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マホウヲハコブモノ  作者: まきなる
第一章
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第七話 あなたは黒 後編

 海斗は面白いものがあると言って店の奥に案内してくれた。表に出してある本はほんの一部しか出していないらしく、地下にあるのがメインの本棚らしい。


「足元に気をつけて」


 書庫にを踏み入れた訪問者の目に映ったのは、天高くどこまでも続くほどの本棚だった。ここは本当に地下なんだろうか。本棚は一つや二つではなく、数え切れないほどの棚がこの空間に並んでいる。しばしの間、本棚群を観察していると雨木は自身の周りの感覚が少し違うことに気がついた。しっかりと地面に立っているつもりなのに、体を動かしてもまるで掴みどころがない。無重力とも、水中とも違う不思議な感覚だ。意識すれば浮くことができるようで、動かし方は感覚的にわかる。


 書庫をめぐる。本棚に並べられていた物は様々なものがった。本は当然として、誰かが使っていたであろう私物、そして一枚からなる紙片も立てかけられていた。たった一枚の紙が自立している様子は本棚の中でも異質だった。


 顔を上げると、見たことが無いような生き物たちが泳いでいた。魚のような生き物もいたが、他にも鳥や馬がこの空間を駆けていた。皆、本棚の間を縫うように進んでいるが時々頭をぶつけている子もいた。


 多くの生き物は雨木達に興味を示さない。しかし、どこからか視線を感じる。本棚の方に目をやると、可愛らしい小型の動物たちがこちらを見ていたのだ。突如現れた訪問者に興味津々といった様子で、何やら話し合っているのかなとも感じる。


「こっち、ついて来て」


「海斗、あの一枚の紙切れは何?本には見えないんだけど」


「あれは詩篇だ。迂闊に触らない方がいいぜ、たまに魔力がこめられているものもあるんだ。そうじゃないと一枚の紙切れが自立しているのはおかしいだろ?」


 海斗は書庫内の本について雨木の想像以上に詳しかった。彼の言う目的地に辿り着くまでにも多くの説明をしてくれた。海斗は楽しそうにジェスチャーを交えながら話をしていた。しばらくすると彼は一枚の紙切れからランタンを取り出した。煌々と光るそれを携えて、暗がりの道を進む。


「二人とも俺の後についてきて、決して離れないように」


 完全に真っ暗な空間に出た。いや、違う。凪がいち早く気がついた。


「これは壁?」


 よく見ると薄らとだが白い線が見えている。線はずっと先まで続いており、その先にモノクロの両開きの門があった。海斗はその目の前に止まり、二人の方を振り向く。


「二人の事は雨木が失踪してから魔法界で調べ上げた。あんた達がどんな事にあったのかも俺は知っている。その上で、この扉を開けるか?」


「海斗には珍しく、随分頭が回っているように見えるけど」


「雨木、俺とお前は何年の付き合いだと思ってるんだ? 俺様のこの類いまれな語彙力は本で培ったものだぜ。ラスボスのような口調だろうが赤子の手を捻るようにできるのさ」


 雨木は海斗の横を通り過ぎ、ドアに手を当てる。後ろから呆れたように凪は呟いた。


「君なら開ける以外の選択肢は無いよね」


「凪も僕のことをわかってきたようで嬉しいよ」


 二人が見守る中、雨木はドアを押す。重厚な扉は見た目に反して容易に押すことができる。ゆっくりと扉が開いた先、そこには一人の老齢の男性が座っていた。どこかで見たことがあるが思い出すことができない。男性はカッターシャツと黒いズボンを携えて大正時代の雰囲気を漂わせる。しかし、人ではないと雨木は見抜いた。というか人ならざる者の雰囲気がいかにも漂っていた。だが、老人は読んでいた本を閉じた瞬間たちまち消えてしまった。


 テーブルの上には風車を模った小さな陶器が一つだけ置かれていた。雨木は写真で見た風車を思い出す。どこで見た?陶器を手に取って手のひらに乗せる。何も感じない。魔力が篭っていてほんのり温かいのかとも思ったがそう言うわけではない。さっきの老人といい、何が起きているのだろうか。雨木は入り口の方を振り向く。


