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マホウヲハコブモノ  作者: まきなる
第二章
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第四話 その名はエリム 後編


 目的地にはその地域で最も高いビルが立っていた。地球が滅びた後も残っていそうな超高層ビル、地下には百貨店があって大勢の人がひしめき合っている。途中の道ではボロボロの服を着た少年が座っていた。少し気になったが、それどころでは無かった。一瞬でも気を抜けば人の波に流されて目的地とは遠い場所に流されてしまうだろう。雨木は何とか人混みを泳ぐように掻き分け、やっとエレベーターに辿り着いて上階へと向かう。


 驚くほどスムーズだった。この高層ビルの最上階は展望台として一般の人にも解放されている。しかし、高さ的には合っているが階下と同じオフィスのような場所は無い。記憶と違う。違うビルかもしれないとメモを確認したが、やはりここで間違いなさそうで雨木は周りを見渡す。


「普通じゃ見つからないのか?」


 雨木は警察から逃れた時と同じように魔力の感知力を高める。もし空の魔女が関連するものがあるのなら魔力によって隠されている可能性が高い。改めて、エリムの場所に向かう途中に海斗に教えてもらっておいて良かったと感謝し、雨木は最上階を探し回った。


 魔力の残滓を辿れば道はとっくに開いていた。屋上であるはずの60階から上に続く階段が視界に映る。周りを確認しても他の人は気が付いている様子は見られない。明らかに誘われているとしか思えない状況に雨木は不信感を覚えるが、彼に選択肢は残されていなかった。彼は階段を登り始めた。


「マジかよ」


 階段に足を踏み入れると世界の色が白に移り変わった。ビルも、人も、鳥も、空も、作り物のような造形で真っ白に見えている。世界が書き換わったと言われても違和感の無い現象だ。これが空の魔女の力なのか、先ほど出会ったばかりのエリムと同じような存在に合うのかもしれないと思うと、彼はもはや笑うしか無かった。


 踊り場のような場所に着くと丁寧に60.3階と次に雨木が辿り着くフロア番号が示されていた。階段を登っても足音は鳴ってくれない。景色も白色の物質に影が入っているだけ。彼はただ進んだ。辿り着いた上階は一見行き止まりのようだが、ドアノブが付いていた。エリムの時と同じような危険性があるかもしれない。もし何かあっても凪が持たせてくれたポーションももう無い。だが、彼は躊躇わない。真っ直ぐな目でドアノブを引いた。


「やっぱり僕はここに来た事がある。懐かしいって感じはしないけど」


 リックによって呼び戻された記憶の場所と全く同じだった。高層ビル。オフィスのような場所。違う点は二箇所、この空間にヒビが入っていて所々崩れている所。そしてー


「もしかして、透か……?」


 なんのイタズラだろうか。いや、十中八九エリムの嫌がらせだろう。そこに居たのは空の魔女などではなく、彼の唯一の家族にして父、蔵部 秀樹 (くらべ ひでき)が椅子に座っていた。雨木透の雨木は母方の姓であったのだ。


 蔵部は雨木を見ると座っていた椅子から立って彼に近づこうとする。雨木は初め、激情は特に沸かなかった。それに、これが現実か幻覚か何かわからない。雨木は近づこうとする蔵部の前に手を出して静止を促した。蔵部はその場に止まる。何を言おうか考えているようだが、雨木は先に周りを見渡した。魔力の感知力を高めても何も無さそうだ。この一連の内容は全てエリムの嫌がらせであると確信しつつ、せっかくの機会なので蔵部を観察した。


 蔵部は雨木の父親であるが、それは真実なのか。雨木が呼び起こされた記憶では自身は空の魔女によって作られた存在であり、どのような製造方法を取られたのかわからないが、実際には血が繋がっていない可能性は無視出来ない。そして雨木の中では彼は生物学的には父のようだが、父親ではないという希薄な感覚だった。


「透、大きくなったな!立派になっているようで嬉しいよ。なぁ、ここはどこかわかるか?早く抜け出してご飯でも食べに行こう」


 父親面した無神経な言葉だった。蔵部から見れば雨木は実の息子だ。久しぶりの再会で嬉しくなっている。だが、雨木は蔵部の発した言葉で思い出した。違うとわかっていても、否定することができない。呪いのように降りかかった、脳裏にこびりついて離れないあの言葉。


