渡り鳥は虐げられた令嬢を愛する
誤字脱字報告有難うございます!
「ステイシー、どうして君は私の言った通りに出来ない!!」
「申し訳ありません!!デゼル様、お願いです、殴らないでください!!」
デゼル様は私を引き倒しドレスで見えない場所を何度も蹴る。鳩尾を蹴られ、呼吸が出来ない。
「今日は帰れ!!この鈍間!!」
「……はい、申し訳ありませんでした……」
男爵家の私は次期伯爵のデゼル様に逆らえない。父はデゼル様の伯爵家から借金をしていて、借金の形に私はデゼル様の婚約者として当てがわれた。デゼル様は気性が荒く、手が早いので有名だ。なので婚約者となると見つけるのが大変で、それで目を付けられたのが私だ。借金の手前、私はデゼル様に反抗など出来ようがない。
屋敷につき、自室へと向かう途中にお父様と遭遇した。
「ステイシー!!またデゼル様の機嫌を損ねたのか!?この役立たずが!!」
お父様に力一杯頬を殴られ、床に倒れ込む。それでは飽き足らず、お父様もデゼル様と同じ様に何度も私を蹴り上げる。……私は何のために生きているの?お父様の借金の形のため?デゼル様に暴力を振るわれるため?……私の心が死んでいく。
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今日はノーデル伯爵家で開かれる夜会にデゼル様と出席していた。私はいつデゼル様の機嫌を損ねるかと内心恐怖していた。ノーデル伯爵家、次期当主のハネスト・ノーデル様。白銀の髪に碧眼の瞳をもつ美しい顔をしていらっしゃる。私はお父様に殴られた頬を化粧で隠しているが、ハネスト様はシミひとつ無い様な顔で羨ましい。
だが、そんなハネスト様も様々な令嬢と浮名を流している事で有名だ。社交界の渡り鳥とも言われてる。だが、紳士的な振る舞いをするので暴力を振るう男性よりずっと良い。
デゼル様は今夢中になっている子爵令嬢のマリアンヌ様の所に行ってしまわれた。私に「ここから絶対に動くなよ」と命令して。私はその命令を守るべく息を潜めて壁の花と化すが、他の令嬢達の噂話のネタになりクスクスと笑われている。
もう暴力は嫌だ。逃げ出したい、だが逃げる場所など無い。あったとしても、連れ戻された時の報復が怖い。私は俯向き心を殺す。
そんな俯く私に声を掛けてきた人がいた。誰だろうと思い顔を上げるとハネスト・ノーデル様だった。何故私に声を掛けて来た?こんなところを見られたら、デゼル様やお父様の暴力がより一層酷くなると私は顔を真っ青にして、震えることしか出来なかった。
「そこまで怯えられるとは思わなかったな。初めまして、ステイシー嬢。顔色が悪い、休憩室に案内しよう」
「許して下さい、ノーデル様……私はここにいろと命令されているのです。今もノーデル様と話しているのがデゼル様の耳に入れば……お願いします、私から離れて下さい」
「……そんなに震えないでくれ。デゼル殿には上手く言っておくよ」
優しい声で囁かれ、私はもうノーデル様にせめて純潔を散らしてもらおうかと馬鹿な事を思ってしまった。そして、私はノーデル様の手を取った。
休憩室にはソファと簡易なベッドがある。休憩室とは名ばかり、そういう事をする為にある様な物だ。
「ノーデル様……」
「今宵はハネストと呼んで欲しいな」
「貴方はこんな汚い私でも抱けますか?」
「?君は何処も汚くなんかないよ?」
わたしはその言葉に、部屋にあったタオルで顔の白粉をとる、するとお父様から殴られた痕がくっきりと現れる。
「ステイシー嬢……それは……」
私は無言でドレスをするすると脱ぎ裸になる。ドレスで隠していた痣が全て露わになり、ハネスト様は顔を真っ青にし、手で口を隠していた。私は羞恥心よりも、同じ男であるハネスト様に見せつけてやりたかったのかも知れない。
「これでも汚くないと言えますか?」
「君の噂は、本当だったんだね……まさかこれ程まで酷いとは……」
ハネスト様はゆっくりと私を抱きしめ、慰める様に頭を撫でてくる。何故かそれが無性に泣きたくなったが、唇を噛んで涙を堪える。
「君は彼処にいる様に命令されていたんだよね?ならば私が全ての責任を取ろう」
「責任?……大丈夫です。デゼル様やお父様からの暴力が一層酷くなるだけで、それを選んだのは私なのですから。だから、せめてこんな汚い私で申し訳無いのですが、純潔をもらってくれませんか?」
「君は汚なくなんか無いと言っただろう?」
