四話 師匠と弟子
「すみません、少し考える時間をいただけないでしょうか。そんなに時間的余裕も無いというのは分かっているので、三日以内には返事しますので」
「えぇ、もちろんそれで大丈夫です。それでは桐生先生、本日はありがとうございました」
その場ですぐに結論を出せなかった俺は、家に帰ってもまだ悩んでいた。
そもそも俺は自分の書いていたクローライフの冒険の続きを、プライベートの時間で書き進めたいという思いがあったが、過去の失敗から俺ではつまらない物語として続きを書いてしまうのではないか。という不安から筆が止まっている状態。
そのリハビリにはちょうどいいとは思うのだが、果たして俺でいいのかという疑問もあった。
花野さんが言うには、このまま真由ちゃんがラノベ作家になるのはやはり認められないらしい。
とても商業として成り立つとは思えないというのが理由。編集者がつくといっても、仮にもプロの作家になった人に小説の書き方なんていう初歩的なことを教えてくれるはずがない。ただ、今たまたま人気の出た作品を書籍化して、それが完結した後は見捨てられて終わる。そんな未来しか見えない、と。
その推察は正しいだろう。
俺も経験があるが、話し合いは基本的に作品をよりよくしていこうというものだ。
展開をこうしたらどうか、主人公の活躍シーンを増やしてみないかとか――。
改行の際には一段下げるんだよ、なんて教えてくれる小学校の先生と生徒のような関係ではない。対等な関係の相棒というのが、作家と担当編集の理想の在り方だ。
ということで俺がなんとかその基本的な部分を教え、真由ちゃんがそれを問題なく身につけられればラノベ作家になることを許可する、ということだった。
「迷ってはいても、断れるとは思えないんだよな……」
提示された報酬はかなり高額。しかもたった一か月でいいという……。
まぁ願書出願時期もすぐそこに迫っているので、長く待っていられないということなのだろうが。
「えー、よろしくお願いします……」
「桐生先生娘をお願いします」「零也先生ありがとう! 私頑張る、よろしくお願いしますっ」
今俺は花野さん家にいた。
悩んではいたがデメリットがあるわけでもなく、報酬も高額であり断る理由が無かったため、真由ちゃんに小説の書き方を教えるという依頼を受けて。
「私の部屋は二階だからついてきてね、零也先生」
真由ちゃんに案内され部屋に入る。
中はTHE・女子の部屋という感じで、可愛らしくも落ち着いた雰囲気。
もう俺も二十五歳になった。やましいことは何もないが、どこか背徳感を感じてしまうのは仕方ないのだろうか。
「じゃあ早速だけど始めるぞ。時間が限られてるわけだし」
「はい師匠!」
「は? 師匠?」
突然の師匠呼び。
教える側と教わる側、師匠と弟子と呼べなくもないだろうが、元々先生と生徒でやっていたのだ。そのままでいいはずなのになぜ……。
「なんか特別感出したいなって! 先生じゃいつも通りでなんかつまらないし」
「まぁなんでもいいが……」
この場だけならいいが、外でそんな呼び方をされたらたまったもんじゃないので出来れば変わらず先生のほうが良いが、反対するほどでもないかと受け入れる。
「あと零也先生が師匠になる時は、私のことを弟子か真由って呼び捨てにすること! じゃないと私だけ気合い入ってるみたいで恥ずかしいし」
恥ずかしいという感性自体はあるのか……。
相変わらず謎のこだわりを発揮するのを理解することが出来ず困惑するが、これも受け入れるしかないのだろう。
始まる前から圧倒されてしまう。
「じゃあ真由って呼ぶぞ。どうでもいいからパソコンを起動してくれ」
「弟子のほうが良かったんだけどなー。はーい」
軽口はそのくらいにして、俺は順を追って説明していく。
「ほらここは繋げないほうが読みやすいだろう?」
「確かに……なるほどなるほど…………こういうことですね!」
どうやら真由ちゃ――真由は物覚えが悪いわけではないらしい。
練習をせずとりあえず試合を積み重ねることで、経験値を得たタイプというところだろう。
「今日はここまでだな」
「えっ!? もうそんな時間ですかっ」
今日は塾が終わってからだったので長くは時間が取れない。というか、毎日こんな感じになるだろう。
「桐生先生のお休みの日にまで、時間を割いていただくわけにはいきません」
花野さんからの好意で、土日は来なくていいということになっている。
つくづく好条件だが、塾講師は土曜日が休みなんて週は滅多にない、なんてことは言わないお約束だ。
「じゃあまた明日」
「あっ、待ってください!」
俺が帰ろうとすると呼び止められた。
「師匠の……零也先生がラノベ作家時代に書いたという本を明日持ってきてもらえないですかっ!? 読んでみたいんです」
「それはっ――」
やはり師匠はやめて先生に統一したほうがいいんじゃないか。そんなツッコミが出ないほどの、まさかの要望。
「――いいだろう」
「本当ですかっ!? やった!!」
少しだけ悩んだが俺はすぐにそれを了承した。
俺はラノベ作家をやっていた頃は書くことに必死だった。売り上げが伸びなかったことからそれも聞かないようにし、読者からの感想なども見ないようにしていた。
だがプロであれば、作品をよりよくすべく読者の意見などには目を通すべきだったのだろう。
現実を受け止め改善を繰り返す。そうあるべきではあるが、俺は自分とクローライフの可能性を信じぬいた――。
結果俺は最高の出来だったと手応えを感じたが、最終的には打ち切りに。
ラノベ作家からフェードアウトした今なら素直に聞けるだろう。なんの予備知識もなく入った、読者の率直な感想を……。




