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魔女の生け贄

作者: 河辺 螢

 闇夜の森と呼ばれる、魔物しか立ち寄らない森の奥。暗黒の館には、人を呪い、不幸をまき散らす悪い魔女が住んでいると言われていた。

 夏至の夜に魔女に生け贄を捧げなければ、災いが起こる。魔女は捧げられた生け贄の魂を半分食うらしい。生け贄と言われながら、早ければ数日で、長くても二ヶ月ほどで解放され、村に戻されたが、解放された人は皆一月ほど魔女の呪いに苦しんだ。

 決して殺される訳ではなく、やがて元の暮らしに戻れはするが、魔女に怯えて暮らすのは嫌だ、と魔女を退治する者が募られ、その首を持ち帰れば一万ゴールドが約束されていた。


 その年生け贄になったのは、賞金を求めて村の外から来た者だった。名をパトリクと言い、魔女と戦えるだけの魔力を持った魔法使いだった。

 魔法を使えることを隠し、古びた服を着て顔や体に汚れをつけ、やつれたようにとり繕った姿は、一農民にしか見えなかった。

 パトリクには小汚い荷馬車が与えられた。荷台には大きな箱が一つと、自分の荷物。村人が生け贄になる時は、別の村人が馬を操り、生け贄と貢ぎ物を残して村に戻っていたが、今回は生け贄自身に移動まで任された。馬は返さなくてもいいらしい。これも魔女への貢ぎ物として引き渡した。


 館のホールの中央には二階へと続く大階段があり、黒衣をまとった魔女が頬から上を隠す仮面をつけて階段を降り、新たな生け贄を出迎えた。

「あら、今年の生け贄さんは、ここに来る前にお風呂にも入れてもらえなかったのかしら」

 実際の年齢はどれくらいなのか、仮面のせいでわからなかったが、魔女はずいぶん若々しい声をしていた。

「湯浴みの準備を」

 魔女が声をかけると、どこからともなく大柄の執事が現れ、生け贄の男を部屋へと案内した。

 そこで風呂を使うよう言われ、身を清めると、清潔でそれなりに上等の服が用意されていた。

 風呂上がりには飲み物と軽くつまめるものが用意されていた。警戒はしていたが、少し口をつけると、上質な果実水は口当たりも良く、最後まで飲み干しても体に違和感はなかった。


