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マホウヲハコブモノ  作者: まきなる
第一章
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誰かのモノローグ 第一話 夏は華 前編

誰かのモノローグ



 鳥が羽ばたくとビルが建つ。過去が笑えばコップが傾く。人が寝ればカマキリは月を見る。風が吹けば桶屋が儲かるような出来事は、非現実的ではない。ここもそうだ。あらゆる文明の利器をもって、人類史上最も豊かな時代を更新し続けている現世において異質な場所。それが私の住むこの魔法界だ。


 素晴らしい現代の科学力をもっても証明できない、魔法や魔術がひしめく私の世界はいつだって残酷だった。傲慢な存在である魔法使いはいつだって自分の我儘を貫く。傲慢でなければ魔法使いになれないぐらいに、彼らは自由を持った。


 

 そんな彼らも時には現世に遊びに来る。細心の注意を払っているが、同族ならすぐにわかる。もしかしたら君のそばにもいるかもしれない。そして、たまに魔法の世界に迷い込んでしまう現代人もいる。まったく不運なのか幸運なのか。見つけたら是非とも会いたい、私は現代については、とことん知りたいと思っている。何時間でも話を聞いていたいね。


『コン、コン』


 おや、どうやら荷物が届いたらしい。ん? どうして荷物が届いたってわかるのかって? あいにく人付き合いが得意では無くてね、来客のほとんどは荷物なんだよ。今回は頼んで一年経ってないから、早く届いたほうだね。そうそう、最後に言っておこう。彼らは君たちの知っている郵便局員ではない。悲劇も喜劇も吸い尽くしたような変わった人物達が集まった場所で、魔法界で知らぬものはいない。


――魔法の郵便局員。皆、彼らをそう呼んでいるのさ。






第一話 夏は華 前編




 できないことが増えていった。溢れたゴミ袋、ひっくり返った灰皿、飲みかけの缶ジュース。部屋の状態と心の状態は同じとはよく言う。部屋の様相は、まさしく彼の心象を映していた。この部屋で綺麗なものは就活用で借りたお古のスーツだけ。気分転換をしなければと思うが、部屋の主、雨木 透(あめき とおる)の体は動かない。


 それでもお腹は減る。生きているのか死んでいるのか、脳が捉える認識は曖昧なものだが空腹は正直だ。熱があるような無いような、ただ倦怠感は確かな体を無理に起こし、彼はコンビニへと向かうことにした。


「……寒いな」


 外はすっかり暗く、春から夏への季節の変わり目としては少し肌寒い。薄手の長袖で正解だったし、熱があるような体には丁度いい。彼は少し歩いて弁当を買い、近くの公園に向かった。あのゴミだらけの部屋で食べる気はさらさら起きない。


 冷たいベンチに座って、弁当を頬張る。脳裏によぎっていたのは、明日もある面接のことだった。19歳、高校を卒業してしばらく経っても彼はまだ進路を貰っていなかった。周りが次々と大学に飛び立っていく様子を見ていると、自分にも世間にも嫌気がさすのも当然だ。


 スマホが振動した。メールだ。白い画面には“お祈り申し上げます“の決まり文句。祈られても困るんだが。ショックを受けることも無い。いつしかショックに対する感情が平坦になっていた。溜め息をつくわけでもなく、重い腰を持ち上げ公園を後にした。

 

 家に帰れば風呂に入って寝るだけ。脱衣所に向かっている途中、玄関の方から”カタン”と何かが投函される音が聞こえた。時刻はもう11時だ。郵便がくるわけではない。彼は音を殺しながら、ポストを開いた。


 封筒の差出人は知らない人、宛先も知らない人だった。というか読むことができない。彼がこれまで出会ってきたどの言語とも違う異様な言語だった。真っ白の封筒に、郵便番号も書かれていない。気味が悪い。いや、待てと彼は思う。投函されたばかりなら、まだ近くに投函した人物がいるんじゃないか。


 脱いだばかりの上着を着直し、財布も持たずに彼は家を出た。不審者? いたずら? 別にどちらでも構わない。生まれて初めて気持ち悪いと思った封筒はさっさと捨てたいのは当然だろう。家を出てすぐ先の街頭に人影が見えた。階段を降りた方向からも、あの人物だと予想できる。ただ思ったよりも、その人影が進む速度は速かった。彼は慌てて階段を駆け下り、その人影を追いかけた。



