十二話 弟子の洗礼➁
「じゃあ早速本題に。条件とかはもう確認してもらって親御さんも納得してくれたってことでいい?」
「あっ……はい! 大丈夫です」
小判鮫さんに連れられ私は応接室にいた。
「オッケー、それじゃあ書籍化の手順について入っていくね。基本的にフラワーさんは……ーっと、呼び方は本名のほうが良かったりする?」
「い、いえ、どちらでも大丈夫です。呼びやすいほうで……」
「そんじゃまフラワーさんって呼ぶんでよろしく」
「よろしくお願いします……」
私はネット投稿の際フラワーというハンドルネームを使っていた。
名字が花野――花だからフラワー……安直だけどまさかラノベ作家になるだなんて、投稿当初は全く想定していなかったので仕方ない。
小判鮫さんは相変わらず軽さ全開の口調……私がまだ高校生だからなのだろうか。
別に嫌とかそんなんじゃないけど、普通初対面でしかも商売のパートナーとも呼ぶべき相手には丁寧に接したほうがいいのでは? とは思ってしまう。
どこかスッキリしない……そんな変な気持ちのまま、だが小判鮫さんの話は続く。
「フラワーさんに一冊分のテキストデータを送ってもらう。で、それを編集であるこっち側がチェックして誤字などの細かいところを確認し伝える、修正完了したらまたそれを送ってもらってこっちが最終確認。フラワーさんにやってもらうのはこれだけ。書籍化するにはイラストレーターさんに絵を描いてもらったりとかも必要なんだけど……それはこっちが主だから、まぁフラワーさんのする大きな仕事はそんなとこ」
「一冊分というのが曖昧なんですけど、今回書籍化する私のやつでいうと一章分くらいで合ってますか?」
「そうそう、だから書籍化するにも丁度よかったんだよねぇ! もうそのままとりあえず一章分のデータ送ってくれればいいから。まぁ正直ネットにあるからそれ見て修正箇所確認すればいいんだけど……一応その手順は欠かさないようにっていうルールがあってさ。よろしく~」
「流れは分かりました。ですけど……今日は直接合えるってことで持ってきたんです。よければ軽く目を通してみてもらえませんか?」
私は手に持っていた一章分の手直し済みコピーを差し出す。
「これは?」
「ちょうど物語の一章分のコピーです。話や表現も少し変えて調整しているので、意見を生で聞けたらなと思いまして」
「変えた……? じゃあちょっと失礼して……」
小判鮫さんは数枚分のコピーにささーっと目を通していく。
私が話や表現を変えたという部分に驚いた表情をしていたが、ここまでやる気があることが意外だったのだろうか――。
間違いなく質は上がっている……確信はあるが、それでも私はドキドキした状態で読み終わるのを待つ。
ペラッペラッとめくられていく。
一枚目はゆっくりと内容まで読んでいたようで、二枚目以降は目を通すだけでスムーズに読み進められていった。
――そしてとうとう、私が渡したコピーを最後まで読み終わったのか、読んでいたそれを机の上に置き私のほうへ視線が向けられた。
「これはいつから……?」
「ちょうど一か月前くらいからです。自分の描写力や表現力などが拙いんだってことを再認識する機会があって、そこから出来ることをやってみようって取り組んでみました。どうでしょうかっ……?!」
期待と不安……だいたい八対二の割合での心情だった。よくここまで上達したなと褒められるか、成長はしているがまだ少し足りないと言われるか――。
――しかし、小判鮫さんから発された言葉はその二つともの予想を裏切ってきた。
「いらないことをしてくれたねぇ…………」
「えっ……? あのっ、どういう――」
どういうことでしょうか、そう聞こうとした私の言葉を遮ってすぐに返答がきた。
「あのねぇっ!? あんたはネット投稿で人気になったんでしょ?! だったら、それを変えるようなことはしなくていいの。変にいじって不評を買ったりなんかしたら売れなくなるだろっ?」
「で、でも……内容をより良くしたいって思って……。悪くなってましたか……?」
もう口調が軽いなどという次元ではなく、小判鮫さんは怒鳴るように声を荒げていた。
私はそれに委縮してしまったが、なんとか言葉を続け訂正した文の内容での感想を求めた。
「あー、それは信じられないくらい上達してたよ。小学生が高校生になった……それくらいの成長」
「ならいいんじゃ――」
「それじゃあ別作品になるって言ってるだろうがっ! ――――あー……言い方がよくなかったな……冷静になるよごめん。えっとね、フラワーさんのファンは今の話が好きだから読んでるし応援してるの。分かる?」
「はい……」
そんなに激怒されるようなことを私はしたんだろうか……?
小判鮫さんは話の全体の質の向上は認めてくれた、でもそれじゃダメだという……理由はファンは今の物語を求めているから。
それは分かる……けど、別作品になる。これは理解できなかった。
ファンだからこそその好きな話が読みやすくなって内容も厚みを持てばより楽しめるはず。そして作者はそうするよう努めるべき。
改変などしていないのだから別作品になどなりようが無いはずだ。
「だからこそ今のまま書籍化したほうが、初期からそうやってネットで読んでくれてる人ってのは応援しやすいし、書籍からそれを知った人に自慢しやすいの。嫌じゃない? 書籍化して読んだらちょっと違って、後から書籍版を読んだ人のほうが最初から面白いやつを読めてるって。先に読んでて損した、みたいな」
そうだろうか……?
「ファンは応援してくれて無条件で買ってくれるのが、ネット小説で人気出た作品のメリットなんだから! 良くしたいっていうのはいいこと、だけどそれはネットで投稿されてるとこ以降ので頑張ろ? 今もう知られてるところはこのまま出して売っちゃう、絶対売れるから! アンダースターンド? フラワーさん」
もう全然意味が分からなかった――。
私がなりたいと憧れ、思い描いていたラノベ作家の姿はそんなのじゃない。
小判鮫さんの後半の言葉は全く頭に入ってこなかった。
「――考えさせてください……」
私はなんとかその一言だけ発し保留すると、ショックを受けぼーっとした状態のままビルを後にした――。




