第三話 箱庭は誰のもの 前編
前は雨木が黙っていた。今回は海斗が黙っていた。次は誰が黙る。何もわからない。何も伝わらない。雨木の心情も、海斗の思惑も、凪の考えも、話さないから届かない。
雨木は再び書店の前に立っていた。外から見て海斗が店番していることは確認済みだ。駆け引きは必要か。彼が話しを可能とする条件は何か。雨木はずっと考えていた。だけど、結局これしかなかった。彼は扉を開ける。海斗はあくびをしながら彼らを出迎えた。
「この手紙は海斗が書いたものだな」
海斗はしばし硬直していたが、雨木から手紙を受け取るとため息をついた。しばらく考え込む。海斗の目の前にいる雨木と凪は彼が話を切り出すのをただ待った。耐えきれず、海斗から話を切り出す。
「何も聞かないのか?」
「友人として話してくれるのを待ってる」
書店のカウンターに立っていた海斗は近くの椅子を手繰り寄せて座った。頬杖をつきながら雨木の事を見ようとしない。しかし、凪を一瞥すると堰を切ったように話し始めた。
「俺は凪さんに向こうで一度救われてる。彼女が危険かもしれないとわかって、やったことだ。おいおい焦るな。詳しく話すよ」
雨木は凪の方を振り向くと、今度は彼女が視線を合わせようとしない。
「彼女と俺の家系は現世でも元々魔術を受け継いできていてさ。血統上、向こうで言う怪異のようなものの被害に遭いやすかった。違ったのは、彼女の家は魔術を受け継いできて、俺の家系は魔術は残らなかった。防御手段はなくなって襲われやすいって体質だけが残った。中学の頃だ。俺は怪異に殺されそうになったんだが、それを凪さんが救ってくれた。どうやら俺の記憶はその時凪さんに消されたみたいだけどな」
雨木は彼の話を最後まで聞いていた。彼の話は突拍子も無いものに近いかもしれないが、それでも雨木は海斗を信じていた。一方の凪は海斗の話を聞いている間、終始苛立ちを隠していなかった。話が切れるタイミングで彼女は机の上を叩き、海斗に詰め寄る。
「大曲海斗、なんであんたは覚えているんだ」
いつもの調子で海斗は両手を前に出して静止した。
「待ってくれ。まだ俺のターンだ。二人を追いかけてこっちの世界に来て辿り着いたこの書店で思い出したんだ。この前、彼方の書庫に入った時に詩篇に触るなって言っただろう?俺はこの世界に来たばかりの時にそこのおっちょこちょいの店長が外に飛ばしてしまった詩篇を拾ったんだ。詩篇には色んな魔術がかけられていたみたいでな、俺はまんまと凪さんがかけていた魔術を解かれてしまったってわけ。偶然さ」
「それと海斗があの手紙を置いた関係性は?」
「言っただろ?俺は雨木が持つ謎を解くこと。ま、前回はって話だがな。手紙に関しては二つ目的があった。まず一つ目は空の魔女と関係がある可能性があった雨木を凪さんから遠ざけるためだ。命を救ってもらった恩人に恩を返したいって思うのは当然の感情だろう?そして、もう一つは郵便局から離れた雨木をこの書庫に招き、お前の体の謎を解き明かそうと思ったんだ。上手くいけば一石二鳥!失敗しちゃったけどな」
雨木は開いた口が塞がっていなかった。それでも疑問は一点に集中した。動機などどうでも良かった。彼には他のものは何も見えず、何も聞こえていない。
「海斗がなんで空の魔女と僕の関係を知っているんだ。お前は何者なんだ?」
「おっと?!?成績優秀な雨木ならわかるだろう?もしかしてキノコかタケノコがどっちの方が上手いかを結論づけるぐらに難しかったか?」
魔法界に来たばかりの海斗が琴吹郵便局に手紙を置ける理由、そして空の魔女と雨木の関連性に気がついた理由。そんなもの一つしか無い。
「気がついたか?」
「あぁ、海斗はすでにエリムに会ってる」
海斗はさも大袈裟に手を叩いて、喜びを噛み締める。さながら悪役が自身の計画を見抜かれたように。
「おめでとう!正解に辿り着いた良い子には花丸をあげよう!」
雨木は海斗を睨む。
「いらん。それより、空の魔女について教えてくれ」
「俺の事は咎めないのか?」
そして雨木も凪と同様に海斗に詰め寄った。さらに後ろに下がりかけた海斗の椅子はなぜか硬く、動かなかった。
「海斗らしくて安心したよ。優しいけどやっぱり浅慮で爪が甘い。君の行動の動機はわかったから、空の魔女関連のことをさっさと話しやがれ。茶番はもういい」
雨木が命令口調で話すのを初めてみた海斗は目を丸くさせていたが、椅子から離れてカウンターの下から一冊の本を取り出した。それと口笛も添えて。
「ヒュー、二人とも怖いな〜話す話す。この本に書いてある事だ。空の魔女についての事柄が記載されている。俺はエリムに雨木について教えてくれって言ったらついでに貰えたんだけどな。この中で魔力が無い青年を造ったって話が書かれてあって、エリムの話とも一致した。で、空の魔女の危険性、それはー」
海斗は近くにあった一枚の紙を机と並行になるように持ち上げ、真横から潰す。
「”同一面の破壊”だ」




