女達の作戦会議
子供達が寝静まった頃、トルキス家のリビングには女性達が集まっていた。
セシリアやターニャ、メイド達である。
セシリアが主従だけの関係を嫌う為、トルキス家では使用人達を含めた友好的なお茶会が時折開かれる。
要は女子会である。
シロー達男性陣が外に飲みに行ったので、こうして女性達だけで集まったのだ。
「リリィ様も大変ね」
今日の報告を思い返したセシリアが思わず笑みを零す。
それを横から見ていたターニャが問い掛けた。
「その……セシリアさんはリリィ様と面識がおありなんですか?」
まだ少しセシリアの名を呼びにくそうにしながら尋ねるターニャにセシリアが笑みを向ける。
「はい、子供の頃から何度か。リリィ様の兄、フェリックス様は現在の国王であるアルお義兄様とガイオス様の幼馴染でね……リリィ様はその後ろをちょこちょこ追いかけていました」
懐かしむように遠くを見ながらセシリアは続けた。
「フェリックス様は下級貴族のご出身。そのような身分の者が社交会に出る歳になれば少なからず家の期待を背負わされる。ガイオス様の紹介があったとはいえ、フェリックス様は幼少の頃から家とアルお義兄様の期待に応えようと必死だったのかもしれません。後を追いかけるリリィ様に気付いていないこともしばしば……そんなリリィ様が迷われないように、間に立って待っていたのがガイオス様だったんです」
「そんなことが……」
幼い頃のガイオスの気配りにターニャが感心したような声を上げる。
なかなかできることではない。
セシリアはその頃の微笑ましい光景を今でも鮮明に思い出せた。
ガイオスが時折振り返り、遅れて泣きそうなリリィに手を差し伸べて。
リリィはそんな待っていてくれるガイオスに安堵を覚え、懸命に差し出された手に向かって走っていた。
リリィはいつしか兄の背を追うのではなく、その友の手を目指して走っていたように思う。
「それがなんだってこんな状況になっているのか。自分の主張だけで相手を遠ざけて……これだから男ってやつは」
忌々しげに呟くマイナに横で聞いていたアイカが苦笑した。
「マイナ……自分とラッツさんの事、お二人に重ねて見てない?」
「ぬ……」
図星を指されたマイナがジト目でアイカを睨む。
思った通りだと言わんばかりにアイカが小さくため息をついた。
「あんまり無茶はしないでよ? リリィ様はマイナと違って繊細なんだから……」
「私達の事はいいのよ」
アイカの物言いにマイナが口を尖らせる。
似たような境遇であるマイナがリリィの心配をするのも無理ないのかもしれない。
「まぁまぁ〜」
ミーシャがいつものニコニコ顔でアイカとマイナの間に立つ。
この三人のいつもの立ち位置である。
それを微笑ましく見守っていたセシリアが視線をエリスに向けた。
「エリス、ローザと昼食会のセッティングをお願いね。ステラは私と献立を考えて」
「「「はい」」」
揃って返事をするメイド達。
その横でターニャが小さく手を上げた。
「セシリアさん、私も何かお手伝いできることがあれば……」
「あら……ターニャさんはお客様なのですからくつろいで下されば……」
「どうもジッとしているのが苦手で……」
庶民的なターニャには世話になりっぱなしというのも居心地が悪いのかもしれない。
頭を掻いて苦笑いを浮かべるターニャにセシリアは笑みを零した。
「分かりました。その時になればお願いしますね」
「は、はい!」
ターニャが安堵したように息を吐き、力強く頷く。
それに頷き返したセシリアは視線をマイナの方へ向けた。
「マイナ、できますね?」
「お任せください、セシリア様! このマイナ、必ずやガイオス様にイエスと言わせてみせます!」
元気よく応えるマイナにセシリアが笑みを深くする。
「あくまでリリィ様が望む形で、ですよ?」
「はい!」
念を押すセシリアにもマイナの自信は微塵も揺らがない。
それを見たセシリアも満足そうに一つ頷いた。
「いいでしょう。段取りは任せます。アイカ、ミーシャ、協力してあげて」
「「はい!」」
揃って返事をするアイカとミーシャ。
それにも頷きを返したセシリアは最後にレンの方へ視線を向けた。
「レンには申し訳ないんだけど、引き続き冒険者ギルドの方を当たってみてくれる?」
「いえ、セシリア様……色恋沙汰よりもそっちの方が慣れてて楽です」
レンは真顔でそう答えたが、セシリアは少し不満そうだった。
どうやら慣れない事に戸惑うレンを見てみたかったのかもしれない。
「セシリア様……そんなところ、シローに感化されなくていいんですよ?」
「ふふっ……はいはい」