「なら、何故抱いてくれないのです……」
「君を守りたいと思った。こんな形で君を傷つけたく無い」
ハネスト様は私を横抱きにし、壊れ物を扱う様に私をベッドへと寝かせる。ハネスト様もベッドに横になり、私を抱きしめ髪を梳いてくる。何度も、何度も。
「今更だが、抱きしめて痛いところは無いかい」
「……ありません」
「そうか、良かった。このまま眠ってしまいなさい。此処には誰も君に暴力を振るう人間はいないよ。……大丈夫、大丈夫」
ハネスト様に大丈夫と何度も言われ、こんなに心地良いのは初めてだった。一生の思い出にしようと目蓋を閉じる。
「朝起きたら、君の未来は私が変えてあげよう」
眠りにつく前に聞こえた優しい声は私の妄想だろうと思っていた。朝起きると、ノーデル家にそのままいる様にハネスト様に言われ、お医者様が来て私を手当てしてくれた。そのままノーデル家のメイド達に私の境遇に嘆かれ、とても優しくしてもらい、食事もちゃんとした物を出される。男爵家では食事を抜かれる事などしょっちゅうだったので、私はガリガリの状態だった。久しぶりに真面な食事を出されて、また涙が出そうになるが唇を噛んで我慢する。泣けばもっと酷い仕打ちが待っているから癖になってしまっていた。
ハネスト様が何処かへ出かけていたのだろうか、帰ってきて真っ先に私を優しく抱きしめる。
「君は今日から私の婚約者だ。男爵家にもデゼル殿の伯爵家にも了承はとった。伯爵家からは君への暴力の痕の事を言ったら、真っ先に金を出して口止め料を渡されたから受け取ってきたよ。これは君の慰謝料だと思って受け取ると良い」
とんでもない数の金貨が入った袋を渡されたが重くて落としてしまいそうになった。
「だが、これではまだ足りない。貴族院に虐待を訴える準備をしよう」
「……どうしてそこまでしてくれるのですか?」
「最初は興味本位だったんだけどね。君の体を見たら何故か私が守らないといけないと思ったんだ」
「使命感ですか……?同情ですか……?」
「私にもよく分からない。ただ君を守り、甘やかしたくてしょうがないんだ。もう他の令嬢達が霞んで見えてしょうがない」
「……どんな感情であろうと有難う御座います」
床に這いつくばりお礼を言う。そうしないと暴力を振るわれるから。
そんな私の肩を優しく触るハネスト様。私はびくりと体を固めて来るだろう暴力を待つ。だが一向に痛みは来ない。恐る恐る顔を上げると悲しげな顔をしたハネスト様がいた。口を開けたり、閉じたりしている。
「ハネスト様……?」
「君がそんな事をする必要はない!!」
ハネスト様の大きい声にまた体を固める。
「っすまない、つい、大きい声を出してしまってすまなかった……君がそんな態度を取る必要は無いんだよ。言っただろう?ここには君に暴力を振るう人間はいないと」
その言葉についに私は涙を流してしまった。
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それからノーデル家に保護され三か月経つだろうか。ハネスト様はこれでもかという程甘やかしてくる。私の傷一つで大騒ぎをし、食事を残してしまうと直様お医者様を呼ぶ。はっきり言って大袈裟だ。だがハネスト様はいつも私が死んでしまう様な悲惨な顔をされるので何も言えない。
今日は天気が良いので庭のサロンでハネスト様とお茶会だ。ハネスト様はニコニコと私がクッキーを食べる姿を見ている。何か面白い事でもあるのだろうか。
「ステイシー、君ほど可愛らしい令嬢はいない。私は本当に幸運な男だ。こんな可愛らしい天使と結婚できるなんて。君に似た女の子が欲しいな、いや、男の子でも可愛らしいだろう。いや……こんな天使を私なんかが汚して良いのだろうか……」
ハネスト様はいつも甘いが暴走気味だ。そんなハネスト様の様子をノーデル伯爵夫妻は喜んでいて、私にお礼を言う始末だ。こんな幸せな生活はいつまで続くのだろうかと時々不安になる。その度ハネスト様にどれだけ私を愛しているか熱弁されるのだが。いつの間にハネスト様は私を愛したのだろう。
この間、夜にハネスト様が怪しげな人形に針を刺しながらデゼル様を呪っていたのは若干引いたが。
お父様やデゼル様がどうなったのか知りたくなって聞いたのだが、もうあんな人間達の事は忘れろと言われた。私は素直にその言葉に頷いた。貴族院に訴えた時点でロクな事になっていないだろう。
今はこの幸せを噛み締めるとしよう。