 夕食に呼ばれ、ダイニングに行くと、既に向かいの席に魔女が座っていた。

 卓上には腹を満たすには充分な、それでいて多過ぎもしない量の夕食が既に並べられていた。給仕をする者はいなかった。

「お口に合えばいいけど」

 魔女はあまり話をすることもなく、生け贄の男より少なめの量の夕食をきれいに平らげると、まだ食べ切れていない男に

「ごゆっくり」

とだけ告げて、早々にその場を立ち去った。


 次の日、パトリクは何かすることはないのか、と聞いたが、

「満月まではゆっくりしてらして」

と言うだけで、完全に客として扱われていた。

 特に鎖につながれる訳でも、檻に入れられる訳でもなく、ドアは常に開いている。逃げようと思えば、簡単に逃げられる環境だ。

 今までの生け贄はどうしていたのだろう。到着してすぐ満月だった者は、早々に儀式を終え、返されただろうが…。

 満月の儀式を把握しておくべきか。それとも、儀式で下手に力をつけられる前に、魔女を殺してしまうべきか。


「お暇なら、図書室もあるわ。古い本が多いけど…。そう言えば、今回の貢ぎ物には、本はなかったわね」

 館に着くなり、すぐに引き取られた貢ぎ物の箱。今回は食料、酒、ジュースなどが入っていたが、その中に本はなかった。

 案内された図書室は、五分の四は古い本で、書かれている文字が古く読めない物も少なくなかった。

 しかし、魔法が使える者、特に真面目に魔法を学んできた者にとっては、そこは宝の山だった。

 古い魔法の文献、付近の王の図書室にもないような貴重な、幻と呼ばれるクラスの本までが棚に無造作に並んでいる。

 残り五分の一は、この最近、とは言っても百年くらい前から昨年までに発行された、比較的庶民的な本が並んでいた。

 一目でこの棚の本が生け贄が運んできた物だとわかる。なんせ棚にも「村の皆さんからの寄贈本」と書かれている。

 自分が魔法使いだと言うことを怪しまれないよう、我慢して寄贈本の棚に手を伸ばした。

 それを見た魔女は、クスッと笑うと、そのまま部屋を離れた。

 魔女がいなくなると、すぐさま魔法の古文献に手を伸ばした。読めない物も多かったが、多少なりとも読める物は、時間も忘れて読みふけった。


 次の日も、食事を終えると図書室へ向かったが、机の上には辞書と紙、ペンが置いてあった。

 一番上の紙の隅には「図書への書き込み禁止」と書かれていた。

 まるで魔法学園の図書館の張り紙のようだ、と、ふと笑みが漏れたが、よくよく考えれば自分が何を読んでいるのか、しっかりばれていると言うことだ。

 どうせばれているなら、と開き直り、用意してくれていた辞書を引きながら、著名な魔法使いパヴェル師が残した魔法図集とその解説書を目に焼き付けた。


 数日後、満月の日がおとずれた。

 その日は新しい服が用意され、身支度をして夜を迎えた。

 その夜、魔女は尖った帽子をかぶり、黒いドレスに身を包み、闇色のマントを着ていた。

 魔女に連れられて向かったホールの階段の果てにあるベランダには、満月の光が降り注いでいた。

 明らかに周囲には魔が満ちている。

 魔女は、指の先ほどの小さな丸いものを差し出した。

「これを食べておくといいわ。魔物が寄ってこないから」

 警戒して口に入れないでいると、

「まあ、寄ってきても、自分で何とかしてね」

と言って、すぐに背を向けた。

 侍従がパトリクに硬直の魔法をかけ、パトリクの胴を紐で結び、ベランダの端に紐の反対側の端を結びつけた。硬直を解くと、侍従はそのままベランダの端に控えた。

 ベランダから逃げないようにするためのものだろうが、この程度の束縛なら、魔法で瞬時に解ける。さっきの硬直の魔法も、その気になれば簡単に解ける程度のものだ。まさかすぐに解呪されるとは思わなかったが。

「…そろそろね」

 魔女の声がわくわくしているように聞こえた。何か魔物を招喚しているのかも知れない。

 生け贄は、魔女への、ではなく魔物への、なのか。


 瘴気と共に半人半獣の魔物が現れた。その周りに多くの魔物を従えている。

 魔物の狙いはパトリクだった。

 魔物から放たれる瘴気が空気に混じり、呼吸が苦しくなった。さっきもらった薬のような物を口に含むと、瘴気が軽減され、何とか呼吸ができる。

 パトリクと魔物の間に立った魔女。

 魔物が魔女に向かって吠えている。魔女の味方ではない?

「来たわね、お馬鹿さん」

 魔女は杖を取り出すと、つけていた仮面を取った。

 魔法の呪文を唱えると、杖の先が放電し、その稲妻を魔物に向けた。周囲にいた飛ぶ魔物達が次々と墜落していく。

 稲妻が中央の魔物の胸に当たり、大きく傷がついた。しかし魔物は怒り狂いながらまだ突進してくる。

 次の呪文を放ち、魔物の額に杖を突き刺すと、魔女と魔物はにらみ合った。突然動きを止めた魔物は石になり、そのまま風化し、ぼろぼろと崩れていった。

 この魔女の強さは本物だった。

 

 侍従が魔女の仮面を拾い、魔女に渡すと、魔女はすぐに仮面をつけた。そしてパトリクに振り返ると、

「今年もご苦労様。あなた、魔法使いだからあなたのことを心配しなくて済んで、今年は早く片付いたわ。もう帰っていいけど、明日、明るくなってからの方がいいわね」

 そう言うと、パトリクの腰に巻かれた紐に軽く振れた。途端に紐はほどけ、床に落ちた。

「さよなら」

 別れの言葉を残し、魔女はその場を去って行った。


 次の日の朝、食卓に魔女の姿はなかった。

 一人食事を終えると、玄関には行きに乗ってきた荷馬車が用意されていた。自分の荷物は既に荷馬車に載せられていた。行きに積んでいた貢ぎ物はなかったが、その代わりに小さな箱があった。

 開けて、中を見て驚いた。そこには金やルビー、エメラルドなどの原石が入っていたのだ。

 視線を感じて見上げると、二階の窓から魔女が見ていた。

 仮面で不確かではあったが、確かに目が合い、手を振って、別れを告げていた。

 パトリクは魔女の部屋へと押しかけた。

 魔女は驚いた顔をしていた。

「どうしたの? 早くお帰りなさい?」

「何故、金や宝石が…」

 魔女は首をかしげていた。

「え? だって怖がらせたでしょ? 生け贄さんは魔物のおとりだもの。昔は貧しい村の人の年に一度の高給バイトだったのだけど、なり手がつかなくて、とうとう村の外から呼ぶようになったのね」

 村で聞いていた話とずいぶん違った。

 魔女への生け贄ではなく、魔物を退治するためにおとりとして用意された生け贄役だったのだ。

 魔女は魔物から身を守る薬をくれた。そしてその強力な魔力でおとりとなった人を守ってくれた。しかも報酬まで用意して…

 それなのに、村の連中は何か勘違いをして、魔女が悪さをしているかのように思っている。

「この儀式はいつから?」

「百年くらい前からと聞いてるわ。村長さんに魔物退治を依頼されて、でも魔女は魔力が強すぎて、魔物が警戒して寄ってこないの。だから、おびき寄せるために村の人に協力をお願いしたのがはじまりだったのだけど。…もしかしたら、魔女のお願いが命令って取られてたかもね」

