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魂篝  作者: 此島
一章
1/31

 甲高い獣の叫びが静かな山中の空気と鼓膜とを等しく震わせる。

 樹上より銘々に叫び交わすのは、人間の成年に程近い体躯を持つ大きな猿の姿をした妖異だ。元は尋常の獣であった筈のこれ等は死んだ妖異の肉を喰らい、自らも化け物へと変じた。生粋の妖異に比べれば大した力は持たない存在ではあるが、此処一年でこうした妖異に村が一つ滅ぼされたという話もある。幾ら小物だからといって、数が揃えば存外侮れない連中である。

 山奥から人里へと流れ行く風に乗るようにして、一匹が正面から玄鳥(つばめ)の前に飛び込んで来た。それを左へ大きく踏み込んで身を躱しながら右手の一刀で逆袈裟に斬り上げる。耳障りな悲鳴を上げて地面に落ちる猿妖を脇目に、左後方から襲い掛かる別の一匹を踏み込んだままの左足を軸に身体を返して反転し、振り向き様に斬り伏せた。

 胴を断たれた猿妖がひくひくと痙攣し動かなくなる。妖異の血が下草を濡らし、腥い臭気が空気に混じった。

 樹木の緑と土の香に満ちていた静謐な空間を穢す、紛れもない殺生の臭い。けれどもこの苦痛と怨嗟に彩られた死の臭いは、猿妖達からのみ発せられるものでは決してなかった。

 残る猿妖達を捉える視界の端にまだ新しい、子供のものと思われる土に汚れた小さな頭蓋骨が映り込む。だが玄鳥は眉一つ動かさずに左右の刀で敵の喉を突き、妖異を次々と斬り払った。

 間合いの外で枝のしなる音が聞こえる。振り子の如く揺れる殺気が風の流れを裂き、咄嗟に迎撃に其方を振り返ろうとして、止めた。

 目の前に転がる一匹に止めを刺す事にした彼女の横で、枝葉の間から零れる陽光を受けて輝く数本の針が猿妖を撃ち落とす。翔るように宙を跳ぶ相手に対し、眼、首、脇腹と一本も外さず深々と命中させたその腕前に玄鳥は内心で舌を巻いた。

 最後の一匹を仕留めてから針の飛んで来た方向を見遣る。ぞろりとした白の衣に足首までを覆う瑠璃色の袴という、山歩きには似付かわしくない出で立ちをした少年が玄鳥へ向かって頭を下げた。

「――良い腕だな、伽角(かづの)

 これまで玄鳥はずっと単独で行動していたのでついその存在を失念してしまっていた。それもこれも性格だけではなく気配まで自己主張の薄い彼の所為だと言うのは責任転嫁だろうか。

「…いえ。…玄鳥様にお褒め頂く程では」

 伽角の常に伏し目がちの深い緋色の瞳が僅かに上げられ、其処此処に転がる猿妖の死体を見回す。

「謙遜の必要は無い。実力は実力として相応に誇るべきだ」

「……はい」

 呟くように返事をし、伽角はもう一度小さく頭を下げた。

 相変わらず覇気が無い。かといってやる気が無い訳ではないのがこの少年の不可解なところだ。

 足許に放置された猿妖の犠牲者の骨を見下ろして伽角が少女と見紛うようなその顔を陰らせる。それが悲嘆なのか哀悼なのか、あるいは憂いなのか。行動を共にし始めてから然程の時を経ていない玄鳥には判別が付かない。

 淀んだ空気を浚うような初夏の澄んだ山風に吹かれ、頭上の青葉がさやさやと何事かを囁き合う。

 玄鳥は懐から一枚の呪符を取り出し、印を切って虚空へ放った。解放された術式が霊力を帯びた青白い炎となって猿妖達の死骸のみを焼き祓う。死骸を放置すればまた別の獣がこの猿妖の死肉を口にし、新たな妖異と化して人里に犠牲を生む。

 この場に充満する〝死〟を包み込み浄めるようにして葬送の炎が青く燃える。送り火のような青炎に照らされながら玄鳥は着ていた袖無しの羽織を脱ぎ、彼方此方に散らばる人間の骨を拾い集めた。

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