悪役令嬢物スキーがランペドゥーサ『山猫』を読んでみた
『山猫』は、シチリア出身のトマージ・ディ・ランペドゥーサ公爵(1896-1957)が、曽祖父ジューリオ・ファブリーツィオ・トマージ・ディ・ランペドゥーサ公爵(1814-1885)をモデルに、19世紀後半のシチリア貴族社会を描いた作品で、1959年にストレーガ賞(日本で言えば芥川賞?)を受賞した作品です。
古い名家の家長であり、天文学者であり、遊び人でもある主人公ファブリーツィオ・サリーナ公爵の人物造型がめちゃめちゃ濃いし、時代が移り変わっていく中でどう生きていくか、色々考えさせられる作品なのですが、19世紀後半のシチリア貴族の生活がかなり詳細に描かれてもいるので、悪役令嬢物スキーの視点から、副主人公格の二人の女性キャラ+舞踏会の様子をまとめてみたいと思います。
西洋近世風世界を舞台にした異世界恋愛物を書かれる方、好きな方のご参考になれば幸いです。
=アンジェリカとコンチェッタ=
主人公サリーナ公爵の末娘、コンチェッタは従兄のタンクレーディといい感じ。
そこに突然現れた、小金持ちから大金持ちになりつつある村長の娘アンジェリカ。
アンジェリカがタンクレーディを速攻かっさらい、これはいろいろ発生しそうな予感…
と思ったら、追放劇もざまぁもなんにも発生しません!!(当たり前や)
というか、内心はとにかく表面上はなんにも揉めないんですよね…
なんで揉めないのかというと、サリーナ公爵がアンジェリカとタンクレーディの結婚を速攻推し、コンチェッタのプライドが鬼高いからとしか言いようがないのですが、とりあえず二人の特徴をまとめてみます。
■アンジェリカ
みんな大好き下剋上ヒロイン。
サリーナ公爵の別邸がある村の村長の一人娘なのですが、父親が目端が効く人で、貴族の放漫領地経営の果てに売り出された土地を買ったり色々利殖に励んで、資産規模はそのうちサリーナ公爵家を追い越す勢い。
父親は実務はめちゃめちゃデキるけど、教養がなく、粗野な人物。
母親は「めちゃめちゃ美人だけれど、表に出せない人」的な女性。
母親の父は、(たぶん婿である村長に)消されたっぽい雰囲気……
ちなみに「なんかわかんないけど消される」のはシチリアではよくあることらしいです。
アンジェリカはフィレンツェの寄宿学校へ行って教養を身に着け、帰ってきたところで、父に連れられてサリーナ公爵家別邸の、地元の名士が招かれた晩餐会に現れます。
この時17歳。
父親としては、今後アンジェリカを引き立ててもらって上流社会に食い込んでいきたいという思惑もあったのかな…
子供の頃にも来たことはあって、その時は全然かわいくない子だったようなのですが、めちゃめちゃ美人に成長!しかもグラマーさん!
というわけで彼女が現れた時には、
公爵「お?」(まだまだ娼婦のとこにいってる人)
公爵の甥のタンクレーディ「おおお?」(20代前半くらい?)
となります。
なんですが、アンジェリカは2人をスルーして、まずは公爵夫人にご挨拶します。次いで公爵。
映画版だと、公爵、タンクレーディをかわしてまず公爵夫人と、なんでも公爵夫人にまっさきにという順序が強調されています。
まずは女主人のメンツを立てる、これ大事ですね!
先述のように、タンクレーディはアンジェリカが現れる前は、従姉妹のコンチェッタといい感じ(と、少なくともコンチェッタは思ってた)なのですが、ほぼほぼ一目惚れ状態で即交際申し込みから婚約、結婚へ。
アンジェリカがタンクレーディと結婚することで、サリーナ公爵家は失った資産をある意味取り返し、いつのまにやら男爵の家系…らしいよ?ということになった村長とアンジェリカは、貴族社会に迎えられ、その後タンクレーディから名士にふさわしい身だしなみをレクってもらった村長は下院議員にもなります。
アンジェリカが初めて舞踏会に招かれることになった時、タンクレーディに「貴族はなんだかんだで自分の館をめっちゃ誇りにしているから、内装とか家具とか褒めると喜ばれるし、なるべく有名な作品とかを引き合いに出すと、教養があって気の利いたことが言える人って思ってもらえていいよ!」と教えられ、そつなくこなして「わかってる人」と認められて社交界デビューを華麗にキメます。
教養ってこういうところで効いてくるんですね…
行っててよかったフィレンツェの寄宿学校!
