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マホウヲハコブモノ  作者: まきなる
第二章
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第三話 その名はエリム 前編

 ここです。すぐです。右です。左と少し斜め下です。遠いです。遥か彼方です。積み木です。家です。夏です。床です。夕日です。隣です。雨です。耳です。糸です。


 エリムの場所に向かう四人へと耳障りな言葉が響き続けていた。


 誰。私。母親。御許。老台。此方。先生。嫁。僕。先輩。誰。私。母親。御許。後輩。主人。子供童。姪。彼女。彼。友人。夫。王。此方。先生。嫁。貴方。餓鬼。老人。甥。姫。童。姪。彼女。彼。友人。父。孫。知人。子供。老台。此方。先生。嫁。僕。先輩。誰。私。母親。御許。後輩。主人。此方。先生。嫁。僕。先輩。誰。子供童。姪。彼女。彼。友人。


 聞こえる言葉は意味が無いと思えば、何か意味があるのかと勘違いする、ある種の統一感の言葉が流れる。繰り返される。歩くたびに、一歩ずつ歩くたびに、進むたびに響き続ける。


「気分が悪いな」


 凪の歩く速さはいつもより遅くなっていた。彼女らしくない歩幅でゆっくりと歩いていた。立ち止まれば声は聞こえない。次第に彼女は時々足を止めるようになっていた。


「これ魔力酔いの感覚に近いな。雨木とリックちゃんは大丈夫か?」


 結果的に先頭を歩いていた二人も同様の症状だったが止まらない。海斗が声をかけてようやく二人は足を止めた。


「僕は慣れた。リックは?」


 振り向いたリックは額を拭い、息を吐く。さっきまで元気だったはずだが、顔は赤くなって風邪をひいているように見える。


「行かなきゃならない。この空間が私を拒絶しているみたいだけど、行くしか道はない」


 リックは再び歩き始めるが、少し歩くと膝をついてしまった。それでも彼女は前に進むことを諦めない。意味不明な文言は延々と体の中を透過していく。頭の中だけではない。体の細胞と精神に体力があるなら、その全てをゆっくりとズタズタにしていく感覚に近い。


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「っくっ!!でも……」


 リックは進む。


 かまぼこ。化粧をする。柚子。撤収。写真。缶。服。テープ。薬。ゴミ箱。掃除機。燕。漫画。海。コップ。贄。眠い。眠い。眠い?眠い眠い眠い。


 進むたびに淡々と頭の中に響き続ける文字達。それでもなお、彼らはしばらく歩き続けていた。だがついに雨木を除く三人は足を止めてしまった。遠くだが、すでに扉は見えている。しかし彼らはもう動くことができなかった。海斗は全身から汗が吹き出していた。凪は吐き気を必死に堪えて何とか立っている状態。そしてリックは朦朧として意識が飛びそうになってしまっていた。進むことは叶わない。


 海斗としても彼方の書庫の奥、エリムの場所へと赴くのはこれで三度目だ。今の尋常ではない状況は流石に全員を連れて引き返すことが先決だと考えていた。試しに一歩下がると、頭の中を流れる言葉は止まる。海斗は血が出るほど力強く唇を噛んでいた。そして前方にいたリックへと一気に距離を詰め、後方へと運んだ。


「雨木。お前は行けるんだな」


 雨木は静かに頷いた。彼の体力も精神性も削られていたのは確かだ。しかし、彼はまだ耐えうる状態で地にしっかりと足をつけていた。


「僕は行くよ。もしエリムが何か知っているのなら、この異常は何かあるのかもしれない。チャンスだろう」


「扉は閉めるな。前に言ったが次に開けた時どこに飛ばされるかわからない」


 雨木は片方の口角を上げて扉へ向かう。その後ろ姿を見ていた海斗は自分達がなぜ耐えられず、雨木が耐えられる理由を考えていた。雨木は人間ではない事実が理由なのか。ならば、なぜ前は通ることができて今回はできない。人間を弾く理由はなんだ。海斗は思考するが、答えに辿り着くことはできなかった。




 雨木は何か少し重い幕を通過した気がした。


 瞬きをすると、あの黒い空間だった。真っ暗闇でその中でもうっすらと線が空間に書かれていて、雨木が行くべき方向を自然と示していた。振り向いても、海斗達の姿は見えない。









 黒い空間は先ほどとは比べられないほど、比較するのもおこがましい量の言葉達が流れていた。全ては雨木の体を透過していき、彼の意識は体の外に追い出される感覚がした。しばらく雨木は気絶していた。再び立っても、周りの状況は変わっていない。だがわかった事があった。流れているのは魔術に使われる『言葉』だ。ある種の魔法を浴び続けている状況は人には耐えられない。


 雨木は歩き続けた。たどり着いた扉を迷いなく押す。中には青年がいた。前に見た老人ではない。どこか現代風の格好をした青年は、やってきた雨木を見つけると貼り付けたような笑顔を見せた。彼はどうやらソファに座りながらローテーブルの上で何かを作っていたらしい。


