂い始めた。周囲の光を吸収し、液状の部分は虹色の光を放ち始める。眩くない光はやがて中心部に集まって物の形を描き始める。現れたのは小さな鳥籠と視認を阻害する何かに覆われた卵だった。ヴィドは両手を伸ばし、優しく籠を抱き抱える。形を失ったハコは螺旋を描き、元の立方体に戻る。


「少し魔力を込めて、開いて欲しいと念じるんだ。昨日渡したお守りは持っているかい?」


 こっちに入ってますと机に置いてあった鞄を彼に見せる。納得した様子で、ヴィドは手を叩く。


「なるほど、だから彼女に触れなかったのか。今後はそのお守りはできる限り肌身離さないでくれ。昨日言っていなかったが、実はそれは外付けの魔力器官でね。それを持っていれば魔力の無い君でも、業務上使わないといけない魔力をカバーしてくれる。初めて作ったが、上手くいくはずだ」


 雨木はお守りをポケットに入れ、ハコに手を伸ばす。ハコは重い。文鎮を持った時の感覚に近い重さが手のひらにかかる。雨木はハコを両手で優しく包み込む。


「瞳を閉じて、神経とは別の感覚が体に流れているはずだよ」


 ヴィドの言う通りに瞳を閉じる。確かに雨木の体の中にはこれまで自分の体に流れていなかった何かがあった。魔術で作られたナイフによって身体中に流れたモノと酷似していた。思い出したくなかったあの感覚が雨木の手助けになるとは。彼は意識を集中する。全身に巡っている回路の帰着点を両手に。瞳を閉じたことによって研ぎ澄まされた感覚は、初めて使う魔力も理論外の構築によって自在に使えるようになる。瞳を開け、覆っていた左手を外す。ハコは形を失い始め、宙に浮かび出す。


「この荷物を中心部に入れてもらえるかい?」


 手渡された鳥籠をハコの中に持っていく。中心部に近づくにつれて鳥籠は重力から解放され、雨木の手から自然と離れる。再び優しい光に変換され、ハコは元の立方体に戻る。雨木はフーッと深い息を吐いてハコを机の上に戻した。


「上出来だ」


 顔を上げるとヴィドは柔い笑顔を浮かべていた。視線をハコに戻す。初めての感覚、初めての魔力を使った両手を見つめる。


ーーどこか懐かしい感覚だった。

 


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