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「大丈夫?汗が凄いけど」
「いえ、お気になさらず!ユリウス様とは、普通です!至って、ごく普通の婚約者同士の関係であって、可もなく不可もございません!」
アイリーンは言い切った。焦り過ぎて、少し早口ではあったが、多分シェルトには伝わっただろう。アイリーンは、シェルトを横目でチラリと見遣る。
「そうか、僕はてっきり2人は、取り返しがつかない程仲が良くないものだと思ったよ」
取り返しがつかない程仲が良くないとは、どれだけですか。シェルトとは余り関わりがなく、よく知らないが……読めない人だ。
「何故、そのように……」
「だって、普通は社交の場に、婚約者ではない異性を伴って入場なんてしないし、腕を組むなんて論外だし、婚約者ではない異性と始めに踊るのもあり得ないだろう」
正にその通りです。殿下の仰る事が正論だと、私も思います。アイリーンは、シェルトがまともな人で良かったと安堵した。
「ですが、それだとシェルト様も同じなのでは」
シェルトだって、紛れも無くレベッカの婚約者だ。アイリーンと立場は同じ筈だ。
「う~ん、まあ、そうなんだけど。状況は同じでも、心境は違うかな。僕とレベッカは従兄妹同士だし、全くの他人ではない。レベッカの事は、我儘な妹くらいの認識でしかないしね」
我儘な妹……そこに、意地悪という言葉も是非加えて下さいと、心の中でお願いしてみる。
「でも、君達は違うだろう?別に幼馴染でもないし、ただの他人だ」
出た。幼馴染……。アイリーンは幼馴染恐怖症になりそうだ。幼馴染と聞くだけで、鳥肌が立つ。
「ごもっともです……」
「だから、僕はレベッカがユリウスにべったりしてようが、ユリウスを好きだろうが興味ないし、どうでもいいんだ。もし、その事でレベッカやユリウスが問題になろうが、自業自得だしね」
爽やかに笑うシェルトだが、言葉は意外と辛辣で冷たい。アイリーンの笑顔は引き攣る。
「アイリーン嬢は、ユリウスの事好きなの?無論異性として」
ユリウスの事を異性として好きかなんて、愚問だ。アイリーンとユリウスは家同士で決めた政略的なものに過ぎない。ユリウスに正直、興味もないし、異性としての魅力を感じた事などない。
「仲良く出来たら、とは思っていました」
前までは、好きでなくてもせめて仲良く出来れば……とは思っていた。だが、今はもう分からなくなってしまった。婚約破棄出来るなら、そうしたいとまで思ってしまっている。
「言葉を濁すね」
「私には……異性への好きって感情が、よく分かりません」
アイリーンは、ユリウス云々よりも今まで接してきた男性達に対しても、何も感じなかった。普通年頃に娘なら素敵な男性にときめいたりするものだろうが、アイリーンはそれを体験した事がない。
「そうなんだ。じゃあ、アイリーン嬢の初恋はまだ、なんだね」
初恋……そっか。本ではよくそんな単語を見た記憶がある。私の初恋はまだ、なんだ。でも、このままなら一生初恋を知ることもなく生涯を閉じる事になりそうだ。私のときめきは、一体どこにあるの⁈
「嬉しいな」
聞き間違えだろうか。シェルトの口から嬉しいという単語が聞こえた。アイリーンは、瞳を見開いてシェルトを見遣った。
「シェルト様、今嬉しいと、仰いませんでしたか?」
「ん?うん、言ったよ」
当然のように、そう返事をするシェルトにアイリーンは、訳が分からず呆然とする。
何故、私の初恋がまだだとシェルト様が喜ぶのだうか。アイリーンは、悩んだ。そしてある結論に至る。
「成る程。シェルト様も、初恋がまだなんですね!でも、ご安心下さい。私がシェルト様の先を越す事などあり得ませんから!」
シェルト様って、見た目に反して意外と子供っぽい人なのね!負けず嫌いで、きっと私に先を越されたくないんだわ。
「アイリーン嬢は、意外と天然なんだね。意外な一面を知れて、益々好きになってしまうよ」
好きに?誰が誰を……。
「僕の初恋はね、君なんだ。アイリーン」
突然のシェルトからの告白に、アイリーンは目眩がするようだった。