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【閑話】ルーシェという少年

「ここまで来ればもう少しだぞ、ルーシェ!」


 お世話になっている隊商の親方の声に僕は顔を上げた。

 故郷の村を出てから長く続いていた森と草原の景色から森が消え、隊商の前にはふた手に別れた道がある。


「順調だな。この分だと昼過ぎにはレティスにつくだろう」


 御者台に顔を出した僕に向き直った獣人の親方が白い歯を見せてニカッ、と笑う。


「ルーシェとはそこでお別れだな」

「……ホントに何から何までありがとうございます」


 馴染みとなった親方の笑顔に思わずしんみりとして。

 頭を下げる僕に親方はカッカと声を出して笑った。


「よせやい。俺ぁ、ルーシェの親父さんには世話になったんだ。こんなこたぁ朝飯前だ」


 僕の家は村の農家だ。

 それほど大きくない村のそれほど大きくない農家。

 普通なら食べるにも困るほどではなかったが、僕には弟や妹が沢山いた。

 両親が頑張り過ぎたのだ。

 だから僕の家は貧しかった。

 学舎も村にある初等部までで同い年の子が学園都市にある中等部に編入しても、僕は実家を手伝う為に編入しなかった。

 父や母の手伝いをしながら弟妹の面倒を見、時には森に入って薬草や弱い魔獣を罠にかけて家計の足しにした。


 親方と知り合ったのは数年前。

 村の近くで魔獣の襲撃にあった親方は辛くも逃げおおせたが、商売のために持っていた荷をすべて失った。

 途方に暮れる親方に手を差し伸べたのが僕の父だったのだ。

 貧しかったが村人の覚えの良かった父は村中を周り、頭を下げ、親方の旅に必要な金や物資などを工面した。

 村で僅かばかりの荷を得た親方はそれを元手に根気よく商いを続け、今や都市や村々を回る行商人として成功を収めている。


「最初、ルーシェが冒険者になる為に村を出るって言ったときゃぁ、耳を疑ったがなぁ……」

「ははっ……」


 頭を掻きながら苦笑いを浮かべる僕に親方は頬を緩めた。

 弟妹の世話に手が掛からなくなって、親の手伝いができる年になったら食い扶持を減らすためにも自立しようと考えていたのはもう大分前の頃からだ。

 冒険者として登録できる十五歳になると同時に僕は村から出る選択をした。


「まぁ、外に出るのも悪くはねぇな」


 親方が「俺みたいにな」っと胸を張る姿は失敗も見ている僕には笑いを誘って緊張を解してくれているように見える。

 実際、そうなのだろう。


「村で冒険者になろうとは、どうしても思えなくて……」


 自然と視線が故郷の村の方角へ向く。

 親方には理由を話してあったから少し寂しそうな表情を浮かべていた。

 最初は僕も故郷で冒険者としてデビューしようと思っていた。

 だが、そんな折、学園都市に編入していた同い年の子供達が戻ってきたのだ。

 大抵はそのまま学園都市で冒険者デビューするものだから皆驚いていた。

 彼らの話によると生まれ故郷からスタートして村出身の冒険者として名を上げていきたいとの事だった。


 当然、そこに僕は含まれていなかった。


 学園都市で苦楽を共にした同じ故郷の仲間達によるパーティだ。

 無理に入っても温度差があるだろうし、入ろうとも思わなかったが。

 そのままソロで活動しても良かったが、関係がギクシャクするのは目に見えていた。

 そんなわけで、あまり居心地の良くなくなった故郷での冒険者デビューは早々に諦め、親方に頼み込んで王都レティスまで運んでもらっている最中なのだ。


「まぁ、無理だけはせんようにな。何かあれば商工会ギルドを訪ねてこい。儂と連絡がつく筈だ」

「流石にそこまでお世話になれませんよ」


 おんぶに抱っこじゃ冒険者になった意味がない。

 それが分かっているからか、親方もあまり強くは言ってこなかった。


「王都が見えるぞぉ!」


 しんみりとしてしまった僕達に前列の隊商が発した声が届く。

 それを聞いて僕は顔を上げた。

 山陰から徐々に姿を見せ始める王都レティス。

 その後ろにあるフィルファリア城。


「で、でかい……」


 生まれてから大きな街に行ったことのなかった僕はその景色に目を輝かせ、同時にポカンと口を開けてしまった。

 横で様子をうかがっていた親方が小さく鼻で笑って口元を釣り上げる。


「よーく拝んどけよ、ルーシェ。あれが今日からお前の住む街だ!」


 親方の弾む声を遠くに聞きながら、僕はただ目の前の大きな街の光景に目を奪われていた。


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