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シェルトを改めて見遣ると、意地悪そうな笑みを浮かべて、こう言った。
「なら、君はユリウスと一刻も早く婚約破棄しないとね。だって、僕の事愛してるんでしょう?このままじゃ浮気になっちゃうよ」
先程までの、子供の様な頼りない姿などそこにはない。ここに来て、ようやくアイリーンは気づいた。
揶揄われた、と。
「シェルト様っ」
アイリーンは、頬を膨らませ怒ったようにして声を上げる。それと同時に反射的に立ち上がろうとしたが、その瞬間馬車ががたんっと大きく揺れ、止まった。
「え、きゃっ‼︎」
「おっと。大丈夫?」
アイリーンは、大きく前のめりに倒れてしまったが、シェルトに抱き留められ難を逃れた。
「本当に、君は面白いね。君といる事が出来たら……きっと毎日が愉しいだろうね」
そう話すシェルトの顔は、どこか儚く見えた。その理由はアイリーンには、分からないが。
「シェルト様……?」
「さあ、着いたよ」
その言葉にアイリーンは、我に返りシェルトから勢いよく離れた。そしてカーテンの隙間から窓の外を覗く。
「え……うちの屋敷」
窓の外には、紛れも無くアイリーンの屋敷が見える。アイリーンは驚き、戸惑った。その理由は、てっきりシェルトはアイリーンを城へと連れて行くつもりなのだと思っていたからだ。
「そうだよ、君の屋敷だよ。何か、おかしいかな」
シェルトは、アイリーンの考えなど見透かしたような笑みを浮かべている。
「い、いえ!」
勝手に思い込んでいた自分が恥ずかしくなり、アイリーンは顔を真っ赤にした。
そっか……本当に送ってくれただけなんだ。
ホッとした反面、どこか残念がっている自分がいる事にアイリーンは苦笑する。本当にシェルトに、揶揄われただけなのだろう。先程も、アイリーンの事を面白いとか、話していた。
なんだか、自分だけ慌てふためいて情けない。
「あ、ありがとうございました!シェルト様。送って頂いて、本当に……。では、私はこれでっ‼︎」
勘違いしたアイリーン心情を、見透かしているだろうシェルトに、いつまでも見られているのが恥ずかしくなり、アイリーンは足早に馬車から降りようとした。
「アイリーン」
そんなアイリーンの肩を背後から包むようにして、シェルトは両手で掴むと、身体を密着させた。そして耳元に唇を寄せて、囁く。
「……忘れないで。僕は、本気だから」
「……様、アイリーン様?」
「え、あ、はい。どうかしたの?」
先程から侍女は、ずっと話しかけているのだが、まるで反応のないアイリーンに困惑した表情を浮かべている。
「お客様が、お見えになられておりまして……」
あー……これは、またか。どうせ、聞かなくとも分かる。あの2人に決まっている。
「気分が優れないからと、断っておいて」
一応、言ってみる。だが、あの2人の事だ。何を言っても強引に屋敷に上がり込んでくるだろう。本当に迷惑だ。そもそも私に決定権などない。屋敷の主人である父や母が、アイリーンが何を言おうと屋敷に上げてしまう。本当に…迷惑以外の何者でもない。
「はぁ……」
侍女は、アイリーンの言伝を受け客人に伝える為に部屋を出て行った。アイリーンは大きなため息を吐くと、ベッドへと向かう。一応、具合の悪いフリでもしよう。この手は以前使った事があるが、あの2人は見舞いと称しずかずかと部屋に上がり込んできた。
ベッドに伏せるアイリーンの傍で、いちゃいちゃいちゃいちゃする2人。何しに来たんですか?そう言いたかった。
ベッドに横になると、先日の事がまた頭に蘇って来る。
シェルトの事が、気になる。揶揄われたのだとは、思う。だが、気になってしまう。別れ際に言われたあの言葉の意味は……。いや、意味なんてないのかも知れないが。
シェルトにとって、自分は何なんだろう。揶揄って、遊ばれただけ?只の暇つぶし?それとも……あーもう!分からない!頭の中が、ごちゃごちゃする。
ここ数日、ずっとそればかり考えしまう。以前の舞踏会の後もそうだった。シェルトがアイリーンの頭の中を占領して離れてくれない。
シェルト様は、ズルイです……。
その時コンコンッと、扉を叩く音が聞こえた。アイリーンは、もはや諦めどうぞと声を掛けた。
「アイリーン……体調が優れないのか」
珍しく、1人のユリウスにアイリーンは目を見開く。いや、後から来るパターンかも知れない。油断は禁物です。だが、扉が閉まりユリウスは1人でベッドまで近寄って来た。どうやら、今日は本当に1人のようだ。
「え、えぇ……まあ」
嘘ですが……とは言えない。
アイリーンは、気まずそうにユリウスから視線を外した。2人きりなるのは、いつ振りだろうか。若干緊張する。それに、先日ユリウスに向かって色々と言ってしまった手前、余計に気まずい。
「そうか……」
ユリウスはそう言いながら、ベッドの横に膝を折ると、アイリーンの手を握った。
「⁈」
アイリーンはその事に驚愕し、固まった。