「…誤解を、解こう」

 成り行きを知り、同じ魔法を使う者として、この誤解は解かなければいけないと思った。

 しかし、魔女は笑いながら首を横に振った。

「魔女は、怖がられているくらいで丁度いいのよ」


 パトリクは村に戻ると、魔女が魔物を倒すために人を雇っている事を話したが、村の者は信じなかった。

 昔の約条は村人に忘れられ、恐れるあまりに魔女から薬を与えられても飲まず、体調を悪くすればそれを魔女のせいだと思っていたのだ。

 しかも、もらった宝の入った箱は「魔女の呪い」がかかっていると言われ、身を挺しておとりになっても開くことなく、村長に収めていた。

 魔を払う、そう言って宝の箱を引き取った今の村長は、自分は何の苦労もせず、その宝で悠々自適に暮らしていたのだ。


 村長の家から魔女との契約書が出てきて、年に一度、夏至に近い満月の夜に魔物退治をする協定が結ばれていたことが証明された。

 村の者は魔女を殺そうとするところまで追い詰められていたにも関わらず、その誤解を解くどころか、私腹を肥やし続けた今の村長は、住民により身ぐるみ剥がされ、追放となった。


 パトリクは契約書を持って、再度魔女の元に戻った。

 ここ数年の村の実情を語ると、意外と平気そうに

「人間は強欲だからね」

とだけ言った。

「この契約、やめたらどうだ?」

 パトリクがそう言うと、魔女は

「そうねえ…。ここの魔女は当番制だから、私もあと五年したら他の所に行っちゃうし…。魔女の世界も、田舎に行きたがる人が少なくなって、みんな都会志向なのよね。でも、契約があるからこの館の維持費も魔女協会から出る訳で…。あの本、惜しくない?」

 そう言って魔女はにやりと笑った。辞書を用意してくれたこの魔女もまた、あの図書室の本の価値を知っているのだ。

「私、実はあの図書室の本目当てでここに来たのよね。私はここにいる間に読み終えるつもりだけど…」

「それじゃあ、俺がおとり役を引き受けるから、俺にも読ませてくれ」

「えっ?」

 パトリクの申し出に、魔女が固まった。

「ここの本、実に貴重だ。本を読み尽くすまでの間、ここにいて、俺がおとりになろう。俺なら魔法も使えるから、万が一魔物が襲ってきても一緒に退治できる」

「本気で言ってるの? こんな、真っ暗な森の中の屋敷に?」

「時々、依頼があれば出かけることもあるけど、最低でも夏至の日にここにいればいいんだよな?」

「そうだけど…。一応言っておくわよ。私、魔眼持ちなんだけど」

 仮面をしていることから想像がついたが、あの魔物の倒し方、恐らく、魔力を込めた視線で相手が石になる魔眼の持ち主だ。

 しかし、パトリクはそれさえも運命だと思った。

「俺の目、破魔の力を持ってる。魔眼は効かない」

「ほんとに?」

 驚く魔女に、パトリクはこくりと頷くと、

「試しに、取ってみようか?」

 そう言って魔女のマスクに手をかけ、そっと外してみた。

 銀色に光る目を持つ魔女は、黒い衣装には似つかわしくない童顔で、愛らしい顔をしていた。パトリクと目が合うと、その銀色の目がオレンジ色に変化し、魔女は慌てて目に手を当てた。

「ご、ごめんなさい!」

「ほら、大丈夫だった」

 魔女は恐る恐る指を広げ、指の間からパトリクを見た。パトリクはどこも石になることなく、目の前に存在していた。

 魔女は真っ赤になって、そっと眼をそらせた。

「…村の人に、かっこいい人は連れて来ちゃ駄目って言ったのに…。ドキドキしたら、魔法のコントロールができなくなって、時々暴走しちゃうのよ」

 それを聞いたパトリクは、

「それは修行が足りないな」

と笑った。少し悔しそうにする魔女に

「魔女殿、お名前は?」

と訪ねた。

 ここに来てから初めて「魔女」以外の呼び名を問われた魔女は、まだ赤い顔のまま、

「マリンカ」

と答えた。


 パトリクとマリンカは、その後五年間この館で過ごし、その間に本を読みあさり、しばしば本に書かれた魔法を試し合い、闇夜の森を揺るがせた。夏至になると仲良く魔物を追っ払い、おかげで闇夜の森は普通の森と同程度にまで魔物が住み着かなくなっていた。

 二人は五年間で貯めたお金で館の「物品」を魔女協会から買い取り、図書室の本のうち五分の四と数個の魔道具を選ぶと、二人揃って別の街へと去って行った。


 二人がいなくなると新しい魔女が館に赴任したが、生け贄が来ることはなかった。

 生け贄が送られなくなって五年が過ぎると、自動的に村と魔女との契約は切れた。


 その後、次第に増えてゆく魔物に村人は再び魔女に魔物退治の契約を持ちかけたが、その時館にいた魔女は村人に魔物退治の高額報酬を求め、払えないと聞くと全く相手にしなかった。村人は、魔女が入れ替わっていることさえ気がつかず、気まぐれな魔女との契約を断念した。

 魔女が魔物退治を怠るうちに、やがて館は森に飲まれ、魔女が住むことはなくなった。



お読みいただき、ありがとうございました。


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