「 お 前 は 人 殺 し だ 」


 彼の体は小刻みに震えていた。あの日の景色が強烈にフラッシュバックするが、唇を噛んで無理やり震えを痛みに置き換える。


「……そこで大人しくしておけ」


 やっとの事で絞り出した声は蔵部を萎縮させ、彼を再び椅子に座らせた。雨木は当初の目的である空の魔女の手がかりを探さなければならない。魔力関連の物が無くても、パッと視覚に入る物が無くても、何かがある可能性も否定できない。雨きは部屋中を一人で探し回る。その間、蔵部はただジッと雨木を見つめていた。気味の悪い視線に晒されながら、何とか部屋の調査を終える。


 だが手がかりは無かった。一息着くと蔵部がポケットから何かを取り出した。


「透が探しているのはこれか?ここで見つけたんだが」


 彼が持っていたのは鍵だった。白色の鍵に所々、灰色の錆のような痕がある代物だ。


「それを僕にくれ」


 雨木は近づいて手を出すが、蔵部は鍵を渡さなかった。


「ご飯を一緒に食べてからにしないか?」


 蔵部はどうしても雨木とご飯を食べたいようだった。雨木は首を横に振る。


「嫌だ。何で子供に罪を被せようとしたやつと飯を食わなければならないんだ」


「いや〜そんな事言ったっかな……?」


 蔵部はとぼけていた。自分が発作的にでも子供にやった事を直視せず、記憶を自分の良いように書き換える。雨木は全身の毛が逆立った気がした。こいつは、何もわかっちゃいない。母親を追い詰めたのも、自分を追い詰めたのも、トラウマを植え付けたのも、未来を奪ったのも、元々こいつのせいなのに。追い詰めた加害者で、張本人のこいつはのうのうと生きている。それどころか自分とご飯を食おうだと?


「ふざけやがって。虫が良すぎるだろ」


 雨木は一歩前に進んだ。漏れている気迫に当てられて蔵部はジリジリと後退した。何とも情けない姿だ。今まで牙を剥いてこなかった息子が急に怒りを見せた途端、足を折られて銃口を向けられている捕虜のような声を出していた。ついに蔵部は部屋の隅に追いやられてしまう。


「な、なんだ。やめろ。助けてくれ」


 蔵部のどこまでも自己保身に走る姿を見て、雨木は逆に哀れみを覚えた。こんな奴に自分はトラウマを受けつけられていたのか。どこまでも時間の無駄だろう。そして、もうどうせ会う事もない。


「鍵を渡すか?」


 蔵部は必死に首を横に振る。雨木は彼が何に執着しているのかもはや理解できない。彼もこの空間の異常性には気が付いているのだろうか。もしかすると、自分が安全に出れるまで必死になっているのだろうか。ポーションの影響か、頭の回転速度はさらに上がっていた。彼は自身の思考の引っ掛かりに気がつく。


『異常性……?』


 雨木は思い出した。龍涙の池で放った魔術は魔力の流れを掻き乱していた、あの魔術は空の魔女の魔術。この崩れかかっている空間はエリムによって案内された場所で、本当に空の魔女の物なんだろうか。もうすでに雨木の脳内から蔵部は追い出されていた。彼は興味を発揮すれば、つい試したくなる。前に海斗に魔法界の事を話して凪に注意されたし、ある意味状況は似ている。それでも彼は試さずにはいられなかった。


 だが海斗との時と決定的に違うのは、これから起こる光景を愚か者の蔵部には理解できないという事だ。


 雨木は蔵部に背を向ける。龍涙の池でアドニスの唱え方を真似て使った同じ魔術を、今度は自らの口で発する。


「永遠に続くは在りし日 呻くことも泣く事も無く 世の問いはここに 輪廻の底に私は立つ 」

 

 ヴィドの力を借りていない、そしてアドニスの魔力を体内に取り込んで直接使っているわけではないためか魔術の性質が変化していた。一本の巨大な柱ではなく中途半端な太さの柱が、だが空間の至る所から白い柱が顕現した。


