十話 指導最終日
「あっという間だったが今日が約束の最終日だ。最初とは比べ物にならないほどに成長している、教えて得たものをぶつけてみろ」
「はい師匠っ!」
月日は流れ、俺と真由の個別指導も最終日を迎えていた。
本当に素人に毛が生えたようだった文も、違和感なく読めるほどにまでなった真由。その集大成として俺は今回真由に題材はなんでもいいから、短編を書くという最終課題を与えた。
その完成した短編を母親に見せて認めてもらう、そういった流れになっており、勝負の日でもある。
中身は正直なんでもいいだろう、花野さんも分からないことには口をだしてこないはず。確認するのは小説としての基本が出来ているかどうか。
仮にもプロになろうという人物にしてはハードルが低すぎないか? と思われるかもしれないが、真由は独学でただただネットに投稿していただけ。きちんと勉強したこともないところからの伸びしろと、なによりもまだ二十にも満たない歳という若さもある。この一か月の成長度合いで未来の可能性を見せられればそれでいいのだ。
一週間前――俺と紫弦が映画を観にいった時に、たまたま遭遇した真由はなにか様子が変だった。
その翌日の個別指導の日、俺はそれにより精神面を心配していたが、予想に反しなぜか真由はいつも以上にやる気を見せ燃えていた。
その熱を持ったまま今日まで来たのだ、変に緊張したりして失敗する、そんな不安もなく今は安心して真由が短編を書き終えるのを見ていられた。
静かな空間にカタカタカタッ、とキーボードを滑らかに叩く音が鳴る。
元から書きたい題材でもあったのか、迷いのないタイピングだ。
「出来ました!」
ピタッ、とキーボードを押す手が止まったと同時の終了宣言。
「よし、じゃあ花野さんを呼んでくるから待っててくれ」
(なるほどな……)
俺はチラッと確認した真由の短編の内容に、呼びに移動する道中感心していた。
花野さんは基本的にアニメを見ないし知らない……真由が普段投稿しているような話にはアニメ的表現や常識も多く、理解のしようがない。
だからこそ小説としての書き方、ルールにだけしか目がいかず、そこだけを直すのだけが課題。俺もそう思っていたし真由もそう思っていると考えていた……がそれだけじゃ真由は満足できなかったらしい――。
「じゃあ読ませてもらうわね。桐生先生、これは先生がさっき確認した真由自身が書いていたもので間違いありませんか?」
「はい、間違いありません」
「分かりました、ありがとうございます」
「できるだけ中身も読んでね、ママ」
花野さんは真由の気が散らないようにという配慮で別室にいた。本当であれば自分の目で娘が実際にやっている姿を見たかっただろうに、そこに気を回せるのは凄い人だ。
俺はそんな花野さんに嘘をつけないし、花野さんも俺を信じて確認の言葉だけをかけてそのまま受け入れてくれる。これが現在の真由の力だと。
真由は目を通していく母親の横顔を、緊張した様子で見つめている。
流れる静寂――。
花野さんは表情を変えないため、心中は一切分からない。
そしてとうとう――
「読み終わりました」
静寂は破れ、裁定が下される。
「まずはありがとう……というべきかしら。私にも分かりやすい内容にしてくれてありがとう真由」
「ううんっ、私もママに読んで欲しかったから」
このお礼には、今度は真由側の配慮が関係していた。
真由が書いた短編……その内容が一般向けに調整されていたからだ。アニメ的表現や非現実的な設定は一切なしの、ドラマなどで再現可能な一般文芸とも呼べる内容。
真由が意味深に内容も読んでねと言っていたのはこういうことだった。
花野さんの理解できるジャンルに合わせることで、小説の書き方のルールだけでなく、内容にも目を通すことでよりきちんと全てを評価してもらえるように。
これだけでも一か月前には無かった確かな自信がうかがえる。
「――正直に感想を言いますね。まず、内容に関してはありふれたものであり、特別これが面白いとは感じませんでした」
「うん……」
正直すぎた。
だが仕方ないことだろう。普段書かないし読まないようなジャンルに寄せて書いたのだ、これで絶賛でもされようものなら全小説家が泣き出してしまう。
真由も覚悟していたのだろう、落ち込んではいるが絶望はしていない様子だ。
そして、花野さんは言葉を続ける。
「でも、情景は浮かんできました。以前みたいに変に読みにくかったりすることはなく、これが小説である、と言われればすんなり受け入れらるレベルにはまとまっていました」
「ほんとっ!?」
「えぇ」
持ち上げすぎない言葉で、より本音を言っているというのが伝わったのか、真由は素直に喜んだ。そこまで褒められたわけではないが、親子なりの受け取り方があるのだろう。
俺も一か月の教えが無駄では無かったようで安心する。
「それで――どうでしょう? ライトノベル作家になるということに関しては」
「っ……」
ここは俺が切り込んだ。
真由は怖くて、自分から聞くには勇気が必要だろうから。
「――――いいでしょう、ラノベ作家になるのを認めます」
「えっ!? やった! 本当に?! ママありがとうっ」
ふぅっ、と俺も息を吐く。
悲惨な現場に立ち会うという経験はしないで済んだようだ。
「あなたが毎日夜遅くまで勉強もしないで、カタカタと音を鳴らしていたのを知ってますからね。娘の努力を信じるのも親の責務でしょう。実際に、目に見えて成長している訳ですし」
「なんでママにバレてっ……。べ、勉強もしてたよっ?」
「親に隠し事は無駄です。ただし、ライトノベル作家になったからといって満足するのではなく、なってからも努力を惜しまないこと。これを約束できるならという条件です」
「それはもちろんっ! 約束する」
めでたしめでたし。
俺も就職しないでライトノベル作家になるといって親に反対された経験がある身……感慨深いものがある。
「桐生先生も本当にありがとうございました。教えていただけたのが桐生先生だったのが大きかったと思います」
「いえいえ、娘さんの頑張りの成果ですよ。私は一度逃げ出した身……教える内に私のほうが刺激され、もう一度挑戦するという後押しにもなりました」
「えっ……? 零也先生ラノベ作家に戻るんですかっ!?」
「あぁ、もう一度だけな。まだ戻れると決まったわけじゃないが、気持ちは固まってる」
「やったーー! 嬉しい~」
自分が認められた時と同じように嬉しがってくれる真由。俺も一応の先輩・師匠として頑張らないとな。
「それで塾講師を辞められるって話があったんですね」
「はい、そういうことです」
「なるほど。でしたら長い付き合いになるかもしれませんね……桐生先生、もしよろしければ連絡先を教えていただくことは可能ですか? 娘のことで相談する場合とかあるかもしれませんので。もちろん迷惑でしたら断わっていただいても大丈夫ですが……」
「迷惑だなんてとんでもない。もちろん大丈夫です」
「ママっ!? ずるっ……じゃなくて、師匠私も私も!!」
真由は咄嗟に出てしまった師匠呼びで「先生をそんな風に呼んでいたのっ!? 迷惑かけてっ!」っと怒られる。
さっきまでの張り詰めた空気はどこへやら、最後は明るく終えられた。
今度は俺の番……塾講師を辞め本格的に取り組み始めてからが本番だ――。