「海斗、君は何を見せたかったの?」


 海斗は頭を掻いていた。


「やっぱエリムいねぇのか……まぁそう簡単にはいかないか〜雨木、その風車見せてもらえるか?」


 海斗は雨木から受け取ると、胸から虫眼鏡を取り出して観察する。かなり年季の入った虫眼鏡で、縁に描かれていたであろう紋様は擦れ消えてしまっている。


「うーん、特に変わったところはねぇな。凪さんから見てどう思う?」


「私から見ても特に問題はないかな。魔法や魔術の痕跡も無いし、いたって普通の陶器って感じがする。ねぇ? これが言ってた面白いもの?」


「いや。この部屋にはエリムっていう色んな事を知っている人がいてさ。雨木の事とか教えてもらおうと思ったんだけど、今はいないみたいだ」


 雨木はさっき見た老人がエリムという人物なのかと考えた。


「エリムって人は老人? さっきまでここに居たよね」


 海斗は口をあんぐり開けて手に持っていた陶器を落としそうになってしまった。


「お前見えたのか?」


「見えたというか、初めは居たけど消えたのが正しいかな。消えた後にその陶器が現れた」


 海斗は何度か頷く。


「雨木に来てもらえて良かった。そいつはきっとエリムだ。彼はこの書庫の管理人でさ。この中の誰か観測できればと思っていたのだが良かった。彼が出てくる条件がよくわからないんだよ。でも希望は見えた。雨木に面白い物を見せようと思ってたんだが、結果的に俺が面白いものを見せてもらっちゃったな。悪い悪い」


 海斗は雨木達に部屋から早く出るように促す。再び暗闇の中を歩きながら海斗は話し始める。変におどろおどろしく話すせいで逆に緊張感が無い。


「あの場所は不思議な場所でさ。あまり長居しすぎると出られなくなるんだ。そして、世界のどこかからまた出てくる。扉を閉めなければ大丈夫なんだから、俺が扉で陣取ってた訳」


「不思議な存在だ。じゃあ、僕はそのエリムって人に会えばいいのか」


「会えばわかる。彼はそういう存在なんだ」


 先ほどから凪が腕組みをしながら、海斗を睨み続けている。再び本屋に戻ったあと、彼女は海斗の前に立ち塞がった。


「大曲海斗、目的を話して。そしてあなたは何者かも教えなさい。今回の行動は」


「おっと! 俺はただの一般人だぜ? 凪さんも知っているだろう。ただの学生さ。中学校は一緒だったし結構話してたの覚えてない? だから雨木のアパートで久しぶりに会った時は、近づくなって言われて驚いたんだぜ? 俺は記憶力はいいんだ。まぁそれはいいが、目的は雨木が持つ謎を解くこと。そして雨木の一番の親友さ! これ以上は全くないね!」


 海斗の答えはあまりに自信に満ちたものだった。雨木は知っている。海斗は高校で会った時から自分の事は自信満々に答える人物だった。それが雨木にとっては目が眩むほど眩しかった。今も変わらない。だから、彼が何で魔法界にいるのか知りたいと思うのは当然だ。雨木も凪の方に回る。


「海斗、親友と言ってくれて嬉しい。だけど本当に目的はそれだけ? 僕たちは魔法界なんて知らなかったはずだ。それが今、僕たちがいる場所は魔法界だ。そんな偶然はあるのか? 話せないことがあるんじゃないか」


 海斗はため息をついて椅子に座った。


「簡単な事だよ。あんたらを尾行した。親友が女に騙されているかもしれないって思ったら、追いかけるしか無いだろうよ。結局途中で見失っちゃって、ここの店主に拾われて色々教えてもらってたんだよ。ピザにパイナップルを乗せる人がいるっているのを知った衝撃と同じぐらいだったね。そして一度エリムに出会ってから、雨木の居場所を聞いて今に至る。これでどうだ?」


 矛盾はない。雨木も凪もある意味自分達が連れてきてしまった原因であるため、つっこむこともできなかった。それゆえに、雨木の出した結論はー


「海斗」


「ん? なんだ? これでもダメか?」


「やっぱバカだよお前は。凪、今日はもう帰ろう。こいつ頭回ってるようにみえて回ってない。こっちが考えても無駄だ」


 吐き捨てるように言って雨木はそそくさと本屋を出て行ってしまった。凪が来ないので再び扉から顔を出す。


「他にもおつかいは残ってるから行かなくちゃ。どうせ海斗とはまた会うよ。行こう」


「う、うん」


 凪も出て行ってしまい、ポカンとしたまま海斗は椅子から二人が店から離れていく様子を見ていた。海斗は慌てて店を出る。椅子を蹴飛ばして積んでいていた本を倒してもお構いなしだ。


「雨木!!! バカって言いやがって! 次会った時にコース料理だけじゃなくて、クソ高い杖も買ってもらうからな!!!!」


「忘れないようにしておくよ〜」


 雨木は振り向かずに手を振って、次の店に行く。


「くっそ! 俺もこっちで彼女つくってやる。マジで覚えてろよあいつ!!!!!」


 海斗は扉にぶつかり、深いため息をついた。






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