暗闇を超えて
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また、今後の参考にしたいので、よろしければ評価等していただけると嬉しいです。
評価がなくとも、それはそれで学びとして受け止めます。
少しでも、読み手の方の心に響くものがありますように。
いつからだろう。
世界はこんなにも、穢れていただろうか。
僕の知る世界は、もっと希望に満ちていて。
見渡す限りの、白い花が咲いていた。
しかし今、見える世界は…………真っ暗だ。
「此処は、どこなんだ」
見渡す限りの闇は、重々しく深い。厚い煙が渦巻いているというよりは、もっと密度の高い結びつきの闇のカーテンを、ぐちゃぐちゃにして散りばめているように見える。身体中に圧迫を感じることから、この闇には質量がちゃんと備わっていると思われる。もしかしたら、液体なのかもしれない。息が出来ている時点で、実際には液体のはずがないのだろう。ただ、そう思えるということにも、意味はあるはずだ。
暗闇の中、目を覚ました。でも、ここまで暗いと目を開けているのか閉じているのか。それすら危うくなってしまう。闇は、人間からあらゆる感覚を奪うのだ。ストレス社会が人々を襲うメカニズムも、此処にあるのかもしれない。
痛いのか、苦しいのか。
辛いのか。
これは、誰の感覚であり感情なのだろうか。
「誰も、此処に居ないのか?」
多少のストレスなら、僕だって抱えている。生きていれば、大人であれ子どもであれ。大なり小なりストレスはのしかかって来るものだろう。人間は、きっと自分たちが思っている以上に繊細な生命体なのだ。僕もまた、そのひとり。だからこそ、唐突にこんなにも奥が見えない闇に誘われてしまったのだ。
いつから、僕は此処に置かれたのか。
いつから、僕はこの世界に気づいたのか。
この暗闇の世界には、身に覚えがない。僕の知るものが、何ひとつない。臭いを嗅いでみても、ただの空気が鼻の奥に入っていくだけで、特別な情報は得られない。手でその辺を仰いでみても、何かに触れることもない。冷たくもなく、熱くも無い。液体の中に閉じ込められているならば、これほどにも軽やかに空を切ることも難しいだろう。やはり、僕が今居る世界は水域ではなく、地上界。そう言い切った方が、よさそうだ。
それにしても、どれだけ時間が経過しようとも晴れない闇。次第に不安は大きく膨らみ、今にも心臓が砕けてしまうような恐怖にも駆られる。何の感覚も得られない世界での時間の刻まれ方は、遅いように思える。現実世界と同じように、時は流れているのか。流れていれば、まだいい。止まってしまった世界に、独り飛ばされてしまったのだとしたら、僕はより一層不安になる。
僕の世界へ、帰れるのか。
僕の世界は、無事なのか。
とても、疲れを感じる。足が棒になるほど、この場所に突っ立っていたのか。気づいたときには、確かに僕はこの場所に立っていた。自分の姿すら見えないので、どの一角に立っているのかは分からない。もしかしたら、一歩踏み出したところが崖かもしれない。川辺かもしれない。ビルの屋上かもしれない。それを考えると、安易に一歩踏み込むことも出来ない。
全ての悪い可能性を考え、動くことは出来ない。こういうとき、慎重さを欠いてはダメだ。多くの情報を得て、僕は助かる術を模索したい。こんな訳の分からない所で死ぬのは、まっぴらごめんだ。
「誰か……誰も、居ないのか? 僕の姿を見ている者は居ないのか? 僕の声を聞き届けている者は、居ないのか?」
声は確かに響いている。空気を振動させ、音波として世界に影響を与えられていることは分かった。吸っている気体は酸素であり、吐き出しているのはきっと二酸化炭素。人間に大切な呼吸が可能な時点で、世界が暗転しているだけであり、自然界の決まり事にまで影響が及んでいる訳ではなさそうだ。その点は、安心できる。例えば、此処が火山口の近辺だったり。一酸化炭素が込み上げている中であれば、僕の命はそう長く持たない。僕は、未だ死ぬつもりなんてない。未来のある青年のひとりだった。
これといって、優れた面はない。ごくごく平凡な男子学生。勉強の評価も人並みで、容姿もまた凡人だ。そんな僕を特異な世界へ飛ばしたって、誰も何の得にも損にもならない。それならば、無意味な選択肢を誰もが選ばないはずだ。
これは、夢……?
