一話 起伏のない毎日
「コツを掴んだみたいだな。全問正解だ」
「ほんと!? 零也先生ありがとう!」
自分が担当する生徒の一人に感謝されるも、俺の心にはぽっかりと穴が空いたままだった――。
俺は夢だったライトノベル作家を辞めた後、塾講師として働いていた。
そこそこの高校、そこそこの大学……勉強は真面目にやっていたためすぐに働き先は見つかった。
毎日若い世代と触れ合うことでエネルギーを感じられる。リハビリとしてはいいのではと塾講師を選んだのは正解だと思うのだが、まだあれから一歩も踏み出せてはいない。
ダラダラと、なんとなく過ごす毎日。
俺にはやり残したことがある。ラノベ作家を辞めてしまったため出版という形で本を出すことはできなくなったが、クローライフの冒険の続きを書き物語を完結させたいという思い。せめて俺だけは最後まで旅を見届けなければという使命が。
「くそっ!!」
塾講師の一日が終わり家に帰り机に向かうが、筆が進まない自分の無力さに腹が立つ。
読者に認めてもらえなかった――本を売れなかった作者の腕で続きを書いていいのだろうか……。
元々ラノベを読むことが好きで、自分もこんなものを書いてみたいと趣味から始まった物書きだったが、それすら行えない日々。プライベートの時間は何もせず過ぎていくのを待つだけで、虚無感しかなかった。
そこで俺は気分を変えるため、外に出ることにした。
特に目的地も決めず歩き出したつもりだったが、自然と足は以前から通っていた場所の前で止まる。
『ヤング書店』と書かれた看板。ここはその名の通り本屋であるのだが、なんとラノベ専門の書店という一部の人しか喜ばないニッチな場所である。
漫画すら置かないのは商売としてどうなんだと思うが、そこは店長のわがままを押し通したらしい。
店内を巡るが、本当にありとあらゆるラノベが色んな条件で区分されていて、ラノベ読みにとって理想の空間となっている。
俺はその中の一つに目がいく。”今売れている次世代ラノベ”と書かれたポップ。
クローライフの冒険がここに並んでいた世界線もあったのだろうか、そんな幻想を抱いてしまうのもしょうがないだろう。
「っ!」
その空間に並ぶラノベには見覚えのあるタイトルも多かった。
まず一つ目は零也と同じ新人賞で銀賞を受賞した作品、その横には最近無料投稿サイトから書籍化した美少女との恋愛ラノベなど。
同じ時期に作家デビューした者や後から入った新人に力の差を示されたようで、心の傷がえぐられる。
俺はその本たちを手に取り表紙とあらすじに目を通す。
実際ライバル作家たちの作品タイトルは知っていたが、自身がラノベ作家となってからは他のラノベを読む時間を全く取れていなかった。
ラノベ作家を辞めた今だからこそ、フラットな気持ちで読めるかもしれない。
「ジャミちゃんの新巻だっ! 早くアニメ化しないかな~」
するとそのコーナーに二人の学生がやってきてそう口にした。
『魔法天使ジャミちゃん』。悪の勢力に対抗すべく立ち上がった幼き少女の奮闘を描いたそれは、主人公であるジャミちゃんの人気が凄まじく、ここ一年に出た新作ラノベの中でも一番の売れ行きだ。
羨ましいな……そう思う気持ちとズルいと思う嫉妬心が湧くが、今はそれを抑える。
そんななか俺はさっき手に取ったラノベとジャミちゃんとの共通点を見つける。それは可愛らしいキャラが表紙を飾り、それをあらすじでも前面に押し出しているということ。
ラノベは男読者が大半を占める。そのため、男性キャラのかっこよさよりも女性キャラの可愛さをアピールしているのだろう。
俺はそれにハッとさせられた。
読者としてラノベを楽しんでいた時はあらゆるジャンルに手を出していたが、いざ自分が書き手になると有象無象の一つとならないよう展開を工夫し、独特の空気感で読者を世界にのめり込ませようとオリジナルを生み出そうとやってきた。
だがそれが新規読者となる最初の一歩の壁となっていたのではないかと。
イラストレーターにも自分のわがままで物語の雰囲気に合うよう、いわゆる”萌え”の要素は出来るだけ主張しないようにお願いした。最低限にすることで、物語を安っぽくしないようにと。
それが間違いだったのかもしれない……そもそも自分が書いたクローライフの冒険は、売れる売れないの土俵にすら立てていなかったのでは。
もっと売るための努力を、自分のこだわりではなく読者に合わせたニーズの提供を怠った結果が今なのではないかと。
今更すぎる、そもそも合っているのかすら分からない気づき。
気分転換に訪れたはずだった場所で傷つき、俺は持っていたラノベをそっと棚に戻し、何も買わないまま書店を後にした……。
それからも塾講師として働きながら月日が経過していく――。が、俺はまだクローライフの冒険の続きを書き始められていなかった。
「今日はここまで。よく頑張ったな」
その言葉に返ってくる、ありがとうございました。
プライベートが充実していないことで塾講師にも熱が入りきっていないという不安があったが、教え子には不満も見えず今日も安心する。
「すみません桐生先生。このあと娘の進路についての相談……いや、説得してほしいことがありまして……お時間空いてましたら少しお話できないでしょうか」
そんないつも通り塾講師としての仕事が何事もなく終わったと安心していたある日、教え子の親御さんから進路相談で話があるということで呼び止められる。
もしかしたら、とうとうやる気の無さを沈んだ空気から感じとり、文句を言われるのかもしれない。そうなったら平身低頭謝罪するしかない……。
「分かりました。ではあちらの部屋でお願いします」
本当に言葉通りただの進路相談であればいいのにという希望的観測は捨て、俺は最悪を想定し覚悟を決め話し合いの席に着いた。




