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マホウヲハコブモノ  作者: まきなる
第一章
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第五話 稲穂は美しい 中編


 ヴィドが作ってくれた服、サイドポーチ、そしてお守り。道具の全て、そして琴吹郵便局の出会い。雨木は間違いなく、これまでの人生の中で最も幸せだと思っていた。だからこの生活を続けたい。羽山は話の後、休んでもいいと提案した。しかし、雨木は拒否した。彼の中には断る理由はなく、笑顔で郵便局を出る。今日の届け先は、とある幽霊の家だ。


 郵便局の出口の木々はただ風に吹かれている。爽やかだ。だが感慨に耽っている場合では無い。雨木は言葉を両手で祈る。


「森よ森 茨の道はここにある 椿の声 細波の記憶と」


 森は雨木の声に呼応する。草木は道を作り、彼が行くべき場所への道を開く。この道を一人で歩くのは初めてだ。前と違う。空気も、風も、生き物も、物理の概念が失われているような場所さえある。前髪が少し邪魔と思えるぐらいに風が強い。木々の様子が変わってきたからもうすぐだろう。雨木は最後の草むらを分け、とある民家の前に着いた。


 民家といっても所々、木製の壁が剥がれていたりバケツに蜘蛛の巣が張ってあったりした。最後にここに住んだことのある人は一体何世紀前か、そんな疑問さえ生まれるほど外観は最悪だった。幽霊の家というのも納得だ。そして羽山が渡してくれたメモを確認しても、ここで合っていることは間違いない。彼は首を傾げつつ、扉をノックした。


「琴吹郵便局です。荷物をお届けに参りました」


「はいぃぃ!!!」


 どたどたと民家から足音が聞こえ、メガネをかけた青年が扉を開けた。日本人だ。しかし、風貌や格好は昭和初期を想起させ、遠い過去の人物であることは明らかだ。腕も足も細く弱々しい印象を受ける。しかしソフィアと違って、はっきりと見えることに対して違和感を覚えた。心の中で首を振り、雨木は笑顔でハコを差し出す。


「荷物です。受け取りをお願いできますか?」


「あーっはい。これが荷物ですか?」


 青年は少し戸惑いを見せる。


「いえ、では開けますね」


 雨木はハコを開け、ぬいぐるみを取り出す。届け物であるぬいぐるみを受け取ると、青年は神妙な顔つきになった。荷物に手違いがあったのだろうかと早とちりし、雨木は謝罪した。


「申し訳ありません。何か間違っていましたか?」


「いえいえ!合ってます。ただ、今年も来るとは思わなかったんですよ。それに少し驚いて。彼女に返信を書かなきゃ」


 ぬいぐるみを数秒見つめ、青年は雨木に尋ねる。


「新人の郵便局員さんですよね。返信をしたいので、もしよければ中で待っていただくことはできますか?すぐに終わらせますので」


 マニュアルでは返信がある場合、効率化のためにすぐに受け取ることになっている。エドワード宅でも同じことだったことを思い出し、雨木は青年の申し出を受けることにした。


「はい、ではお言葉に甘えて」


 どんな廃屋で待つのかと思いきや、内観は外観と打って変わって整っていた。外では大きな穴が空いていた箇所も、中からではその痕跡の一つも無い。


「どうかしましたか?」


「いえ、失礼しました。外観と違ったのでつい」


「そうですか……ね。あ、そちらでお待ちください。自分は少し手紙を書いて参ります」


 困った顔のまま青年は二階に上がって行ってしまった。雨木は特にすることも無いのでぼーっとしていた。琴吹郵便局に入ってから初めてのことかもしれない。入ってからは興味の赴くまま本を読み漁り、仕事もそうだが連れ去られたりもしていたので中々このような時間は無かった。思い返せば何も考えなくていいという状況が最後にあったのはかなり前かもしれない。時間があっても就活のせいでどこか心は休まらなかった。


 背もたれの無い椅子に座りながら、バランスよく体を後ろに傾ける。光がある。電球だ。LEDとは違う淡い光を放つ白熱球のフィラメントは時折ジジっと鳴りながら点滅する。古い。ここは日本な気がするが、雨木の知ってる場所ではない。タイプスリップしてきたようだった。


 姿勢を戻して二階の音に耳を澄ませる。カリカリと何かを書く音。そう言えば、日本には昔話で刀を研ぐ音で起きてその老婆が妖怪だったみたいな話があったな。実際にそんなことが起きるのだろうか。カニバリズムを行っている老人が、そのような行為をしていたら人間とは違う生き物だと錯覚してしまうだろう。


「郵便局員さん」


 青年はいつの間にか雨木の後ろに立っていた。手には鉛筆と一通の手紙が握られていた。依頼料金が入ったものは見当たらない。雨木が彼を見ていると、しまったというような顔をして彼は二階に戻っていった。


「すみません。これも必要ですよね」


 青年は先ほどの手紙と共に青い便箋を持ってきていた。雨木がすぐにハコに入れようとすると、青年は慌てた様子で止める。


「あ、すみません。それに入れるのは待ってください。少し外に出ることは可能ですか?もう一つ届けたいものがあるんです」


「大丈夫です。案内をお願いします」


 青年二人は揃って民家をでた。その瞬間、照明は切れて地面に落ち、雨木が座っていた椅子も瞬く間に朽ちていった。雨木はそのことに気づかない。民家の中はとっくに廃屋と化してしまっていた。


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