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三話 思わぬ頼み

「なぜこんなことに……」


 俺は自室でアニメを流していた。が、その内容は全く入ってこず、別のことを考えていた。


 今日は予想もしていなかった依頼をされた。それはリハビリにもいいしお金も貰える。俺にとって一石二鳥とも言えることなのだがなぜかそれだけで終わらない、そんな予感がしていた――。



「零也先生ー!」

「真由ちゃん。指定したとこは終わった?」


 真由ちゃんが飛びつくように駆け寄ってくる。

 あの相談を聞いた日から、人懐っこい真由ちゃんからは更に懐かれた気がする。

 ちゃんと塾として教えているところの勉強はやってくれているので問題はないが、なれ合いすぎだと塾長や他の先生から注意されるのではと、俺は少しビクビクしていた。


「うん! それとね零也先生、明日なんだけどまた話したいことがあるの。前と同じようにお母さんと一緒に……一応の結論が出たから零也先生に伝えたくて」

「――そうか。分かった、その予定で時間を空けておくよ」

「お願いねー。本当に()()()……」


 後半は何かをボソッとつぶやくように発されたので聞こえなかった。

 結論については聞いてみないとなんとも言えないが、真由ちゃんの表情を見るに本人も納得した様子だ。

 とりあえず悔いさえ残らなければそれでいい――先日はつい熱く語ってしまったが、ラノベ作家になることが必ずしも正解であるとは限らない。

 将来この時の決断が失敗ではなかった、そう思える方向に転んでくれれば。

 俺はそんな風に考え、これ以上自分が関われることはない、と考えていた――。


「すみません桐生先生……お忙しいところを」

「いえいえ、私も気になってましたから。真由ちゃんの進路をどうするか決まったんですよね?」

「はいそうなんです。実は…………」


 あれからお母さんもライトノベルについて詳しく調べたらしい。それだけでご飯を食べられているような人が本当にいるのか、女性の比率はなどなど。

 そしてこれが一番重要。娘が実際に投稿しているという作品を読んでみてどう思ったか……。


 親に自分の書いた文を読まれる。想像しただけで自分なら悶絶ものだが、真由ちゃんもそれだけの決意だったのだろう立派なものだ。


「私は一般小説を少し嗜む程度で、小説に詳しいとは言えません。しかし、娘の書いたものは文法すら怪しく、読んでいて内容がどうというより、素人の私が書き方に違和感を覚えるほど下手だと思ってしまいました」

「それは……」


 いやいや、仮にも書籍化の打診がくるほどだ。読むのを邪魔してしまうような文などあり得ないだろう、そう思ったが――


「娘に許可は取りました。桐生先生、元プロ作家だったという先生にも読んでいただきたいんです。二、三話でいいので……お願いいたします」


 そう言って手渡されたタブレットには、一つの小説ページが映しだされていた。零也ももちろん知っている、最大手とも呼べる無料小説投稿サイトに掲載された作品タイトルが。


「――分かりました。それでは少しだけ……」


 読まない、とは言えないだろう。それに俺自身どんなものか気にはなっていた。

 たどり着くまでの道筋は違えど、同じライトノベル作家にまでなった若い才能の力を。


 最近ではこういったウェブ上がりの作家のほうが、人気も出ているしアニメ化も多くしている印象があった。

 どうせ読者に全力で媚びているだけの量産型作品が多いのだろう、とラノベ作家として活動していた時はどこか敵視してしまっていた俺だったが、今はそんな変なプライドも無い。

 例え本当に媚びているだけだとしても、それは言い換えれば読者のニーズに応えていると取ることもできる。

 つい先日書店で似たようなことに気づかされたばかり――俺は勉強させてもらうような気持ちでタブレットをスクロールした。


「な、なるほど…………」


 俺は言葉を続けられなかった――。


 タブレットはもう机の上に置いていて、対面に座る二人は俺の感想・意見を待っている。

 娘は不安そうに、母は自信満々な顔で。


 こんなことを本当に言っていいのだろうか……そう躊躇するが、俺は諦め正直に読んで思ったことを口にすることにした。


「変に気を遣うのもあれなので、言葉を濁さずハッキリ言わせていただきますね。確かに花野さんがおっしゃられたように、真由ちゃんが書いたこれは文章がめちゃくちゃです。小説にはある程度のルールがある、それを知らずにずっとやってきたのでしょう」

「やはりそうですか。言いにくかったとは思いますが正直に言っていただいてありがとうございます、桐生先生」


 そう、真由ちゃんの作品は酷すぎたのだ。もちろん良い部分もあるが、それだけでは補いきれない文を書くことに対する素人さ加減が目立ちすぎていて、完成度としてはとても低いものとなっている。


 ある意味天才肌なのだろう。ここまで下手でもキャラたちの魅力は伝わってくる。作者が、好きだという気持ちだけで書いたかのような――。 


「零也先生……」


 真由ちゃんはもう泣きだしそうだった。

 だが今更俺がフォローしてもしょうがないだろう。直接駄目だ、と口にしてしまったのだから。


「ということで、私は今のこの未熟な娘がライトノベル作家になるということを認めることはできません」


 親としてみればそうだろう。これからきちんと基礎を学べばどうなるかは分からないが、現時点では不安要素しかないのだ。


「そこで、桐生先生にお願いがあります」

「……はい? まだ何か?」


 娘は大学に行かせることにします、それで終わる流れかと思っていたらまだ何かあるという。


「娘に基本の書き方というのを教えていただけないでしょうか。塾とは別の個人的依頼です、別途報酬もお支払いしますのでご検討していただけたら……と」

「零也先生、お願いしますっ」


 なぜこんなことにっ――。俺はまさかの展開に頭を痛めるのだった。







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