第七話 あなたは黒 前編
魔法使いとは何か。魔術とは何か。ミアの配達を行ってから雨木は常に考えるようになった。自分には生まれつき魔力が無い。それでも誰かが守っていた。心当たりなどあるわけがない。いや、本当か?両親は死んだ。再婚した父親の借金が嵩み、絶望した父親が一家心中を計った時に二人だけが死んだ。自分だけが助かったのは偶然か?
ベッドの上で寝転がる。天井には相変わらず可愛い精霊達が浮いている。出来る限り考えないようにしたいがこうして時間ができてしまうと、嫌な思い出でも思い出してしまう。
大学受験間際だった。冷たい晩ごはんを食べた後、彼はいつもよりもひどい眠気に襲われて就寝した。そして突如息苦しくなって目が覚めると水中で、家で使っている車が沈んでいくのが見えた。肺の中に水が入って来ていた。必死に岸辺に向かって、近くの警察と救急車の手配をして自分は倒れた。
「…………」
血の繋がった父親には殺人の罪を擦りつけられそうになり、新しくできた父親には殺されかけた。どちらも完全に命が尽きていてもおかしくない状況だ。自分が生きているのは奇跡か。そうだとしても気持ちが悪い。全身に寒気が走る。タナトフォビアだ。幼い頃から死に敏感だった。数ヶ月前に死にかけてからは余計に酷くなっている。死にたくない一心で何かをしている。リックに初めて襲われた時も、タナトフォビアから来る恐怖を無くすためだった。
寝れない。寝付けない。ベッドの上で母の腹にいる赤ん坊のように丸くなる。目を瞑っていればいい。体はそれで休むのだ。明日も仕事、泣き言は言っていられない。自分の居場所は自分で作らなければならない。
「おはよう。朝ごはん」
凪が起こしに来ていた。慌てて時計を見ると時刻はそこまで遅くなかった。安心していると凪が顔を覗き込む。
「クマできてる。寝れなかったの?」
「うん。いや、それよりも体調は? 僕のせいで倒れさせちゃったみたいだし」
凪はカニのように両手でピースをした。
「この通り万全。昨日ヴィドさんと一緒に仕事行ってくれたでしょ。その間に羽山さんとスイーツを沢山食べに行ったから前よりも元気!」
凪は少し行動と言動が柔らかくなっていた。雨木は朝から良いものが見れて口角が上がる。さて、元気も沸いてきたし仕事だ。重い腰を上げて雨木は階下に向かった。
「仕事がない?」
おはようの挨拶とともに羽山から伝えられたのは思っても見ないことだった。琴吹郵便局は荷物はすぐに配達するのだが、新規依頼がない場合は基本的に暇なのだ。しかし代わりにと、羽山は買い物メモを渡した。メモにはそれなりの量の物が書かれており、一人では難しそうだ。雨木は凪を見つめる。柱にもたれかかっていた彼女は後ろ向きのまま扉を指差した。
「町へ行くぞ。外から来た君ならきっと楽しいはず」
雨木は目をパチクリさせる。
「魔法界に町ってあるのか」
「雨木さ……ノンデリ発言だよ。それ」
町に行くために魔術は使わない。距離がそこまで遠いわけではないし、大勢の人がいるために郵便局の場所がバレるリスクが高いためだ。雨木は久しぶりに森の中を歩いていた。一度アパートに戻った際に凪の背中を必死について行った時と同じ状態だった。彼女の歩くスピードは相変わらず速い。それでも以前より追いかけるのは苦じゃなかった。
この森は魔術の迷路のようになっているらしく、下手に入ると抜けることができないらしい。居場所を隠したい琴吹郵便局にとっては逆にありがたい。雨木は凪の話を聞きながら思った。琴吹郵便局って何で場所を隠しているのだろう。今度、時間があった時に羽山さんにでも聞いてみようかと心の中に留める。森を抜けても林の中だった。違うのは道があること。凪によるとここから先は町もすぐ近くで、何やら香ばしい匂いも漂っている。
「もうすぐ林を抜けるよ」
少し暗がりだった林を抜けると日の光が目に刺さる。咄嗟に閉じてしまった瞳を開けると、町の門が見えていた。町の外周は壁で覆われており、門の上には槍を持った衛兵が立っていた。凪が手を振ると屈強そうな兵士も愛想良く手を振ってくれた。雨木も一礼し、町の中に入っていく。門を通る際、サイドポーチが何かに引っかかった気がした。
「雨木、やっぱり何も感じないの?」
「何が」
「この町の門ってさ、魔獣避けの魔術が施されてるんだ。魔力を持っていると少し引っ掛かるような感覚があると思うけど」
雨木はサイドポーチを軽く叩く。
「僕自身は何も感じなかったけど、サイドポーチが引っ張られる感覚がしたかな」
「えーいいな。魔力があればあるほど、ここの門を通る際に気持ち悪くなるんだ。私はヴィドさんに魔力をカモフラージュしてくれるお守りを作ってもらってるから大丈夫だけど、素の体で影響が無いなんて羨ましいよ」
「魔術をバンバン使える方がカッコいいと思うけど、それよりサラっと言ったけど魔獣がいるの?凪、所々重要な話を忘れてない?」
「何らかの影響で暴走した精霊が獣に憑いた存在、それが魔獣。また忘れててごめんね」
両手で手を合わせてごめんなさいのポーズをした。素直に謝られるのもそうだが、雨木は彼女が可愛いということを認識してしまう。雨木は少し赤に染まった頬を隠すように一瞬下を向く。
「いいよ。それより買い物だろ。行こう」
雨木の初めてで賑やかなお使いはこの町、ステルラで始まる。




