十四話 弟子の洗礼④
「悪いんだけど今日はそんなに時間取れないから。僕も忙しくてね、予定が埋まってるんだ」
私はまた出版社ビルの編集部――前に小判鮫さんと話した応接室へとやって来ていた。
「はい。私も長くするつもりはありませんので」
「――そう」
私は前のように緊張せず、堂々と答える。一度来たからというのもあるし、今日が分岐点ともなる大事な話し合いだと理解しているからだ。
小判鮫さんも私の雰囲気を感じ取ったのか、軽い調子を引っ込めた。
「あれから考える時間をいただきました。小判鮫さんの助言も参考にして」
「ということは……?」
分かってくれたかと小判鮫さんは少しほっとしたような表情に。
「ですが、やっぱり私は読者にはベストな作品を読んでいただきたい、と結論を出しました。改善できるところをしない、これでは申し訳ないです。決して売り上げを落とす原因になるような変更はしないので――」
「――もういいよ」
私の発言は途中で遮られた。
小判鮫さんのほうを見ると、その顔には苛立ちが浮かんでいる。
「仕事を全うしてもらっていいかな? 僕たちはね、君の今の小説に目をつけて書籍化しないかって声をかけたの。それを勝手に変更しようとするならもう帰ってくれる? これは仕事なの、自己満足はプライベートでやってくれ。そんなんなら一人で本出してみればいいじゃん、出せるんならね。僕たちは協力しないから」
「えっ、あのっ……」
まさかここまで聞く耳をもってくれないとは予想出来ていなかった。
それでもなんとかもう一度話してみようとするが――
「無駄な時間だったよ。それじゃあね、僕の言うことを聞けるようになったら連絡してきてもいいけど、それ以外は無視するから。長く待たせると書籍化の話も完全に白紙にするからよく考えてね」
小判鮫さんは私の言葉をこれ以上聞くつもりもないようで、部屋を出ていく……。
私はそれを目で追うだけで、もうこれ以上何も言えなかった。
「く、黒粋先生~、そろそろどうですか、気が変わったとか……」
私もこのままここにいても邪魔になるししょうがない。そう思ってなんとか応接室を出た廊下で、なぜかまだ小判鮫さんの声が聞こえてきた。
「お前が担当じゃなくなれば考えてもいいとは前から言っているが? そろそろお前の上に苦情を言うぞ。とにかく早く消えてくれ、目障りだ」
「そんなぁ~……。――分かりました、それでは今日のところは諦めます……」
私の時とは違った、媚びへつらった態度で気持ちの悪い話し方をする小判鮫さん。
相手は艶のある長い黒髪が特徴の、綺麗で品を感じる女性。
接する相手によってここまで態度が変わるのか……。
あまりの小判鮫さんの変わりように、私は若干引いていた。それと……
「どこかで見たことあるような?」
そう、女性側に見覚えがあった。
一度引っかかってしまうと、思い出すまでスッキリしない。私はなんとか思い出そうとする。
うーん……会ったことはないと思うんだけどなんでだろ…………あっ!
思い出した。
名前は黒粋 雅。
一般文芸のほうで小説家として活動している、今話題の女性作家。一年半ほど前からはどういった経緯があったのか、ライトノベル作家としても活動を始めていて、そちらでも人気が出ている超売れっ子。落ち着いて見えるが、まだ二十代前半だという。
見覚えがあったのはテレビのインタビューで度々目にしていたからだった。
それであれば小判鮫さんの態度も納得が――いかない。黒粋先生なら私のようなわがままも受け入れられるんだろう。もちろん私みたいなひよっことは違う売れっ子作家、そんなことは分かっているが私もラノベ作家ということに変わりはないはず。
またモヤモヤが溜まってしまう。
「あっ、ごめんなさい邪魔でしたか!?」
黒粋先生は小判鮫さんを説き伏せた後、私のほうへと近づいてきた。
私は部屋を出てからその真ん前で立ち止まっていたので、この部屋を使う邪魔をしていたのかと謝罪し横にずれる。
「そうじゃない、あなたに一言いいたくてね」
「私に……?」
もちろん初対面……なんだろう? もしやジロジロ見ていたのが癇に障ってしまったのだろうかっ。
「あの男はどうしようもないやつ、あなたみたいな若い子には毒になる。難しいだろうけど言いなりにならないことね」
「えっ!? あのっ――」
私が突然のことに理解が追いつかないでいると、それだけ言って黒粋先生は立ち去っていってしまった。
あの男はどうしようもないやつ……というのは小判鮫さんのことだろう。同じ部屋から出てきた私が小判鮫さんと話し合っていたのを察し、沈んでいたからアドバイスをくれた?
そんなことがあるのだろうかという感じだが、それ以外考えられなかった。
ありがたい――けど、私にはどうする力も無いことには変わりがない。
これから私はどうすればいいのだろうか。
諦めて小判鮫さんの言う通りにするしかないとは分かっているけど、したくはないのが本心。
一人で出してみれば? なんて言われたが出せるはずもない。もういよいよ心が折れてしまいそうだった。
ポジティブで明るいところが自分の長所――それさえ保てていない現状は限界だ。
今日は前とは違うんだぞ、という意気込みで臨んだが結果は前と同じように、肩を落として立ち去るのみ。情けなかった。
入り口前の受付では他のラノベ作家だろう人たちが何人もいる。
真剣な顔の人、悲壮感溢れる顔の人、喜んでいる人――様々だが、みんな一人前の小説家。私とは違って本を出して一喜一憂する姿が羨ましい。
もうここに来られるのも最後かもしれない……私はこの光景だけでも思い出に残そうと、目に焼き付ける。
ネット投稿を続けていれば他のところからも声がかかるかもしれない。でも、私のデビューはこれで終わりだ。
本当にただの私のわがままだったのだろうか……何度も自問自答していると涙が出てきてしまう。
「うぅ……私っ、やる気あるのにっ。ラノベ大好きなのにぃっ……」
悔しい、本当に悔しい。何もやらせてすらもらえなかった――。
一緒にするなんておこがましい話だけど、零也師匠がクローライフを打ち切られ引退を決めた時も同じような気持ちだったんだろうか。
(ごめんなさい師匠……私、約束果たせませんでした)
追いつくと言った零也師匠をラノベ作家になって待っているはずだった。それなのにっ、それなのにっ――。
「大丈夫か?」
とうとう周囲にも泣いているのを気づかれ心配をかけてしまったようで、そう声をかけられる。
「だ、大丈夫です。ごめんなさい、目にゴミが入っただけで……」
「――そんな様子じゃないだろ。なんだ、弟子が師匠に隠し事をするのか? 見ないうちに随分と悪く育ったもんだ」
「へっ?!」
そんなっ……ここにいるはずがない。本当に?
私は指で必死に涙を拭う。
そしてやっとまともに見えるようになった視界で相手を捉える。そこにいたのは――
「久し振りだな、真由」
零也師匠、その人だった。