その割には、感覚がハッキリとしている。思考の巡り方も、周りを観察する目も。声を発したときの慣れた感じも、夢オチで片付けるにしては不自然すぎるほどに研ぎ澄まされている。
僕の感覚は正常であり、僕の全面に展開されている闇が本物であるならば……此処は本当に、何処なのだろうか。他に、この状況を理解するための材料は、隠されていないか。僕は首だけ左右に軽く振って、目を凝らした。真っ暗ではあるが、その中に粒子が飛んでいる様にも見えて来た。先ほどまでは、漆黒のカーテンのように感じ取っていた世界だが、カーテンよりも不安定な素材で、この闇は続いている。それを理解した瞬間、少し離れた場所の闇が揺れた……ような気がした。容姿はまるで捉えていない。相手が人間とも判断できないが、僕は何故か疑うことなくその個体へ言葉をかけた。
「キミは、誰?」
揺れた闇は、一度鎮まった。僕の言葉を受け、行動を止めたのか。或いは、僕の言葉など関係なしに、止まる予定だったのか。僕は相手の様子を、もっと近くで窺いたいと思った。しかし、やはり一歩を踏み出す勇気は持てない。相手が居る場所は、此処から5メートルほどしか離れていないようにも見え、1キロ以上遠くだったのではないかとも思えたからだ。至近距離であれば、一歩くらい踏み出しても僕に危険は及ばないかもしれない。だが、そうでなければ僕にはまだ、危険が迫っていると言えよう。
相手に問いかけてから、少しの時間が流れる。まだ、そこに相手は存在しているのか。闇は静けさを保っているが、僕はそれを壊す様に再度言葉を投げかけた。今度は、少しだけ声量を上げてみる。
「キミは、この真っ暗な世界を知っているのか?」
無音……でもなかった。木々が擦れるサラサラとした音も、動物たちがざわめく音も。車が行き来する騒々しい音も、僕以外の話声も一切ない。ただ、とても高い音波の干渉は得ていた。1万ヘルツ以上のキーン……とした音が、鼓膜を刺激している。いつもならば、それを鬱陶しいと感じていただろう。今はこの音にすら、縋りたくなる。暗闇の中では、人間はどんどん臆病になっていく。
今度は、あまり間をあけずに僕は問いかけを被せた。僕の中での余裕がなくなっていることを自覚する。
夢のようで、夢ではない世界。それならば、慎重にならざるを得ない。命は『ひとつ』なのだ。失敗をし、危険に身を投じてしまえば、そこで人生終了。どれだけ悔いても、天へ召される。
特に、熱意持って挑んでいる事があるわけでもなかった。なんとなく生き、なんとなく学校へ通い、なんとなく休日を過ごすだけ。僕は人生に、そこまでの輝きを見出してはいなかった。ただ、こんなにも暗い世界を知らないし、キャンパス内は華やかだった。春になると白い花で賑わう。その景色が僕は好きだった。
思い返せば、つい昨日も学校に行っていた。午前からはじまり、昼には学食。午後からの講義を終えると、僕は敷地内に置いてあるママチャリの鍵を解き、下宿先のアパートへ向かった。向かった…………はずだ。
これは、嘘?
急に、僕の中で何かが弾けた。ドッドッド……脈が速い。息を吸うのもやっとなほど、圧力を感じる。内から外へ出ようとする胃液を呑みこみ、外からの圧力で身体は潰されそうだ。頭は全体的にガンガンと痛み、目の奥にも痛みを覚える。
僕は、追い込まれている。
そのとき、再び闇が揺れた。
今度は、さっきよりも大きく揺れている。
それに、近くで揺れたように感じた。
「待ってくれ!」
チリン。
鈴の音。
《キミは、まだ間に合う》
相手の声は、鼓膜を振動させ伝わってきているというよりは、脳内に直接信号となって送り込まれているように聞こえる。そのせいか、僕の頭から入り、秒の速さでつま先までピン……と刺激が走る。その刺激は、先ほどの痛みを一瞬で解決させた。息が吸える。それに安堵し、喜ぶと同時に更に深呼吸。すると、不思議と周りを覆い隠していた闇が、少しずつ晴れてきたように感じた。
鈴の音は、僕に正しい道を示そうとしてくれている。
僕は声の主と鈴の音を探した。
「僕は今年……まだ、大学へ行ってない。僕は学校へ行くのが辛くなって、家に閉じこもっていたんだ」
思い出して来た事実を口にすると、不思議と真っ黒なモヤが少しずつ晴れていくことに気づいた。言霊、だろうか。言葉の力で、闇は解消されている。
もしかしたらこの闇は、僕が自分を美化しようと誤魔化したことによる、歪みから生まれた闇だったのかもしれない。その為、現実を受け入れようとした僕の前では、闇も届かなくなってきた。その可能性がある。
自分の闇を受け止めることは怖い。
しかし、本当の闇に独りきりになることは、より一層恐怖だ。
「誰にも相談できない。したくても、声が出ない。どこにも行けない僕は、ただ将来を悲観していた」
「誰からもメールも来ない。来たところで、うまく話せない……そんな、うじうじした自分が嫌だった」
「熱くなれるものもなくて、何のために生きているのか。分からなくなっていた」
「頑張りたい。勉強も……そう思うけど、明確な夢もない僕には、立ち上がることも難しかった」
「弱音を吐いたら、ダメになりそうで。もっともっと、悪い方へ行ってしまいそうで。怖かった」