「待ってください!」



 彼はいつの間にか走って追いかけていた。相手は早歩きのはずなのに、走ることでようやく食らいつくことができていた。自身から逃げることに戸惑いを覚えながら、汗をぬぐった。


「郵便物間違えていますよ!」


 自身のことを不審者と思っているのかもしれないと考え、彼は叫ぶ。しかし、人影との距離は中々縮まらない。


「聞こえてるだろ! なんで止まんねぇんだ!」


 明日も面接があるって言うのに、体力的にもかなりキツイのに、なんでこいつのことを全力で追いかけなくちゃならないという、ある種の理不尽に憤った。元々運動部だったとはいえ、久しぶりに走っているせいでかなりスタミナが無くなっていた。とうとう彼は体力切れを起こして立ち止まってしまう。


 たどり着いた場所は知らない路地だった。廃屋がいくつかあって、街灯が一つあるだけ。点滅する街灯は時折周囲を完全に暗くさせ、薄気味悪い空気と共に雨木に押しかかる。顔を上げる。例の人影はその街頭の真下に立っていた。黒い雨合羽を羽織り、フードで顔が見えなくなっていた。


 目の前の人物と目が合った気がした。その異様な雰囲気に気圧されて一歩後ろに下がるが、手に持った封筒を目の前に差し出した。封筒は汗で湿っていた。


「あんただろ。この封筒を僕の家に投函したのは。宛先間違っているぞ」


 フードを被った人物は少し間を空け、ゆっくりと彼を指差す。


「それはお前宛だ」


 指差したまま、何も言わずに訴えかける。彼にその場で開けろと言っているようだった。封筒を破り、中に入っていた一枚の紙を取り出す。紙には封筒と同じ文字で何かが書かれていた。


「何て書いてあるんだ、これ」


 彼は中身を見せて問いかけようとしたが、すでにその人物は目の前から姿を消していた。諦めて封筒に紙を戻してポケットにしまう。まんまとイタズラに引っかかったと自身に呆れ、彼は来た道を戻ろうと振り返った。


 目の前には高さ3mはあろうか、目が無く巨大な口を持つ異形の者が彼を見下ろしていた。化け物だ。全身に鳥肌が立ち、一瞬で口内が渇き、本能的な危機感を覚える。気がついた時にはすでに街灯の方向に振り向きなおし、脇目もふらずに逃げ始めていた。だけど、声が聞こえた。


「その手紙は、ただのマーキングなんだよ」


 そして次の瞬間、腹に何か熱い衝撃が走った。


「……え」


 さっきまでいたフードの人物が彼の腹を刺していた。ただ、刺しているはずの場所には刃物のようなものはなく、透明な何かが彼の腹を深く刺していた。雨木は咄嗟に抱きつき、刃物を抜かせまいとした。刺される事は初めてではなく、彼の人生で二回目の出来事だ。刃が抜かれたら大量出血で倒れてしまう事は知っている上での行動だった。しかし、フードの人物はそのまま彼を刺しながら押し続け、路地の街灯に叩きつけた。そして唱える。


「見えない刃よ 焼ける刃よ 繋げよ血潮 ほどけぬ手でかき回せ」


 次の瞬間、雨木の体はかつてない高温と共にかき回されている感覚がした。体が燃えているのか、刺されているだけでは到底感じえない衝撃に叫ぶ。だが、喉も焼ける。体の内側から血液を通して全て焼き払われているような衝撃だ。


 異形の者は彼らを見下ろし、よだれを垂らしていた。雨木は本能的に喰われると思った。――まずい。血の味がする。彼の体は、だんだんと力が入らなくなっていた。最近の栄養不足と体調不良が祟っているのか。いや、腹を刺されているんだ関係ないと目の前の人物を睨みつける。


 血が頭の中で沸騰する。体の自由が次第に取りにくくなる。しかし、唸るように叫びながら、雨木は目の前の人物を押し倒して透明な刃物を奪った。自分の血がどうなるか以前に、こいつを殺さなければ自分は死ぬ。死んでしまう。体の熱がどんどん上がっていく。もう何も考えることができなかった。刃を握り込み、残る力を振り絞って高く上げたナイフを振り下ろした。