最後の場面(1910年)では、既にタンクレーディ(軍人、外国公使などのキャリアを経て議員)に先立たれてはいますが、名士の未亡人として、政財界宗教界に影響力を持っている様子。
タンクレーディとは夫婦として破綻するところまではいかなかったけれど、お互いちょいちょい浮気する感じだったようです。
ちなみに婚約時代のアンジェリカとタンクレーディのデートは「別邸探検」。
あるじであるサリーナ公爵は、「どんな部屋も知り尽くしている邸宅なんて、住むだけの値打ちがない」というのが口癖という人で、間口はそうでもないものの、奥行きが200メートルもある増築に増築を重ねた別邸は迷路。
シチリアでも結婚前の男女が二人きりというのはNGなのですが、別邸探検していると、くっついてくる家庭教師とかを簡単に撒けるので……
この別邸、式典や宴会用の広間、劇場、絵画陳列室、客室棟も新旧2つとあるのですが、それだけでなく長年放置されている住居用の部屋が大量にあり、「聖人公爵」とよばれた公爵がみずからを鞭打つために作った部屋があったり、客室棟の一室に隠し部屋があって、先祖の誰かがなんかとんでもなくエロいことする用に作ったんじゃ…と思われる謎の続き部屋もあったりです。
サリーナ公爵家は、首都パレルモの近くに本邸があり、パレルモ市内にも邸宅があり、現在はここは「別邸」という扱いになっていますが、「別荘」ではなくもともと領主の館なので、こういう規模なのかなと思います。
ちなみに他にも別荘的な家はあるっぽいことも書かれてます。
補修費用もかかりますし、それぞれ管理人・使用人も置かないといけませんから大変だこりゃ……
■コンチェッタ
主人公サリーナ公爵の末娘。
従兄のタンクレーディと仲がよく、これはもう彼が結婚を申し込んでくるものとばかり思って家つきの神父に相談とかしていたところに、アンジェリカが登場。
父公爵は、サリーナ家は領地を少しずつ切り売りしないと生活が維持できない状況で、子供たちに継がせる資産が十分にないこと、コンチェッタが内気な性格であることから、野心に溢れるタンクレーディの出世の支えにはならないと判断し、むしろタンクレーディとアンジェリカの結婚を後押しします。
アンジェリカが初めて出席した晩餐会の席では、アンジェリカ、タンクレーディ、コンチェッタという並びになり、アンジェリカに内心超めらめらではあったのですが、アンジェリカに嫌味を言うとかそういうことは一切しません。
むしろアンジェリカをハグして、キスして、子供時代のように敬称ではなく親称で話しているくらい。
※イタリア語では二人称が二種類あり、あまり親しくない人には敬称としてLei、親しい人にはtuを用いるそうです。
晩餐会でタンクレーディが口にした、修道女とアンジェリカをからかう下品な冗談に、若い女性を侮辱するものだとコンチェッタが超オコになった事件もあり、コンチェッタがタンクレーディに塩対応になったので、すんなりアンジェリカとタンクレーディが結婚することに。
このへんは、タンクレーディに切られる前に自分から切ったんじゃという気もしないでもないですが。
アンジェリカとの婚約後、タンクレーディが埋め合わせに本土で知り合った貴族の青年(そこそこイケメン・資産状況が良い貴族・めっちゃいい人)を連れてきたりもするのですが、詩の朗読などを通じて気を引こうとする青年に超塩対応でせっかくのイケメンも撃沈……
小当りに探りを入れても自動的にはねつけてしまうので、先に父公爵と話して結婚の申込みから入った方がコンチェッタは攻略できたんんじゃないかも思います。
コンチェッタは父公爵には逆らわなかったんじゃないかという気もしますし。
コンチェッタは美人であり、頭も悪くない人なのですが(父公爵には4人の娘の中で一番評価されてる)、とにかくくどくためのハードルが高い…高すぎる…
結局、母を看取り、父を看取り、未婚の姉のカロリーヌ、カテリーナの面倒を見つつ、未婚のままサリーナ公爵邸で老境を迎えるということになります。
婚約まではしていなかったけれど、それなりにいい感じだった男性をとられる悪役令嬢的なポジションなのですが、終生、タンクレーディともアンジェリカとも仲良くしています。
とはいえ、最終章で、ずっと愛していたとは言えないまでも、タンクレーディへの気持ちを忘れたわけではなく、彼とアンジェリカとの結婚を進めた父公爵を恨んでいたという記述はありますが。
でも、アンジェリカに対しては、発言にカチンとすることはあっても表には出しません。
プライドが高いがゆえに、アンジェリカに嫉妬するより先にタンクレーディや父公爵に怒り、怒っているけどガチ令嬢なので表には出さなかった(もしくは出せなかった)のかもしれません。
ラストのほろ苦シーン、ほんと染みるので、ここは是非お読みいただきたいところです。
内気でなかなか気持ちを外に出さないけれど、我が強くてプライドが高い。
