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魂篝  作者: 此島
二章
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「討魔督が遣わした討魔士とはお前か、貴良(きら)

 村長に通された奥の一室で出会した顔に玄鳥は密かに眉を顰めた。

 纏う衣装は玄鳥と同じ、褐色(かちいろ)の地に魔除けの朱色を差した討魔士の制装。腰に大小の刀を携えた青年は退室する村長に主面して片手を挙げた。次いで彼は額に掛かったやや癖のある栗色の髪を払い除け、形だけは慇懃に礼をする。

「御無沙汰致しております、二の姫君。御健勝のようで何より」

「ああ。お前も息災のようだな。しかし、どうしてこんなに到着が遅れた。道中で面倒でもあったのか?」

 玄鳥の問いには貴良の傍らに控えている少女が答えた。動き易さを重視したような丈の短い浅葱の着物を着て、剥き出しの四肢には手甲と脚絆。腰の後ろには短刀を帯びている。一目で半妖であると判る纏めた藍白の髪よりも目立つのは、左頬と両の前腕にある髪と同色の鱗だ。面識はあるので彼女の名も玄鳥は知っている。確か、(まい)という名だったか。年は十七。玄鳥より一つ下だ。

「いえ、単に貴良様がもたもたしていただけなんです。普段都から出る時はもっと大人数でしょう?だから怖がっちゃって、山越えなんかなかなか歩みが進まなくって」

(ゆい)!いい加減な事を言うな!!」

「わたしは舞です。一体何度言えば覚えて頂けるんですか?」

 呆れたように言って舞が肩を落とす。玄鳥と目が合うと舞は困った風に苦笑した。

「どの山道を通って来た?」

雪旗(ゆきはた)山道です」

 恐らく其処だろうという予想通りの道だった。怪訝に思って玄鳥は腕組みをしながら舞へと尋ねる。

「彼処程結界が生きている道も無いと思うが?」

「そうなんですけどね…。まあ、お陰でのんびり気楽に此処まで来られました。玄鳥姫をお待たせしてしまった事は本当に申し訳ないんですが…」

 舞の言った山道は都から一番近い山越えの道だ。現在でも定期的に退魔士が結界を管理しているほぼ唯一の道でもあり、前回の補強は今初春だった筈だ。妖異に対抗する術に乏しい一般の者でも勿論、討魔士であれば尚の事手軽に山を越えられるだろうに。

 貴良のように都に常駐する討魔士であれば妖異を相手取る機会も少なく、場合によっては妖異を恐れるのも仕方が無い事なのかも知れない。などと思う気持ちも無くは無いが、それにしても大した腰抜け振りではある。

 討魔士と一口に言っても正確には二種類の者が存在している。一方は貴良と同様、常には都の討魔府に詰め、上奏所に届いた民から訴えに応じた帝の下命に従い妖異を退治に赴く者。神垣砦に駐留し警備に当たる者も広義にはこれに該当する。

 もう一方は玄鳥のように自身の判断で全国各地を廻り、必要に応じて妖異退治を行う者だ。此方は特に廻迂討魔士と呼ばれ、常駐の討魔士よりも腕の立つ者が選ばれて任に当たっている。

 行方知れずとなった秋月も廻迂討魔士だった。各人に最低でも一人は従妖が付いているとはいえ、基本的に単独で行動する廻迂討魔士には一層の危険が付き物である。それ故万が一の事態も考えてはいるが、秋月程の手練れが消息を絶ったとあれば一段と気を引き締めて掛からなければなるまい。

 しかし、こうした危険度の高い任務に山道程度に怯える貴良を寄越すしかないとは、討魔府の人手不足も此処に極まれりだ。討魔督の渋面が思い出される。

 そんな玄鳥の想いなど露知らず、当の貴良は顔を赤くして自分達が遅れた理由をあっさりと暴露してしまった舞を罵倒していた。舞が罵られながらも両掌を身体の前に出して貴良を宥めようとするが、却って逆効果のようだ。

 見兼ねて玄鳥は彼等の間に割って入った。場を収めようとした玄鳥にも貴良は苛立ちを隠そうともせずに、気障ったらしく整えた髪を弄って見下す目をへ向けた。

「此奴は僕の従妖です。要らぬ口を挟まぬようお願いします。……ふん。それが噂の貴女の従妖ですか。成る程、如何にも使い物にならなそうだ」

 せせら笑う貴良の目線は玄鳥の傍らに立つ伽角へ注がれている。

「元来従妖を持たぬ主義の姫が従妖を付けたと聞いた時は正直まさかと思いましたが、このような者の何処をお気に召されたのです?どう贔屓目に見てもとても役に立つようには見えませんが。それでは側に置くだけ無駄というものではありませんか?とはいえ僕の従妖(これ)も似たようなものですが、まあ貴女のそれの方が見苦しくない容姿をしているという点では多少、ましかも知れませんね」

 手酷い一言にはっとなって舞が撲たれたみたく頬の鱗に手を遣る。あからさまな蔑みの言葉を投げ掛けられた伽角は黙って瞳を伏せるばかりだが、その手はきつく握り締められ、微かに震えていた。

 人の気持ちなど考えないばかりか、故意に指摘して傷付けるようなその姿勢。これが玄鳥に対しての言動であれば無視するだけで終わる些末事だ。だが今回はそうではない。貴良の言葉が与えた痛みに俯く二人の姿は玄鳥に口火を切らせるには充分だった。

「減らず口も大概にしろ、この痴れ者が」

 底冷えのする声で玄鳥は言い、怒気も露わに貴良を見据えた。

 玄鳥は舞の事は疎か、己の従妖とした伽角の事もまだよく知りはしない。けれども『半妖だから』という、ただそれだけの下らない理由で彼等を蔑ろにし、その場の感情だけで貶める権利など無い事だけは確かだろう。

「物事をよく考えてから言葉を口にしろ。次にそのような暴言あれば、その首落とされるを覚悟するがいい」

 ふつふつと沸き上がる怒りが切れ長の玄鳥の眼を更に鋭くさせる。玄鳥はただ其方を見据えているだけだが貴良はまるで刀でも突き付けられたかのように一瞬で顔を青褪めさせ、冷や汗を浮かべ始めた。

「――遅くとも明日の昼には宵津を発ち、来迎岳に入る。それまでに支度を済ませておけ」

 怖れ慄き尻餅を突いた貴良を見下ろしていると、この程度の相手に本気になった自分が少々莫迦らしくなってきた。だが込み上げた怒りをそのまま口に出した事に後悔は無い。

「舞、苦労を掛けるが宜しく頼む。…宿に戻るぞ、伽角」

 慌てて会釈をする舞に頷きを返し、部屋を出る。呆然と立ち尽くしていた伽角が数拍遅れて弾かれたように後を追って来る。先程玄関で出迎えてくれた村長の言によると、貴良はこの家に客人として泊まるつもりであるらしい。この村まで請われて出向いたのだとでも勘違いしているのだろうか。全く、何処までも自分本位で周りに迷惑を掛ける男だ。

 すっかり夜の様相を呈した村を宿まで歩く。昼に比べて幾分肌寒さを感じるような夜気が、まだ熾火の残る心を鎮めてくれるような気がした。

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