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魂篝  作者: 此島
一章
3/31

 田植えを済ませたばかりの稲の苗がそよ吹く風に揺れている。この季節、都から数十里も離れれば至る所で見られる風景だった。

 何処で誰が、何が死んでも変わりなく、苗は曇天の下でも若々しい緑を濃くして精一杯に成長を続けている。宿へと向かう道すがら、この村の生活を支える田畑の生育を玄鳥は眺めていた。

 そよめく苗を追って波立つ水面につと足を止めていると、宿のある集落へと続く畦道の少し先から子供達の無邪気な騒ぎ声がする。何やら囃し立てているようなその声が少し気になって玄鳥は其方へ歩を進めた。

「やーい。半妖、半妖!」

「さっさとどこかいっちまえ、化け物!」

 一番年嵩の子でも上に見積もって精々十か其処らくらいだろう。幼い子供達が口々に声を上げていた。彼等は足許の小石を拾い上げ、水切りでもして遊ぶかのように思い切りそれを放り投げる。

 礫の届く先、子供達の輪の中心。石を投げられているのは伽角だった。

 周囲を子供達に取り囲まれ、庇うように頭と顔を両腕で覆う伽角に礫の雨が降り注ぐ。手前にいる子供の間を擦り抜けて玄鳥は伽角を囲む輪の中へ滑り込み、飛んで来た石の一つを掌で叩き落とした。

「何をしている」

 低い声で質しても子供達は悪怯れた風も無く、楽しげに玄鳥を指差して笑った。

「あー、討魔士さまだ!」

「本当だ!ねえ、山の化け猿をやっつけてくれたんだよね?おっ父がそう言ってた!」

「すごいすごい、かっこいいね!あたしも大きくなったらお姉さんみたいな討魔士になりたいなあ。でね、悪い化け物をやっつけるの!」

 全員が全員、質問の答えとは全く異なる言を口にした。物珍しいのか、子供達は討魔士という存在に興奮したように燥いでいた。玄鳥はその悪意の無さに苛立ちを感じ、彼等を鋭く睨め付ける。

 二振りの打刀をそれぞれ腰の左右に帯びた長身の討魔士に睨まれて流石にたじろいだようで子供達が黙り込む。子供等は玄鳥が怒っているのは察したらしいが、その理由については理解出来ていないようだった。

 内側からじろりと一同を見回すと困惑した幼い瞳が一斉に此方を仰視する。

「こら、何やってる!」

 遠目にも穏やかとは言い難い空気の変化を感じ取ったらしき村人が一人、付近の民家から駆け寄って来る。彼は石を手に立ち尽くしている子供達とその中心にいる玄鳥と伽角を見、直ぐ様状況を察して怒号を発した。

「この悪ガキ共が!討魔士様のお供に何してる!?」

 見知らぬ討魔士の怒りよりも身近な大人の雷の方がやはり効くらしい。集まっていた少年少女は皆一様に飛び上がって身を竦める。年少の子供が思わず泣き出すが村人はそれには構わず玄鳥に向かってぺこぺこと頭を下げ、子供等の無礼を謝罪した。

「どうもすんません。この子等には後できつく言って聞かせておきますんで…」

「謝るのなら相手は私ではない」

「へえ。ほんとにすんません。そっちのお供の半妖さんもなにとぞ許してやって下せえ」

 取り敢えずこの場を収めようとしているのが見え見えのお座なりの謝罪だったがそれについて言及はしなかった。言っても恐らく効果など無いだろうと思ったのもあるが、玄鳥が口を開こうとする間も無く子供の一人が男に食って掛かったからだ。

「何であやまるんだよ、父ちゃん!」

 男の息子であるらしい年長の少年が頬を膨らませて言い募る。

「こいつ半妖なんだろ?だったら亜也(あや)と同じだ。化け物の仲間だ!父ちゃんも他の大人も、亜也に石投げたって誰も怒らないじゃんか!?」

「うるせえ!いいから、ほら!もう帰るぞ!!」

 男は玄鳥等に愛想笑いを残し、息子の耳を引っ張って強引にその場から引き摺って行った。親子の退場を皮切りにまごまごとしていた残りの子供もそれぞれに散って行く。

「…大丈夫か、伽角?」

 振り返り尋ねると、血の色よりも深い緋色の瞳が何処か不思議そうに玄鳥を見上げた。

「………はい」

 答える伽角の前髪の下で赤い雫が額の片端を伝う。投げ付けられた石で切ったらしい。

 傷の具合を確かめようと玄鳥は伽角の額に手を伸ばす。だがその手は額に届く寸前に他でもない伽角自身によって弾かれた。

「……あの、この程度…どうという事はありませんから」

 ほとんど抵抗らしい抵抗も無く小さな子供から石を受けていたとは思えない勢いで伽角は玄鳥の手を拒絶し、距離を取るように後ろへ身を引いて手の甲で乱暴に額の血を拭った。払われた前髪の隙から一瞬見えた額には擦った血の跡が少し残るだけで既に傷は見当たらない。

