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魂篝  作者: 此島
一章
2/31

 討魔士として全国各地を巡っていれば似たような言葉を告げる機会は少なくない。だが慣れた事とはいえ、いつも良い気持ちはしない。

「――そうですか。誠に有難く存じます。…これで、この者達も浮かばれる事でございましょう」

 年老いた村長(むらおさ)は羽織に包まれ差し出された遺骨を前にして床板に手を突き、愁然と礼を述べた。

 村長の家といっても小さな村の事である。他の家に比べて精々一間二間多い程度の草臥れた家屋の中、平伏する村長に譲られた上座の席から玄鳥は頷きを返した。

「力及ばず多くの犠牲を出した事、申し訳無く思う。お前達の手で手厚く葬ってやって欲しい」

「い、いえ。そのような勿体なきお言葉、恐縮至極にございます」

 村長は畏まって縮こまり、額を床に擦り付ける勢いで仰々しく身を伏せる。

 呼ばれて奥から現れた妻と思しき老女と二人、村長がまだ幾らか土の付いている遺骨達を丁寧に上がり框へと並べてゆく。一つ、また一つと遺骨を手にして並べる度に両手を合わせて瞑目し、老夫婦は彼等の死を悼んで冥福を祈る。捧げられる祈りの長さはあの猿妖等がこの村に齎した悲しみや苦しみの数々を物語っているかのようだった。

 全ての遺骨を並べ終えて村長夫婦が土汚れを払った羽織を玄鳥へ差し出す。玄鳥は羽織を受け取り身に纏うと、辞去の意を告げて立ち上がった。

「あ、ど、どうかお待ち下され!態々このような片田舎へお越し頂いた挙げ句、妖異まで退治して頂いて何のお礼もしないのでは罰が当たるというものでございます。どうか今宵は我が家にお留まり頂けませんでしょうか?ご覧の通りの荒ら屋ではございますが、心を尽くしてお持て成しさせて頂きます故」

 妻共々に居住まいを正して村長が言う。しかし玄鳥は間髪容れずにそれを断った。

「いや、折角の申し出だが結構。妖異退治は勤めだ。私は己の役目を果たしただけで、お前達に歓待を受ける理由は無い」

「…で、ですが」

「何か勘違いしているようなので訂正しておくが、私は一討魔士として此処へ来ている。過剰な持て成しは不要だ」

 愛想の欠片も無いすげない態度で断言する玄鳥に村長は少々面食らったようにまごついた。玄鳥が駄目押しの一瞥をくれると村長は喉まで出掛かった言葉を無理に呑み込んだような顔をした。

 山から下りてくる間に曇り出した空模様の所為で、まだ夕刻前だというのに家の中へと差し込む光は幽かだ。薄暗い室内を玄鳥は無言で土間へと下りる。引き下がりはしたものの依然納得はしかねている雰囲気の村長の視線を背に玄関の引き戸に近付けば、誰か複数の人間がやって来る気配と駆け足の音がした。

「村長!!う、うちの子は…うちの子はっ!?」

 玄鳥が脇に避けるのと同時に荒々しく開かれた戸から若い女が駆け込んで来る。後を追うようにして女と同年代の男が間を置かず土間へと飛び込んで来るや否や、年格好も疎らな数人の村人達が村長宅に次々と雪崩れ込んだ。

 最初にやって来た夫婦者らしい二人は引き戸の脇に立つ玄鳥の姿など目に入らない様子で必死になって村長に詰め寄る。村長がまずは落ち着くようにと宥めるが、彼等はそんな言葉など聞こえないと言わんばかりに我が子の無事ばかりを尋ねる。が、つと落とした視線の先にあったものに彼等の口から濁流のように溢れていた言葉がぷつりと途切れた。

 大きく開け放たれた戸口から差す儚い光に映し出された、並んだ遺骨の内で最も新しい、小さな骨。男女の視線が茫然と上がり框に注がれる。

「―――ッ!!」

 耳を劈く、気も狂わんばかりの凄まじい絶叫。

 慟哭と嗚咽。痛切な叫びが嵐の如く荒れ狂った。妖異に攫われ、喰われてしまった子の死を嘆く親の狂乱が悲鳴となって迸る。

 けれども玄鳥にはどうする事も出来ない。彼女には妖異を退治する事は出来ても、死んだ者を生き返らせる事などは出来ないのだから。

 彼等の一人子は玄鳥等がこの村へ到着するほんの少し前に攫われたと聞いていた。既に何人もの村人が妖異に連れ去られて帰らぬ事から最悪の事態を予期してはいても、せめてこの目で見るまではと我が子の無事を信じ、願っていたのだろう。切望の分だけ彼等の絶望は深い。

 他の村人も皆、反応は似たようなものだった。変わり果てた家族の姿を前に泣き崩れ、何故自分の身内がこのような目に遭うのだと悲憤を叫ぶ。中には最早諦めていたのだろう、どれが誰かも判らない骨に向かって疲れたような力無い笑みを浮かべる者さえいた。

 泣き叫ぶ者等の言葉の内には妖異に対する激しい憎悪が隠しようもなく溢れている。それ等を聞き、玄鳥は念の為に伽角を先に宿へと帰していたのは正解だったと思った。

 こうした場合、遣り場の無い怒りの矛先を討魔士の従妖へと向ける者もいる。直接的に関わりが無いとはいえ、憎い妖異共の血を半分生まれ持つというだけで従妖は簡単に糾弾の――もっと率直に言ってしまえば八つ当たりの対象となり得るのだ。その様を玄鳥は討魔士になりたての、まだ討魔督(とうまのかみ)に付いて経験を積んでいた頃に何度か見掛けた事があった。

 村長とその妻、そしてもう身内の死を覚悟していた村人が、小さな頭骨を抱いて泣く男女をそっと慰めている。玄鳥は彼等に目礼だけを残し、村長の家を後にした。

 外に出た後も耳に届く悲痛の声は次第に啜り泣きへと変わってゆく。屋内から洩れ聞こえる泣き声は暫し、救いを求めて追い縋るかのように聞こえ続けていた。

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