八話 変化に敏感な弟子
「えっ!? 零也師匠、塾の先生辞めちゃうんですか?!」
「あぁ。流石にすぐにとはいかないが、長くてもあと数か月かな」
今日も今日とて花野家にいる俺は、真由に塾講師を近々辞めることを伝えた。
まぁ俺も昨日まで辞める気なんて一切なかったが……。
俺が想像していたより塾講師は忙しかった。このままではクローライフの冒険の続きをなかなか書けないほどに。
それでも昨日までの俺ならそれでもよかったし、焦る必要もなかった。だが、今は急がなければいけない理由がある。
そこで時間を作るために塾講師を辞めることにしたのだ。
「まぁ真由が塾に来なくなるまでは確実に残ってるよ。ラノベ作家になるんだろ? どうだ、気が変わったりしたか?」
「いえ全然っ! どころか、むしろラノベ作家になることしか考えてないくらいですっ! 正直物語の進行どうしようかなーとかばかり考えてて、勉強の時間も全く頭に入ってこないくらいですっ」
「それはどうかと思うが……。でも、ラノベ作家としては正しいのか? うーむ……」
講師の教え子でありラノベ作家の教え子でもある真由には、単純に勉強しろとは言えないので難しい。
「よし、今日はここまで。ずいぶんよくなってきてるぞ」
「そうですよね、私もそう思います!」
今日の個別指導も終了。一か月という約束の期間のうち、もう半分が過ぎた。
最初は不安視していたが、この分ならなんとかなるだろう。
残りの日数どういうプランで進めていこう……そう考えていると、ふと視界に入った真由の本棚の一点に目がいった。
「真由、そのクローライフの冒険は……」
有名タイトルしか並んでいなかった真由の本棚。その中で異質な雰囲気を出す作品タイトル。
「続きが気になったので買いました! 零也師匠に全巻持ってきてもらうのもどうかと思ったので……少しずつ読み進めてここからも学ぼうかなって。読むたび泣いちゃってそんな余裕ないんですけど」
「そうか……、買ってくれてありがとう」
感想はお世辞……ではないだろう。
演技で泣ける、真由はそんなタイプではない。
それに俺は今では自信を持っていた。
自分でも読み返していて、改めて最高の物語だったと思ったから。過去の自分を誇りたい。
「いえいえ。ってそういえば! 零也師匠に聞きたかったことがあるんですっ」
「ん? なんだ?」
なにか重要なことだろうか。
書く、ということに関する質問ならさっきの教えていた時間に聞いてきたはずである。
「零也師匠、なにかいいことありました? 私の知っている零也師匠に比べて、今日は生き生きしていたというか……勘違いだったら失礼すぎるんですけど」
なるほど、そういうことか。
「そんな分かりやすかったか? ちょっと吹っ切れることがあってな。熱が戻ったというかそんな感じだ」
「全然違いましたから違和感だらけでしたよっ。もしかして女性関係ですか? 失恋から立ち直ったとか、告白が上手くいったとか……」
鋭すぎる。これが女の勘ってやつだろうか。
「んー、まぁ色々とな」
わざわざ詳しく説明することでもないので適当に答える。
ラノベ作家をまた目指す、ということを伝えるのは真由がラノベ作家になってからでいいだろう。
「怪しい…………」
「怪しいって言われてもなぁ……」
子ども相手に真剣に話すのも恥ずかしい内容だ。
教え子に恋愛話をするなんて公開処刑以外の何物でもない。俺は話を逸らすことにした。
「実はな、まだ真由は最後まで読んでいないから知らないと思うが、クローライフの冒険は完結してないんだ。打ち切られて続きが出ることはなくなったんだけど……その続きをプライベートで書くことにしたんだ」
「へっ!? そうなんですかっ?!」
嘘は言っていない。
「あぁ、だから違って見えたんだと思う。打ち切られてからは落ち込んでいたからな、随分長い間引きずってたよ」
「あれだけ面白いクローライフの冒険ですら打ち切りだったんですよね……正直信じられないです。私、本当にやっていけるんでしょうか……不安になってきました」
「そこは自分を信じるしかないな。デビュー作からヒットする作家なんてのはほんの一握りだ。色々試していけばいい」
そう、俺もデビュー作であるクローライフの冒険が売れなかっただけ。本の内容にだけこだわって、売るということを考えきれていなかった。
分かりやすく外に訴えかける、アピールポイントを作るのを次は怠らないつもりだ。
「ありがとうございますっ。頑張ります! 残りの期間もよろしくお願いします師匠」
「あぁ、こちらこそよろしく」
「クローライフの冒険の続き、完成したらいつか私にも読ませてくださいね!」
「もちろん。約束だ」
読者が確定した、よかったなクローライフ。
そこで今日は解散。ずいぶんと長話をしてしまった。
家に帰った俺はスマホを開き、紫弦宛にメッセージを送る。
「今度の日曜が休みなら、映画にでも行かないか?」
すぐに返事はきた。
「えぇ、喜んで。楽しみだわ」
こうして数年振りのデートが決まった。