「やぁ」


 彼が発したのはそれだけだった。扉が閉まらないように雨木は抑えながら話す。


「あなたがエリムか」


 青年は手を止め、雨木の方向を向く。


「エリムと呼んでくれて構わないが少し違う。エリムというのは概念に近い。肉体も有していたり、存在していなかったり。この彼方の書庫の管理人であるが、同一人物ではない。今、君の前にいるのは前に出会ったのとは別のエリムで、ここに辿り着けたのは前のエリムが渡した陶器を持っていたから」


 雨木はサイドポーチから陶器を出す。


「そう、それだ。魔術とも魔法とも違う管理人のみが識別できる力を有したものだ。おそらく誰も感知することはできない。前のエリムは君を気に入っていたようだ」


「あなたはどうですか」


 エリムは机の上に置いてあった何かをかちゃかちゃさせていた。雨木の話も聞いているか聞いていないか判別がつかない。


「さぁ。だけど、退路を作っているような人に興味は無い」


 自身が押さえている扉のことを言っているのだろうか。海斗の言う通りならば扉を閉め、再び開ければどこに飛ばされるのかは想像できない。だけど、雨木はそういう男だ。開けなければならない扉であれば、どのような事が待っていても彼は開けた。そして、逆も然り。雨木は扉を閉めた。


「へぇ。ならば、そこに座るといい」


 エリムに促されるまま雨木は目の前の椅子に座った。ローテーブルを境に彼らは向き合っていた。


「何を聞きたい」


「空の魔女について。知っていることを全て話していただけますか」


「空の魔女、ふむ。海斗と名乗っていた青年とある種同じか」


 エリムはテーブル上の粘土を動かしていた。粘土は形を変え、やがて小さな集落を形成した。陶器のような滑らかな素材で構成されたそれは、生きているかの如く時間が流れていた。


「雨木透と凪春香の二人を救いたいと言っていたから、少し頭が老いた別のエリムが少し協力したな。ということは君は雨木透か」


「ええ、そうです」


 瞬間、空気が変わった。


 エリムはニヒルに微笑んで、座っていたソファに勢いよくもたれかかり、顔を手で覆い隠して高笑いした。狭き部屋に彼の声が響く。彼の声は魔力を帯びて部屋の空間を歪ませる。あまりの様相の変貌に、反射的に雨木は立ってエリムから距離をとった。


「ハーッハッハ!!!!そうか!雨木透、君は空の魔女の試作品!憎き空の魔女の残り滓!!!ハッハ!そう怯えるな。私は君の敵かもしれないがな」


 エリムは雨木の座っていたソファを指差す。他に選択肢などないが、雨木は不満もなく魔力の影響で形が歪になったソファだったものに座り直す。


「それでいい」


 興味のなさそうだったはずの様相とは打って変わって、エリムは雨木の体を舐めるように見つめていた。雨木はエリムをただ睨み返すと彼は話し始めた。


「空の魔女に関する事柄の全て、私以上に知っている者はいない。そして私はあいつと敵対関係にある。理由は君なんぞに話したくもないが、今日は気分がいい!あいつに会う方法ぐらいは教えてやろう。君の持っている陶器をもらえるかい?」


 雨木から陶器を受け取ったエリムはテーブルの上にあった集落に置いた。再び集落の形は変わり、近くに白い塔が立った。雨木が龍涙の池で使った魔術と同じようなもの。だがそれは集落の大きさから考えるには巨大すぎた。


「ここを探すといい、もう見ればわかるだろう。さて敵に塩を送るのはこれぐらいでいいか」


 雨木は目を凝らしてその風景を凝視した。エリムに再び声をかけられるまで、粘土から作られたあるのかどうかもわからない景色を脳裏に焼き付けた。


「強欲だな」


「敵に塩を贈られたなら、舐め回すのは当然でしょう。あなたがどう言う意図かわからないが、もらえるものは貰っておきます。何か文句ありますか」


「空の魔女は嫌いだが、君はマシだな」


 雨木は瞬時に思考する。賭けだ。


「もう一つぐらい情報を教えて頂けませんか」


 だが、失敗だった。


「調子に乗るな」


 気がついた時には遅かった。


















 雨木  の 中に 識 が かき   消え ほ どの  『 こと 葉 』 が   がれ    てい た。


 

 そしてエリムは言葉を込めた。



「さ っ さ と 出 て い け」


 雨木は本能的に逃げていた。あれは何者であっても関わっていい者では無い。雨木は這いつくばりながらやっとの事で扉の取手を引き、部屋を出ていく。全身が溶けていくように感じた。エリムがどんな表情をしているのか。どんな心境なのか。雨木は中を見向きもせずに出ていき、扉を閉めた。そして、最悪のタイミングで海斗の言葉を思い出した。


『扉は閉めるな。前に言ったが次に開けた時どこに飛ばされるかわからない』


 雨木は閉めた扉に、見覚えとすでに懐かしい感触を覚えた。あの日、現世を分つと決めて出ていったはずのー


「え……」


 感謝の言葉を並べ、お辞儀をして出ていった。もう帰って来ないと決めていた。海斗に押し付けた。そう、雨木は現世の部屋の玄関の前、その扉のドアノブを握っていた。




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