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魂篝  作者: 此島
二章
6/31

 陽光は高く伸びた樹々に遮られ、山道を奥へ奥へと進むにつれて辺りの光景は薄暗くなる。

 立木を避けて続いていく山越えの道は周囲の地面より一段窪んで低くなっており、その境目には一定の間隔で結界の要石が打ち込まれている。しかしそのどれもが入口にあった物と同じように朽ち掛けていた。差し詰め息も絶え絶えといったところだろうか。道中で何事かあればこの結界は多分一瞬で砕け散る事だろう。何だか罅の入った玻璃の隧道を歩いているような錯覚に陥る。

 まるで道案内でもするかのように率先して前を歩く行商の夫婦と彼等に手を引かれて歩く亜也は、一見して親子連れに見えなくもない。周囲への警戒は怠らずに玄鳥は先を行く三人の会話を聞くとは無しに聞いていた。

「亜也ちゃんも討魔士様の従妖なのかい?まだ小さいのに偉いねえ」

「ほんとにねえ」

 歩いている内に興奮も収まったらしい亜也はにこやかに語り掛けてくる夫婦に気恥ずかしそうにしていた。亜也は少しの躊躇いの後、心持ち声を落として溜め息のような言葉を零す。

「…ううん。あたし、まだ従妖じゃないの」

「おや、そうなのかい?」

「でも、従妖になりたいとは小さい頃からずっと思ってるんだ。あたしの父さん、一月ちょっと前に死んじゃったんだけど……あたしにいつも言ってたの。立派な人になれよ、って。立派になって困ってる人の役に立てるようになれって、口癖みたいに。…だから、あたしは絶対に従妖になる。従妖になって、立派になって、沢山の人を助けて――村の連中も見返してやるんだ」

 想いを言葉にした事でまた怒りがぶり返してきたようだ。亜也の顔が玄鳥への憤りに染まる。そうやって判り易く頬を膨らませるところなどはまだまだ子供らしく、あどけない。

 此方へ向けられた憤然とした亜也の視線を軽く受け流して玄鳥は素知らぬ顔で歩みを続ける。

「そうかい、そうかい。偉いねえ」

「ほんとにねえ」

 口元を三日月の形に歪めて夫婦が笑う。虐げられてきた生まれの所為か、他人に褒められた経験が余り無いのかも知れない。亜也は照れたようでありながらも実に嬉しそうにしている。

「あたし、半妖でもちゃんと出来るって、あたしをバカにした奴らに思い知らせてやるんだ」

 望む未来を思い描いて夢見る風に亜也は言った。夫婦の笑みが一層深くなり、手にした杖で石を突く疎らな音が拍手めいて響く。

「――半妖でも出来る、などと考えている間は村の連中を見返す事など無理だろうな」

 割り込むように言葉を発した玄鳥を伽角がそっと、忍ぶように見上げてくる。目標を莫迦にされたと思ったようで亜也が立ち止まり、むっとして振り返った。

「半妖の何が人間に劣る?人間でもなく妖異でもない半妖は確かに周りの言うような半端者かも知れない。だが、そんな事は半妖が純血に劣るという証にはならないだろう。半妖である事は、それだけでは他者に劣る理由にも言い訳にもならない」

 続けられた玄鳥の言に亜也は虚を衝かれたようにぽかんと口を開けた。

「……まあ、独り言だがな」

 そう付け足して玄鳥は少し足を速めた。殿に伽角を残して亜也達を追い抜き、敷かれている割れた平石を踏んで勾配のきつくなり始めた坂道を上る。

 結局その日はそれから幾らも行かない、見通しの良さそうな辺りで野営する事に決めた。日暮れ前に他に良い場所が見付かるとは限らないし、強がってはいたが亜也もかなりの距離を歩き通しで随分と疲れているように見えたからだ。

 携帯用の保存食で早めの夕食を済ませ、道の端に転がる小枝を集めて火を起こす。亜也の分の水と食料は夫婦が自分達の物を分け与えようとしたが、固辞して玄鳥と伽角の分から分ける事にした。食が細いらしい伽角は干し肉を少し囓ったくらいで自分の一食分をほとんど亜也に渡していたが玄鳥はそれを黙認した。亜也は食べながら何か考え込んでいたようで、その事には全く気が付かなかったようだが。

 やがて日も落ち、辺りは漆黒の闇に包まれる。少しでも離れたならばもう届かなくなるような、小さな焚き火の頼りない明かりだけが周囲を朧に照らし出す。

 亜也を挟んで左右に玄鳥と伽角。焚き火の向かいに夫婦が並んで陣取ったが、火の番をしている玄鳥以外は皆地面に身体を横たえて休息を取っている。

 夜行の鳥と獣――あるいは何らかの妖異の鳴き声が遠くに聞こえる。あっという間に寝入ってしまった亜也に自分の羽織を掛けてやり、玄鳥は意識を研ぎ澄ませて周囲の様子を探りながら、揺れる炎を眺めた。

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