チリン。
鈴の音は優しい。
「僕は、本当は……話し相手が欲しかった。もう一度、ちゃんと立ち直るきっかけが欲しかった……構ってほしかったんだ」
《それなら…………》
チリン。
世界が、弾けた。
《戻ったらいいよ》
視界が一気に拓ける。
先ほどまでの闇が嘘のように消し飛び、空が見えた。
僕は、目の前に現れた相手に手を伸ばす。
そして、ついに一歩を踏み出した。
「………………!!」
眩しい。あまりにも眩しくて、空だと錯覚したのは、白い天井だった。僕の部屋の、見慣れた天井。東窓の上には、茶色の染みが出来ている。それでも、目を凝らしてみなければ綺麗な天井だ。
夢ではないと思っていた世界だが、一歩を踏み出した瞬間に僕はベッドの中で目を覚ます。状況から見て、夢だったと考えるのが普通だろう。しかし、何故だろう。目が覚めた今でもまだ、先ほどまでの時間が『現実』だったのではないかと疑う。もしくは、脳が見せた夢なのではなく。僕の心が生んだ『闇』だったのかもしれない。それならば、僕は自身の闇と向き合ったことになる。誰にも言えなかった苦しみを、自分自身にぶつけた。それによって、心が少しでも軽くなったのならば、僕もなかなかやるじゃないかと息を吐いた。
鈴の音と共に現れた者。
それは、僕自身だった。
反動をつけ、身体を起こす。胡坐を組んでベッドの上に座ると、東窓から外を覗いた。昼頃だろう。太陽が燦燦と照っている。もう一度、未来に向けて頑張ってみようという気になれた。僕は現に、夢の中で一歩を踏み出したのだ。闇が取っ払われた中、希望に満ちた顔をした子どもの頃の僕を追って。手を伸ばして、世界に身体を預けた。そこにあったのは、次なる恐怖ではなく、期待だった。僕はまだ、やれる。そう思えたからこその、一歩だ。
闇の中で、一歩を踏み出すことは恐怖でしかない。
だからこそ、世界にもう一度チャレンジするには、多少の闇を解消する必要性がある。
そして解消方法はきっと、ひとつじゃない。
僕は、こうした体験をもって闇を晴らした。
だが、十人十色という。
きっと、他にも方法は隠されているのだろう。
解明されていないことが多い世界に、人間の潜在能力だ。僕はまだ、未来を諦めずに居られた。次から始まる前期の講義から、再び僕はキャンパスへ戻ろうと決心することが出来た。
その時にはきっと、また見ることが出来るのだろう。白い花で敷き詰められた、希望に満ちた明るい世界を。
はじめまして、或いはお久しぶりです。
小田虹里です。
色々と、勉強するために執筆ペースを上げています。ポイント全然つかない作品もありますけど、それはそれで。現実を受け止めて、どんな作風にすればいいのか。どんなシチュエーションが求められているのか。探っている状態です。だけど、この作業がとても楽しいなと、最近強く感じています。
だけど、息抜きにファンタジー系も綴っていきたいです。色々なジャンルが書ければいいんですけど、小田はそんな器用さは多分持っていないので。ダークサイドな作品メインで、頑張ってみたいです。とりあえず、ファンタジー要素は封印、かな。
とはいえ、今回の作品はちょっとだけ空想世界がありましたね。これくらいの程度なら、アリじゃないかな、と。前回の作品より、ちょっとだけ病み度は下がりました。その辺の検討もしつつ、様子見します。
作中に出て来る『鈴』が何だったのか。それは、読み手側で想像していただけると嬉しいなという要素です。僕の中でも、幾つか意味を持たせて登場させてみました。
せっかくなので、近況報告をこちらに。
一緒に暮らしている恋人が、高熱を出してしまって。病院では、風邪という診断で、コロナではなさそうなのですが。職場の上司から、コロナだったらいけないという通達があり、明日。日付変わったので今日になりますが……今日から数日、自宅待機を命じられました。
恋人と同じ職場なので、ふたりでお休み、ということです。
正直なところ、僕は最近職場でのストレスが酷すぎて病んでいたので、堂々と休めるということに、感謝してしまいました。休んだ分、給料減っちゃうのは痛いんですけど。でも、時間も出来たので、こうして執筆に当てる時間が持てました。非常にありがたいです。高熱を出した当人も、今は熱も下がっていて。ただ、咳が出て来ているので、それは心配ではあります。コロナ禍で休みになったということで、本来なら喜ぶべきところじゃないのは、重々承知しているのですが、あまりにも精神的にも身体的にも辛かった僕にとっては、ラッキーでした。
ゆっくりと療養してもらって。僕も、なるべく外には出ないようにして、リフレッシュして来週からの出勤に備えたいところです。
そして、今日は母の日ですね。
僕の母はもう、他界しているのですが。恋人の母に、ハンドクリームをプレゼントしました。喜んでいただけたようで、嬉しかったです。
近いうちに、さらに作品を投稿すると思います。また、ご縁があると嬉しいです。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
2021.5.9