「ひぇ」


 蔵部が頭を抱えてその場にうずくまる。そして一拍開き、空間が砕け散った。60.3階だった場所は全て鋭利なガラスの破片のような物となって空に散らばっていく。彼が放った魔術は60.3階と酷く反発し、それぞれの魔術は形を保つことができなかった。二人は空中に突如放り出されて60階に落ちて行った。高さはそこまで無かったが、うずくまっていた蔵部はうまく着地できず、腰を強打した。


 一方、綺麗に着地した雨木は散らばっていた破片を見上げる。破片は空間に溶けていき、雨木の目に白色に映っていた世界は色を取り戻していく。見届けたあと、腰を痛がっている蔵部に雨木は近づき、彼のポケットから鍵を取り出した。一緒に彼の財布を取り出してしまったが、雨木は無表情のまま中から残っていた一万円を取り出した。


 雨木は財布を蔵部に放り投げ、痛みで声を出せない彼を置き去りにして無言でその場を去った。彼らが落下したのが隅であったため他の人には気が付かれていないだろうが、一刻も早くこの場から去りたかった。そして雨木は彼から抜き取った一万円を使って、ソフィアにこちらのお菓子でも買って行こうかと考えた。せっかくなら、こちらの味を知ってもらうのも悪くない。


「やめとこ」


 父親と会って、感情は動いた。だけど、結局は蔵部は父親では無かった。自身が空の魔女から作られたという事からでは無い。その記憶が呼び覚まされる前から蔵部は父親の資格を有していない。そんな存在に何を言っても無駄なのだ。何もわからない奴に何を言っても疲れるだけ。歩いていく内に、そんなクズの金で琴吹郵便局の人々にお土産を買って行くのは違うだろうと雨木は考えた。だとしたら、このお金が良いように使われる方法は何だろうか。雨木は一つ心当たりがあった。


「ねぇ、君。これで美味い物でも食べて」


 ボロボロの服を着た少年は顔を上げる。雨木は彼に自分の過去を重ねていた。そして、彼はキョトンとしている少年の胸ポケットに一万円を入れた。雨木はこの少年を何も知らない。この少年も雨木を何も知らない。だからこそ、この金もある意味浄化され、生きて使われると考えた。


「ありがとう、おにいさん!な、なまえは?」

 

 雨木はそのまま去ろうとした。だけど、少年は雨木の袖を持って離さない。


「そうだなぁ」


 雨木はイタズラっぽく笑みを浮かべた。彼が口にしたその名はー


「エリム。僕の名前は”エリム”だよ。じゃあね、警察に保護でもしてもらいなよ」


 彼なりのエリムへの嫌がらせだった。肩をすくめた後、雨木はその場を急いで去る。そして彼は自らが住んでいたあの部屋へ走った。



 入り口となるのであれば出口となり得る。逆もまた然り。雨木はお礼を告げた部屋のドアノブを握っていた。あの日はお礼を言って去った。だけど、ここに戻って来てしまった。数ヶ月しか住んでいなかったが、それでも思入れはあったのだろう。エリムの嫌がらせといえど、何かしらの縁を感じた。もう、彼は安心して帰る場所がある。


 目を瞑って、ドアノブを引く。そして一歩も入らずに扉を閉める。普通ならただ部屋の外にいるだけ。でも、瞳を閉じたまま雨木は言った。


「さよなら。もう帰って来ないよ」


 再び目を開けると、雨木はエリムの部屋の前に立っていた。そして扉を押す。中に居たエリムは青年では無く、彼が初めてこの部屋に来た時に見た老人だった。


「あなたが戻してくれたんですか」


 老人は静かに頷く。そして雨木の前に再び風車の形をした陶器が現れた。だがロッキングチェアに揺られながら瞼を閉じ、老人は何も語ろうとしなかった。雨木はそれを受け取って、お辞儀をする。


「ありがとうございます」


 エリムの部屋を出ていく。雨木は戻っていく。そして、彼は見つけた。背中に凪を、お姫様抱っこをしながらリックを運ぶ海斗の姿を。雨木は早足で彼に駆け寄った。


「お疲れ、海斗。手伝うよ」


「遅いわ。俺めっちゃ疲れたんだけど。凪さんを頼む。ほら早く」


「ごめん、了解」


 彼は思い出す。そうだ。ソフィアにスイーツを買って行かなきゃ。それも、とびっきりに美味しいやつを。


「休日になってないな」


 雨木は嬉しくて、涙が少し漏れるほど心から笑っていた。



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