九話 デート
今日は日曜日、紫弦と思わぬ再会をしてからちょうど一週間になる。
俺は集合場所である駅前で、紫弦が来るのを待っていた。誘っていた映画――アニメ映画を観るからだ。
約束の時間より少しだけ早く来たため数分ほど待っていると、ざわざわ……周囲が騒がしくなり始めた。これは待ち合わせ相手が来た合図である。
「お待たせ」
「あぁ。おはよう、紫弦」
紫弦はただでさえ目立つ。モデル顔負けの美貌とスタイル……纏う雰囲気が一人だけ違うからだ。
服は控えめに白と黒のモノトーンコーデでシュッとまとめられているが、それも紫弦を引き立てる役にしっかりとなっていた。
そんな紫弦の待ち合わせ相手は俺。付き合い始めた頃からダサくならないように色々と気は遣っていたが、どうしても見劣りしてしまいなぜあいつがと周囲には思われているのだろう。
「正直誘われた時は驚いたわ。連絡をしてとは言ったけど、零也は一度集中し始めたらそれだけしか見えなくなるから。クローライフの続きを書くため直接会ったりはしないものかと」
「前の俺だったらそうだっただろうな。でも、反省したから。適度に息抜きしないと焦って周りが見えなくなって泥沼にはまる、そんなことは二度とゴメンだ。それに……」
「それに?」
「俺がラノベ作家になってからは紫弦を放置気味だったから……あの時の謝罪と感謝を込めてってところ」
ふーん。俺の理由を聞いての反応はそれだけだったが、紫弦の顔は嬉しそうだった。
そして駅からは二人で歩いて映画館に向かう。道中では別れてからのそれぞれの出来事を話し合いながら。
紫弦は特に大きな変化は無かったらしい。普通に仕事に行き、休みは好きなことをして過ごす。ただそこに俺がいなくなっただけ、そんな感じだ。
大手企業に勤めていてかつホワイトな職場環境に身を置く紫弦は、休みも多く時間を持て余し気味だったらしい。
そして次は俺の番に――。
「塾講師、か。零也には意外と合ってるのかも……目つきで怖がられそうだけど」
「余計なお世話だ。もうすぐ辞めるけど、大した不満も出ずそれなりに上手くやれてるよ」
昔はよく目つきの悪さから喧嘩を売っていると勘違いされ、チンピラに絡まれたりした。
そんな過去から、今のインドア派な俺が作られたのかもしれない。
「それにしても高校生の内に書籍化の誘いがネットを通してくる世の中か……、私たちの世代では考えられなかったことね」
「そうだな。まぁ取っつきやすくなっていいんじゃないか?」
もちろん真由の話もした。ラノベ作家の先輩として書き方を教えている子がいると。
そんなこんな話していると、目的地である映画館に着いた。
「いやー楽しみだなぁ」
「零也がアニメを好きになったきっかけの作品、だったかしら?」
「あぁ、初めて見たときは世界観に衝撃を受けたよ。毎週これを楽しみに過ごしてたほどに」
今日観るのは主人公を始め、あるゲームをプレイしていた人たちがゲーム内に囚われてしまい、なんとか攻略してそこから抜け出そうといった設定のアニメ映画だ。
ラノベ原作でアニメも大ヒット、ラノベ界で一世を風靡し今もなお大人気の作品である。
「面白かったな……。っと、ちょっと遅くなったけどそこでランチでも食べるか」
「そうね」
映画を見終わった俺たちは、近くのパスタ屋に入る。
注文を済ませると、さっき観た映画の感想を話し合う。
「映画オリジナルのキャラがいい味を出していたわね」
「本当に。原作と変えるってのは失敗が多いイメージがあったけど、これは大成功だったなぁ」
アニメ映画は期待以上に面白かった。
そういった映画を見終えた後に、二人でこういった感想を言い合える。同じコンテンツを好きな者同士の本当に楽しい瞬間だ。
美人でクールな印象の紫弦がまさかアニメ映画の感想を話しているなんて、周りの人は誰も思わないだろう。
高校生の時に紫弦がたまたまラノベを読んでいるのを見てしまった時は、俺もこれは現実かと疑ってしまったほどだ。
そうして十分に感想を言い合い、パスタも食べ終わった俺たちは店を出る。
さて、この後はどうするか。映画を観ることしか決めていなかった俺がどうしようかと悩んでいると、後ろから俺を呼ぶ声がした。
「零也し……先生っ!」
その声に振り向く。紫弦と再会した日と似たような、既視感のあるシチュエーションだ。
「真由か。休日に会うのは初めてだな」
声をかけてきたのは真由だった。
俺が一人ではなかったからか、いつもの師匠呼びではなく先生呼び……正直助かった。
「は、はいそうですね……。それ……で、零也先生の隣にいるお綺麗な人は? もしかして彼女さんですか!?」
「あぁ、えっと――」
「初めまして真由ちゃん。私は竜胆紫弦。今は零也の元彼女です」
俺が紫弦を紹介しようとすると、紫弦がそれを遮って自己紹介を始めた。
それと真由は驚きすぎじゃないだろうか。教え子にまで釣り合わないと思われたなら、普通にショックなんだが……。
「今は元彼女?? なんか不思議な言い方ですけど……なんとなく理解しました。零也先生こんな美人さんと付き合っていたんですか……」
なぜかショックを受けたような表情。本当になぜなんだ?
「で改めてこっちが花野真由。俺の塾での教え子兼ラノベの教え子だ」
「よろしくね」
「はいっ、よろしくお願いします竜胆さん?」
「紫弦でいいわよ」
「ありがとうございます、じゃあ紫弦さんで……」
紫弦に対してはどこかビクビクしている感じもある。真由は人見知りするタイプでもないし不思議だった。
「あ、あのっ、私から話しかけておいてあれなんですけど、デートのお邪魔だと思うんで今日はここで失礼しますねっ」
「お、おいっ」
止める間もなく真由は走り去っていった。
俺は終始訳が分からなかった。
「ふーーん、なるほどねぇ。ねぇ零也、あなたってロリコンだったりする?」
「は!? そんなはずないだろ、何言ってんだ急に」
「そう、じゃあ問題ないか。でも一応警戒しておこうかしら、何が起こるか分からないし」
紫弦は真由のおかしな態度に心当たりがある様子だったが、聞いても理由は教えてくれなかった。
俺たちはその後、服を見たり書店に行ったりして解散することに。
久し振りに人と過ごした、休日らしい休日だった。
「じゃあまた。本の続き頑張ってね」
「今日は付き合ってくれてありがとう紫弦。いい息抜きにもなったし、なにより楽しかったよ」
「それなら良かったわ」
紫弦が立ち去る背中を見送りながら、俺はその場で佇む。
今日は本当に、ただただ楽しかった……。
俺はラノベ作家だった時こんなことすら出来ていなかったのか――。紫弦の笑った顔すらあの頃は全く見れていなかった気がする。
今度こそはラノベ作家に戻っても、周囲にも気を配ろう、そう思った。




