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マホウヲハコブモノ  作者: まきなる
第一章
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第七話 あなたは黒 中編

 煉瓦造りの道を基準として建物が並ぶ町は、本で読んだことのあるような北欧の建物に似ている。色鮮やかな建物ばかりだが実際の北欧の建物とは少し違う。背が低くてどこかオモチャのような印象。街全体がいつか見た夢のような空間に包まれる中、彼らは一番最初の店に向かっていた。メモに書かれていた酔い潰れの飴というものは、門のすぐ近くの店だというので凪について行く。


「ここだよ。気になる物があったら言って。雨木はまだ給料日前でしょ」


 有無を言わさずに凪は店内に入って行った。雨木は彼女が入って行った扉を見つめる。ステンドグラスで装飾された扉には白い狼が描かれていた。振り返ると似たようなエンブレムが兵士の胸や町の旗にも使用されている。この町のシンボルだろうか。


 店内に足を踏み入れた瞬間、足元に飴玉が散らばった。一瞬止まってしまうが、恐る恐るもう一方の足を踏み出すと同じように飴玉が散らばった。飴玉を拾い上げようとつまんでみるが、目の前に来ると泡のように消えてしまった。弾けた光は空気に溶けるように消えて、その先、雨木の目には童心に帰ってしまうような風景が現れる。


 お菓子がショーケースの中でポップコーンが弾けるように跳ね、人形達は談笑し、ぬいぐるみは本物のような動きを見せていた。同じ店に来ていた小さな女の子はぬいぐるみと握手して朗らかに微笑んでいる。店員らしきおじさんは新聞を読みながらゆっくりと時間を過ごしていた。雨木はその空間に見入ったという言葉が正しいだろう。異国の穏やかな日常を見て彼は胸が痛くなる。


「店長、酔い潰れの飴を3袋ちょーだい」


 凪が新聞をおじさんに話しかける。メガネをずらして凪の顔を確認すると、レジの下から紙袋を三つ取り出した。


「あいよ。600クカね。君は初めて見る顔だね。友達かい?」


 凪は店主に見たことのない通貨を渡した。クカは魔法界の通貨の単位であり、日本円のレートとほとんど同じだ。コインは金貨、銀貨、銅貨があり、紙幣も四種類ある。通貨自体に価値は無く、金貨や銀貨は銅貨にメッキや刻印を施した物だが魔術を元にした特殊な加工を行なっているなどの偽造対策がされている。雨木は凪が持っていた硬貨の一つに白い狼が描かれているのを見た。


「初めまして、雨木と申します。そうですね、友達です」


「礼儀がいいね。あまりこの子に振り回されるんじゃないよ。結構、自由気ままなところがあるからね」


「……善処します」


 二人が店を出た後、凪は周りに聞こえないように雨木に質問した。


「ねぇ、何で友達って言ったの?」


「郵便局員って言わないほうがいいと思ったんだけど。間違えた?」


「いや正解。郵便局員って言わない方がいい。この町で私は遠くの旅館に働きに出ていることになっているんだ。雨木はそこで働く同僚兼友達ってことでお願い」


「了解、次はどこ?」


「あそこ。羽山さんが予約した本を受け取るんだ」


 凪が指差した先にあったのは小さな書店だった。店内は周りの店と比べると少し暗く、空気が乾燥していた。二人は店に入ると近くの本棚から本を取ろうとしている店員がいた。凪は羽山の本を受け取りに来た旨を話すと、店員は慌てた様子でバックヤードに向かう。