「…お手数、お掛け致しました」

 一礼した伽角は玄鳥の進路を開けるように横へ退く。

「バっカみたい!あんな奴らにやられっぱなしで、あんた本当に役に立てるの?」

 不意に勝ち気な少女の声が投げ掛けられたのはその時だった。

 年の頃は十一、二くらいの少女が伽角に白い目を向けて畦道の少し先に立っていた。癖毛らしい樹皮色のぼさぼさ髪の少女はふん、と莫迦にした風に鼻を鳴らし、次いで頬を喜色に染めて伽角から視線を玄鳥へと移す。

 煮炊きなどに使うと見られる薪を纏めた背負子を揺らして少女は小走りに駆けて来る。彼女は玄鳥の側で立ち止まって多分に期待の籠もった瞳を輝かせた。

「玄鳥様、ですよね?――あの、あたしを従妖にして下さい!!」

 唐突過ぎる頼みに玄鳥は少女をまじまじと見つめ返す。

「あたし、亜也っていいます。その、もっと小さい頃に玄鳥様のお話を聞いてから、ずっとずっと、あなたに憧れてたんです!」

「話?」

「はい!帝のお姫様が討魔士として妖異を退治して回ってるって、すっごく有名です。まさかうちの村に来た討魔士が姫様だったなんて…。最初は気付かなかったけど、でも玄鳥って名前を聞いたらすぐにわかりました」

 玄鳥は自分の名を村長にしか明かしておらず、また出来る限り伏せるようにも頼んでいる。討魔士としての任には関係の無い帝の第二皇女という出自で騒がれるのを避ける為にだ。先程の村人達にはその事実を知るような素振りは無かったが、この少女は一体何処で玄鳥の名を聞き付けたのか。

「あたし、今は村長の家で暮らしてるから聞いちゃったんです。ついこの間、父さんが死んじゃったから…」

 亜也は会話に落ちた短い間から玄鳥の疑問を嗅ぎ取ったようにそう答える。負けん気の強さを表しているような歯切れのよい喋りが少しだけ陰を帯びた。だがそれも一瞬の事で直ぐに元の溌剌とした表情に戻り、胸を張って亜也はしっかりとした声で言う。

「でもあたし、その分身軽なんです。姫様がいいって言ってくれたら今からだって一緒に行けます。お願いです、あたしを連れて行って下さい!きっとお役に立ってみせます!!」

 真剣な眼差しと意気込んだ声音に抱く想いの強さが窺える。返答への期待にじっと視線を逸らさない亜也だったが玄鳥は少女の申し出をにべも無く退けた。

「生憎だが、市井の半妖を従妖として取り立てる権限は私には無い。従妖となりたければまず都へ行き、討魔府(とうまふ)にて試験を受けて討魔督の認可を得ろ」

「そんな…。っ、姫様なのに権限がないとかおかしいです!」

「一介の討魔士として、国の定めには従わなければならない。皇女であれば尚の事だ」

「だってそんなの――っ!…あたし、あなたの話を聞いて本当に感動したんですから!病気がちで大きな行事の時だって宮の奥から出て来られなかったお姫様が苦しむ民の為の力になりたいって気持ちで頑張って、討魔士になったって。それを聞いてあたしもそんな風になりたいって、一緒に頑張りたいってずっと思ってたんです。お願いします!あたし、どうしてもあなたの従妖になりたいんです!」

「――村の人間達を見返してやる為に、か?」

「っ!?」

 図星を指されて亜也が硬直する。玄鳥としては特に他意は無かったのだが、亜也はそれを非難されたと感じたようでやや吊り上げた目に不満の色を浮かべた。

「……いけないですか?」

 反発するように問われ玄鳥は首を振った。

「それだけの想いがあるのなら、尚更都へ行き従妖試験を受けるのを勧める。…それから、村長の家に帰る途中ならばもう少し時間を置いてからにした方が良い」

 玄鳥は素っ気なく言い捨てて歩き出した。その後ろを話の間中俯いたままでいた伽角が影のように付いて来る。

「そんな腰抜けよりも、絶対にあたしの方があなたの役に立てます!!」

 悔しげに歯噛みをした亜也が声を荒らげて叫ぶ。けれども玄鳥は敢えて取り合わず、後ろに続いた伽角の足音が止まる事も無かった。

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