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マホウヲハコブモノ  作者: まきなる
第一章
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第五話 稲穂は美しい 前編

 郵便局に集荷のお願いが来ていた。羽山が受け取りに行った荷物は小さな子供から、それに荷物は小さなぬいぐるみだった。羽山が郵便局で荷物をハコに入れていると、雨木がシェアハウスから出てくる。少し眠そうにしている彼を見て、羽山は受付から揶揄うように挨拶をする。


「おはよう〜昨日はよく眠れたかい?散々だったね〜」


 雨木は郵便局内を見渡す。局内には凪もヴィドもいない。


「おはようございます。二人は?」


「あいつらは今日休みさ。凪は昨日の件で魔力を使い過ぎてぶっ倒れてら。ヴィドは、そうね。あいつの思いを汲んでやってよ」


 昨日、雨木を連れ去った犯人はヴィドの養子だった。ヴィドによると琴吹郵便局は普通の魔術では探知が困難である。しかし、一度その場所を知っていれば座標を元に辿り着くことは難しいことではないとのこと。凪や羽山、他の郵便局員がここに戻って来られるのも、同様の理由だ。リックは以前、この郵便局に住んでいた。雨木を連れ去ることは容易だったと考えることができる。雨木はエドワードの家からの帰り道、凪に言葉の意味を聞いていた。そこで覚えていたのがあの道の魔法使いの言葉だ。


 羽山は座標にない場所に行く事自体が困難であると言っていた。そのため、雨木は考えた。一度目に出ることができたのは、ただただ幸運だった。二度目に狙われた時、どう対処すればいいのかを考える必要があった。彼は本の中から空間移動関係の魔術がないか調べ、通常の魔術から魔法までできる限り調べ上げた。気がついたのは、ゲームのバグのような世界から脱出するには通常の魔術を使っても意味がないということだ。彼は、魔法に近い魔術があることを知り、その内容について凪に話していた。


 道の魔法使い。彼の使う魔術は魔法に近しいものだった。そこを利用した。魔法を扱えないものが無理に魔法を使うと失敗する。道の魔法は雨木に使えることはない。そしてその行き先があの淀みの世界なら、使うことによってリックの魔術を破ることができると確信した。この場所が存在するとわかっているなら、出る方法もきっとあるはず。そして魔法を扱うことをちらつかせておけば郵便局の人たちが動くかも知れないと考え、実行に移した。


 ヴィドは雨木を襲った犯人が義理の子供であったことに衝撃を隠すことができない。自分が魔法界に雨木を巻き込んだ遠因であることも考えていた。少し休みたくなるのも仕方のないことだった。雨木は何も聞かず、昨日はそのまま気絶するように眠った。


 羽山はハコを雨木の前に差し出す。


「なあ、雨木よ」


「これが今日の仕事ですか?」


 昨日の件があったのにも関わらず、どこか知らぬ風の雨木を見て羽山はもう一つ便箋を渡す。


「そうだ。二つとも同じ場所に配達する。魔術の扱い方はもうわかるね」


 雨木は腰につけたお守りを見つめる。昨日、ヒビが入ってしまったお守りはヴィドが新しいものに変えてくれた。


「はい、大丈夫です」


「そうか……」


「どうしました?」


「よかったら……あんたの昔話を聞かせてくれないか?今なら他に人はいない。もし、今回の件で話す気になってくれたのなら、話してほしい。雨木、ここはあんたの家なんだ」


 雨木は荷物をサイドポーチに詰めながら話す。


「気がついていたんですか?」


 羽山から少し笑みが溢れた。


「あんたは私たちを試していたんだろう。今までの無茶な行動は、私たちが信頼に値するかの試験。私もね、これでもそれなりに長く生きている。あまり無理をして欲しくないんだ」


 羽山の手が雨木の上に乗った。柔らかな優しい手。雨木は驚きと動揺で固まってしまう。彼女は彼の頭を何度か撫でた。再び雨木が顔を上げると、柔和な笑顔を携えた羽山の目があった。気恥ずかしそうに離れると、雨木は自身の左腕を右手で掴み目を逸らす。


「……」


 沈黙が流れた。羽山は何も言わない。雨木が話し出すのを待っていた。静寂の時間は幾ばくか。姿を見せない精霊や妖精たちも、じっと彼が話し出すのを待つ。心地の良い静けさだった。


「僕は、父の罪を擦り付けられた」


 雨木は一歩下がる。


「あれは、まだ僕が10歳の頃です。僕の家は普通の家でした。いつものように学校から帰ると、リビングに人が血だらけで倒れていたんです。僕は何が起きているのかよくわかっていませんでした。近くにあったナイフを拾うと血が滴っていた。後ろを振り向くと、そこには怯えた様子の父がいました。地を引きずって後ろに下がった形跡があり、彼が殺したのは確定でした。そして倒れていたのは父の愛人、元より僕や母に暴力を振るう人でしたから、愛人がいても不思議ではありません。ですがこの言葉は予想外でした」


 雨木の右手は左手に食い込むほど力が入っていた。


「 お 前 は 人 殺 し だ 」


 あの日から、その言葉が脳裏にこびりついて離れない。違うとわかっていても、否定することができない。脳はタンパク質だ。溶いた卵が戻らないように、言葉のショックで彼の頭は狂っていた。親の言葉は子供に魔法や呪いのように降りかかるのだ。


「僕は理解できなかった。実際、警察はすぐに父を連れて行きました。幸いにも僕に疑いの目は全く向けませんでした。それはよかったです。ですが、その後両親は離婚して、母は父が行っていた日々の暴力や心労が祟って精神的な病気を患って入院。そして、父は母の名義で借金をしていました。僕はそれを返すため、ずっとバイトをしていたんです」


 腕から血が出ていた。


「そして、それも虚しく母は死んだ。希望も何もない人生でした。だからここに来てよかった。ヴィドさんがもし出てきたら言っておいて下さい。あなたのおかげで僕は救われたって。事実ですから」


 羽山はそっと雨木を抱き寄せた。


「ありがとう。話してくれて。でも無理に笑顔を作らなくていい。ここはあんたの家だ。それに、私たちは罪をなすりつけたりしない。言葉しかないけど、安心して」


「あなた達は僕を見捨てずに、あの空間から救い出してくれた。もう、それだけで十分です」


 羽山はしばらく雨木を離さなかった。まるで女神の優しい抱擁、雨木の心の隙間を少しの間だけ満たしていた。



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