谷崎潤一郎の『細雪』の、四人姉妹で一番美しいのに、来る見合い来る見合いを断ってなかなか結婚しない三女・雪子を連想しました。
いまの「なろう」では、悪役令嬢は努力を惜しまない良い子なので、そもそも婚約者を好きでなくて「もう遅い」になったり、婚約者が好きな場合は誤解がとけて元サヤという作品が多いですが、こういうしんねりした悪役令嬢物があってもよいかも……
=舞踏会=
シチリアの首都、パレルモのポンテレオーネ家で開かれる舞踏会で、タンクレーディの婚約者としてアンジェリカが社交界デビューすることになります。
参加者は当時の主なシチリア貴族200名くらい。
サリーナ公爵家からは、公爵、公爵夫人と娘2人(カロリーナ、コンチェッタ)と、タンクレーディ、アンジェリカ、アンジェリカの父が参加します。
ついでに言うと、主人公のサリーナ公爵は遊び人なので、舞踏会にも2、3人、元恋人が出席していたりします。
200人くらいのコミュニティで、元カレ元カノと、死ぬまで何度も顔を合わせるしかない社会……ちょっと厭だなと思います……
誰と誰がどうなってたとか、だいたいバレバレになってそうな予感しかしませんし。
ちょっとびっくりしたのが開始時間。
夜10時開始で、日付が変わるくらいが一番盛り上がり、散会は朝6時頃。
3時くらいになると、みんな疲れてくるけど、早く帰ったらホストに失礼だから頑張るという記述もありました。
そういえば現代のクラブ(踊る方)も、0時〜1時過ぎくらいが一番盛り上がりますが、人間のリズム的にそうなってるんでしょうか。
明け方近くなってくると、室内便器を置きまくった部屋が大変なことになってたという記述もあり、え?え?てなりましたが。
というかクリノリン入れたドレスで室内便器……事故りまくりそうで怖いんですががががが。
夕食後に集合なので、食事は立食で軽くつまめるものが用意されるという感じなのですが、メニューがあったので書き抜いておきます。
食事はだいたいフランス風っぽいですね。
■食事系
・生きたまま茹でた伊勢海老
・仔牛の冷製
翻訳ではフロウとなってますが、表記はショー・フロアの方が一般的かも。火を通した肉や魚に、ゼラチン入りのソースを何回かかけて冷やし固めるもののようです。フランス古典料理の一つ。
・ソースに浸した鱸
・七面鳥(オーブンできつね色に焼いたもの)
・七面鳥のレバーペーストを塗ったカナッペ
・骨を外したヤマシギ
・フォアグラ入りパイ
・ガラティン(ロール肉の冷製)
・コンソメスープ
■甘み系
・ババ(ラム酒につけたスポンジケーキ/ほぼサヴァラン)
・モンブラン
・ドーフィネ風フリッター(揚げ菓子)
・チョコがけしたプロフィットロール(シュークリーム)
・パフェ類(薔薇色のパフェ・シャンパン入りパフェ・暗褐色のパフェ)
本文には、「パフェの類は、スプーンを突っ込むとクリームの皮膜がぴしんと剥がれ、砂糖漬けのサクランボは媚びるように甘い長調の旋律を、黄色なパイナップルはやや酸っぱい調べを響かせた」とあります。
クリームの皮膜が剥がれって、上からナパージュでもかけているんでしょうか。
カスタードクリームをかけたのが時間が経って、上に膜ができたのかもしれません。
ちょっとよくわからんですね。
・「大食の勝利」(詳細不明…)
・「聖女たちのケーキ」
と、翻訳ではなってますが、説明を読むと、シチリア郷土菓子の「ミネ・ディ・サンタアガタ」(聖アガタの乳房)ぽいです。
ローマ帝国による拷問で乳房を切り取られ、殉教したシチリアの聖女アガタの乳房をかたどったもの。
現在のレシピだと、リコッタチーズとピスタチオクリームなどを白い小さなドーム型にし、てっぺんに赤のドレンチェリーをのっけたもので、2つならべると正におっぱい……
ぜひ画像検索してみてください。マジか……ってなりますよこれ……
土台はスポンジケーキだったり、タルトだったりするみたいです。
小説では、アーモンドミルク、ピスタチオ、肉桂の風味が云々と描写されているので、当時のレシピとはちょっと違うのかもしれません。
主人公のサリーナ公爵は、作中でライオンに例えられるような迫力のある大男なのですが、今夜は肉は食べる気がしないとスルーして「ミネ・ディ・サンタアガタ」2つと「モンブラン」一切れ、シャンパンを飲んでいます。
男性は甘いものは食べないという考え方は、当時のシチリアにはなかったのかもしれないですね。
ちなみに、シチリアは、イスラム教国家に支配された時代もあったために、アラブ文化の影響でお菓子が尋常でなく甘いそうです。
というわけで、万一うっかりガチ寄りの西洋近世風世界に異世界転生したことに気がついたら…
①目上の格の家に招かれたら、まず女主人に仁義を通す
②家具や内装、絵画、タペストリー類を、優れた作品と比較しながら褒める
③あまりにお高くとまっているとイケメン貴公子を逃してしまうので、ほどほどに…
の3点をお忘れなく!ということで…