「お客さん来た! 五分の九番予約の受け取り! 書庫から出して!」


 すると奥からガタガタを音が聞こえてもう一人の店員が現れる。その姿を見た雨木は持っていた酔い潰れの飴の袋を落としそうになる。


「何で海斗がここに……?」


 雨木透の唯一の親友、大曲海斗が本を持って現れた。


 呆然とする雨木に対し、凪は警戒していた。彼がここにいる理由はわからない。だが、何かあればすぐに反撃できるように魔術を仕込む。


「君は大曲海斗だね、覚えてるよ。私をすっごく警戒していた掃除道具が似合う雨木の友人だ。今は魔法界の書店員なんて、こっちも似合うんじゃない?」


 海斗の口角が上がる。


「二人とも久しぶりだ。凪さんも無理にとぼけないでいい。それに俺としても失踪中の友人にバイト先で会うとは思わなかった。しかもデート中だ」


「海斗は魔法界について知らないんじゃなかったのか? 僕と話した時、そんな素ぶりは無かったよな?!?」


「え、あんたこいつに話したの?」


 雨木はつい口に出してしまった。凪にはまだ黙っていた事を思い出したがもう遅い。お叱りなら後で受けようと雨木は腹を括った。一方、海斗は本を袋に詰めながら静かに話を始める。


「凪さんは雨木に話していないのか。あの場では知らない同士って感じでいたけど、実際は俺と凪さんは以前から互いに認知していた。俺も凪さんも、二人とも現世出身で魔法界と現世を行き来している身だからな。雨木は俺の家に来たことないだろう?」


「確かに行った事はない。けどさ、海斗は大学に行っているだろ。どうしてるんだ」


「先に本を渡しておくよ。本の代金600と予約料金100で合わせて700クカだ」


 雨木が本を受け取り、凪が料金を支払う。雨木はやり取りの間も海斗を注視していたが、驚いている様子が感じられない。


「土日はステルラでバイト。日中は普通に大学行ってるよ。そんなことよりさ」


 海斗は突然、雨木に強烈なデコピンをした。強烈な痛みにひたいを抑えて雨木は悶絶する。そのまま海斗は雨木にヘッドロックをかましてガッチリと動けないようにした。


「雨木! ってめぇ、結局何の連絡もよこさずにアパート出ていきやがってさぁ!! 退去の面倒ごと全部俺に押し付けて、自分は全部忘れて魔法界で美人とデートとか、マジでふっざけんなよ?!? 大学どころか人生で今まで彼女の一人もできない俺への当てつけってかぁ。こんのやっろう!!」


「ちょっ、ごめんって。デートはあれだけど、退去関連はマジで謝るからさ!」


 取り残されてる凪からしたら、動物達が戯れているようにしか見えない。それに二人ともどこか笑みがある。自分と海斗に何があったかは今度でいいかと思った。けど、凪もムカつくところがあった。彼女はしゃがみ、ヘッドロックされたまま動けない雨木を下から睨む。


「外で話したの何で黙ってたの?」


「そ、それは……」


「ねぇ? 答えなさいよ」


 真顔で問い詰める凪の迫力は凄まじかった。ヘッドロックされて動けないし、雨木は観念して全部話すことにした。


「あの時は本当に契約に効果があるのか知りたくてつい話しました! 黙ってたのは初めはまだ不安感あったのと今の生活を壊したくなくて話しませんでした! 海斗にも面倒ごとを全部押し付けて申し訳ないと思ってる。本当にごめんなさい!!!!!!!!」


 入り口のガラスが揺れたんじゃないかと思うほど大声が出た。二人にして見れば普段の状態でここまで声を出す雨木を見たのは初めてだ。


「プッ」


「ははっ」


 はじめに凪が吹き出し、海斗が釣られて笑った。


「雨木、君が話した事は不問にするよ。結果的に海斗が魔法界の関係者だったし、契約上問題はない。それに、これを話してくれたという事は雨木は私たちの事を信頼してくれたのかとも思うし」


 凪は海斗に目配せする。


「ん〜俺は少なくとも飯奢ってくれねぇと許さねぇからな」


「給料出たら奢るよ」


 海斗はヘッドロックを解除し、本の代金のお釣りを凪に渡した。


「俺は雨木の給料日を楽しみにしているよ。この魔法界で一番高い建物の一番高いコースの予約をしておくからさ」


「僕が悪かったけど、それは勘弁してくれ……」


「私の分も忘れないでね」


 最初の給料は覚悟するしかないかもしれない。何も言わず、雨木は天を仰いだ。

 


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