 何度も、何度も、何度も。


 振り下ろしている間、雨木の焼け焦げた血は相手に降りかかって、様子を眺めていた異形の者は高笑いをする。そして無意味だった。包丁で鶏肉を切ったような生々しい感覚は無く、発泡スチロールをカッターナイフで切っているような違う感覚。刺したはずの場所には何も傷跡が無い。何度も突き刺した衝撃でフードが外れ、雨木はそのフードを抑えつけた。だが、なぜか相変わらず顔が見えない。


「っごほ! 痛えなぁ。けど魔術で作ったナイフの有無ぐらい、思いのままだ」


 答え合わせのように言われた。握っていたはずのナイフは忽然と消えており、めり込んだ刃の痕が手に残っていた。一方の彼は次第に流血量が多くなって、意識が朦朧とし始めた。酷い倦怠感に襲われ、その場に倒れ込む。自分の血で作られた水たまりは、嫌悪感の拭えない滑りと冷たさを感じさせた。


 雨木を襲った人物はただの重しとなった彼の体をどかし、もがいて呻き声を出すのがやっとの存在を見下ろす。そして懐の中から試験管を取り出して、彼に何かしらの液体をかける。


「実験とはいえ、少々やりすぎてしまった。だが、生き餌が死んでもらっては困る」


 流れていた血が止まった。ただ、出た血は元に戻ったわけではない。意識を保つことがやっとだ。雨木の体中にヒューヒューと喘息のような呼吸音が体に響く。そしてフードの人物は手を大きく広げた。着ていた衣服は形を変え、生き物のように広がっていく。


「我が子たち、残飯だが食べておくれ」


 瞬く黒色の衣は手の形をした触手がうねっており、雨木の血を貪っていた。甘えるように、主にすり寄っている個体もいる。ぼやけたままの眼で雨木は見上げる。唇が震える。そんな死に損ないの彼が抱いた感想はシンプルだった。


『綺麗だ』


 声は出せない。黒の衣は星が瞬くように輝き、動く手は自然の雄大さに見えた。その美しさ、この世の物とは思えないことが次々と起こって、彼は見とれていた。この命が尽きる瞬間に見ることができるのが、この景色なら素晴らしいことだと目を凝らす。


「おい、お前も食べていいぞ。死んだらダメなんだろう?」


 異形の者に声がかかる。雨木は高笑いしていた異形の者を見つめる気力は無い。異形の者は頬が張り裂けそうなひどい笑みを浮かべて、こちらを見下ろしていた。目が無いのに、見下ろされている気持ち悪い感覚。背中で感じていたのは己の最後。そして、その影はだんだんと近づいてきてー


 雨木の横を通り過ぎた。


「そこに餌がある。お前の望みどおり用意したんだ。さっさと食べろ」


 声の主は異形のものに問いかけるが、口を大きく開けたそれは手を広げて雨木を襲った人物にどんどん近づいていく。フードの人物は刺し痕こそ無かったものの、雨木に体を何回も叩かれていたせいか体の自由はあまり無い様子だ。息を荒げながら叫ぶ。


「おい、こっちじゃない。くっそ何で来るんだ。お前のために危険を犯して人間、それも筋肉質の男性を用意したんだぞ。言うことを聞きやがれ!」


 異形の者は声に構わず、よだれを垂らしながら更に近づく。雨木の視界も更にぼやけて、あとは天に祈るのみ。そしてとうとう痺れを切らしたのか、フードの人物は懐から何かを取り出した。


「ちっ」


 突然黒い花びらが舞ったと思えば、姿を消していた。取り残された異形の者は、鼻をクンクンさせ、その後を追いかけるように暗闇の中に消えていった。取り残された雨木は倒れたまま呟く。


「へっ、してやっ……たり……」


 這いつくばりながら、どこにそんな力があるのか、雨木はフードの人物が消えた方向に向かって必死に進んだ。逆だろう。本当は彼らから離れなければならないのに、彼は昔からの負けず嫌いが祟って追いかけていた。さっきの薬品の効果が切れたのか、体からは血が溢れ続ける。彼が目の前にある街頭にたどり着いた時には、すでに頭の中がシャットダウン寸前だった。何か音が聞こえた気がする。でも、もうまともに考えることはできない。


『明日の面接はもう無理だな』


――脳裏に浮かんだのはそんなことだった。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 最高に面白かったです! [一言] これからも追ってまいりますので、執筆頑張って下さい!
2023/07/11 21:17 退会済み
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