二話 ラノベ作家の卵
「えーと、それで真由ちゃんの進路についての相談ということでしたが……」
「はい、そうなんです。この子はもう高校三年ですぐに大学受験が控えています。正直、勉強も得意なほうではないですし、レベルは問わずどこでもいいから大学にさえ入ってくれれば満足、そう思っていたのですが……」
そう言ってお母さんは隣に座る娘のほうへ視線を移す。
その子の名前は花野真由。明るい性格で人懐っこく、誰にでも好かれるような真っ直ぐな子だ。俺の言うことも素直に聞き入れてくれ、教えていて気持ちがいい子である。
俺はひとまず安心する。本当にただの進路相談だったようだ。
しかし、安心したのもつかの間――真由ちゃんの口から予想外の一言が飛び出した。
「私はライトノベル作家になるのっ! もう本を出さないかって話もきてるんだからいいでしょっ!?」
「…………へ? ライトノベル作家??」
まさか塾でその単語を聞くとはっ、と驚きに頭がついていかない。
「こんな感じなんです桐生先生……。話というのは本当みたいなんですけど、小説家ともちょっと違うみたいで私にはよく分からなくて……。とりあえず大学に行ってから考えなさいと言ってるんですが」
「大学こそ後からでもいけるでしょっ!? ライトノベル作家になるには今しかないかもしれないんだよ? 零也先生からもお母さんに言ってよぉ……」
真由ちゃんの主張は強かったが、最後には自信がなくなったのか声が小さくなっていた。
恐らく俺が母親の味方をするというのを理解しているのだろう。未成年のうちは親が絶対、社会の自然の摂理だ。
もちろんこの場合も講師としての立場からすれば、真由ちゃんに大学へ行くよう促すのが無難である。しかし、難しいのが俺個人としてそれでいいのかという問題。
一度は同じくライトノベル作家になるため会社の内定を蹴った経験がある身として、二度と訪れないかもしれないチャンスをふいにしたくない気持ちは分かる――分かってしまうのだ。さらに、それと同時にライトノベル作家として成功するのが大変であるということも知っている。
どうするのが正解なのか。元ラノベ作家として……現塾講師として…………。
二人は俺の言葉を待っている。躊躇いつつも、とりあえず真由ちゃんのお母さんにラノベ作家という職業について説明してみることにした。
「なるほど、事情は分かりました……。どちらの言い分も理解できます」
とりあえずの前置き。俺の続く言葉に真由ちゃんは不安そうな顔をしている。
「お母さんに説明しますと、ライトノベルというのは漫画やアニメなどの小説版、みたいなものです。主に若者が好むライトな小説で、市場規模で言えば一般小説に比べて小さいのは間違いないです」
「そうなんですね……詳しくありがとうございます。ほら真由、規模が小さいんだって!」
「うーー、それはそうだけど……」
お母さんは俺の説明にあったマイナス表現を聞くことで嬉しそうに反応し、逆に真由ちゃんはやはりそうかと肩を落としうなだれる。
が、俺の言葉はまだ続く。
「だけど熱狂的なファンもいる、上手くいけば夢のある職業でもあります」
「零也先生っ!!」
今度は親子の表情が入れ替わるように、真由ちゃんは笑顔になった。
「実はここだけの話、私も以前はライトノベル作家として活動していました。プロとして……、なので実際に本も出版されています。そのため良い面と悪い面どちらも知っていて、私からはどちらが正しいと断言することは出来ません。申し訳ないです」
『!!!』
やっと二人の表情が揃ったと思ったら驚愕の顔。
「ですが、助言はできます。――真由ちゃん、その本を出さないかっていうのはどういう経緯でそんな話に?」
「……っはい! えっと、小説投稿サイトの『小説家になりたい』で人気が出て、よければ本を出してみないかってお誘いのメールが……」
急に熱が入ったように饒舌になった俺にも二人は驚き、動揺しているのかもしれない。俺はライトノベルを書くことにトラウマはあるが、ラノベ自体を嫌いになった訳ではない。
三年前――俺がまだライトノベル作家を夢見て努力していたあの時の記憶が、真由ちゃんにラノベ作家は大変だからならないほうがいいよ、とそんな簡単な言葉で諭すのを許さないのだろうか。
結果は掴み取るもの。どんな世界でも成功する人がいれば失敗する人がいる。それがどんな規模であろうと――。
その掴み取るチャンスは、どれだけ無謀なものであろうとも本人が希望するのであれば、一度くらい与えられて然るべきであろう。
「花野さん。そういった小説投稿サイトで人気の出た作品には、固定ファンがもう既についています。最初から固定ファンがいる状態からスタートするのです、真由ちゃんの作品が実際に出版されれば最低限売れることは保証されているでしょう。それ以上を期待するのであれば、これからの頑張り次第でしょうが……。私の話を聞いてもう一度二人でゆっくり話し合ってみてはいかがでしょうか、私から言えるのはここまでです」
「…………ありがとうございます、そこまで真摯に向き合ってくださって。私は所詮ただの娘の趣味の延長――遊びのようなものだと軽視していたのかもしれません。桐生先生のおっしゃる通り、もう一度改めて娘と話し合う場を設けたいと思います」
話し合いの最初には無かった、引き締まった空気感。
どうやら俺が一人で空回った、なんてことにはならずに済んだようだ。
なんとか講師としての面目は保てたと安心すると共に、今回の進路相談という名のラノベ説明会は幕を閉じた。
「零也先生最高ー! だいすきっ!!」
立ち去る時にそんな一歩間違えば問題発言のような一言を残したが、真由ちゃんのその言葉に深い意味はないのだろう。ただのお礼だと受け取る。
これでもし真由ちゃんがラノベ作家になることを決め、売れっ子作家にでもなれば一人の作家人生を救ったともいえるだろう。
俺がライトノベル作家として活動した、二年という短い時間も無駄ではなかったのかもしれない――。
久し振りに満足した一日だった。