肩を竦めてみせるセシリア。
周りの視線が自分に集まっているのに気付いたレンがわざとらしく咳払いをする。
「マイナ、リリィ様の前で見得を切ったのです。どうか抜かりなく」
「了解♪」
心配するレンであったが返事の軽さとは反対にマイナは燃えていた。
あらゆる手練手管を持ってしてガイオスを追い詰めるのだと。
決して自分の上手くいかない恋路の腹いせではない。ない、筈だ。
「それでは皆、リリィ様がガイオス様を陥落させる為の作戦会議を始めましょうか?」
「「「はいっ!」」」
セシリアの鶴の一声で昼食会の作戦会議が始まる。
セシリアも結構ノリノリだ。
それだけガイオスの態度に不満を覚えているのだろう。
そんなどこか楽しげなセシリアの様子に、レンは小さくため息をついて微笑むと自らも作戦会議に加わった。
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昼食会に向けてトルキス家が騒がしくなったある日の事――
「ただいま……あれ?」
いつも通り学舎から帰宅して門の外から声をかけたセレナは首をひねった。
いつもならジョンかエジルが直ぐに出てくるのに、その日は守衛室から人が出てこなかったのだ。
迎えのミーシャと顔を見合わせたセレナがもう一度守衛室の窓に声をかける。
「あの……ジョンさーん」
「あ、姫! 申し訳ない!」
セレナに気付いたジョンが慌てた様子で守衛室から飛び出してきた。が、その顔はどこか明るい。
「おかえりなさい、セレナ姫」
「はぁ……」
不思議に思ったセレナが守衛室の中を覗き込むとエジルが難しい顔をしてテーブルの上を睨んでいた。
片やニコニコ顔のジョン。
(ははぁ……)
エジルが睨んでいる物を見てセレナが胸中で納得した。
エジルが向かい合っている物は対局型のゲームである。
元は軍議に用いられた駒をモチーフにしたもので交互に差し合い、相手の王を取れば勝ちというものだ。
昔は貴族の嗜みだったが、今は大衆の娯楽としても普及している。
「七番勝負、四勝三敗で俺の勝ち♪」
「七番……随分と長丁場な戦いにしたんですね〜」
鼻高々に言ってのけるジョンに、ミーシャが感心とも呆れともつかぬ感想を漏らす。
(面白い形ね……)
エジルと一緒に盤面をのぞき込んだセレナがそんな感想を抱いてジョンに視線を向けた。
「それで? 一体何を賭けたんです?」
五番勝負や七番勝負はだいたい真剣勝負の時に用いられる対局数だ。
単純にゲームとしての勝ち負けを競うなら何度も打ち合う必要はない。
セレナの質問にジョンが照れたように頭を掻いた。
「いや〜、門番の仕事、二人じゃキツくて……負けた方が人を増やして欲しいとお願いしにいくってな内容で……」
ジョンの説明にエジルの表情が曇る。
このままだとエジルがシローかセシリアに人員補充のお願いをしなければならないのだ。
雇われる身としては言い出し辛い事だろう。
「今はローザさんに手伝ってもらってるが、申し訳なくてなぁ……」
「なるほど〜」
納得したようにミーシャが相槌を打つ。
「私がお父様かお母様に相談してみましょうか?」
盤面から顔を上げて提案するセレナにジョンが首を横に振った。
「いえいえ、セレナ姫。ご心配には及びませんよ」
余裕の笑みを浮かべて応えるジョン。
それはそうだ。
大変なのはエジルである。
そのエジルは盤面に頭突きを食らわさんばかりにのめり込んだままだ。
「どんだけ見たって詰んでるよ」
「うぅ……いや、まだどこかに活路が……」
「とっとと投了しなさいっての!」
足掻くエジルを余裕の笑みで見下ろすジョン。
どこか大人気ない絵面にセレナとミーシャは苦笑いを浮かべた。
「ほどほどにして〜門番の仕事に戻って貰わないと〜」
「すぐだよ、すぐ! 俺はもう戻るし」
やんわり苦言を呈するミーシャにもジョンは終始笑顔だ。
とはいえ、このままだとエジルは長考しそうだし、増員の願いもいつになるか分からない。
二人で大変なのが確かであればすぐにでも報告した方がいい。
「やっぱり私がお母様にお願いしてみます。ジョンさんもエジルさんも言い辛いと思うし……」
セレナが結論づけてそう言うと、エジルが盤面から顔を上げた。
「本当ですか? セレナ様……」
「はい♪」
どこか救われたような表情を浮かべるエジルにセレナがクスリと笑う。
その様子にジョンが少し不満げな表情を浮かべた。
「エジル〜、姫の手を煩わせるなよ……」
「も〜、ジョンさん大人気ないですよ〜?」
ミーシャに苦言を呈され、ジョンがポリポリと頭を掻く。
「ジョンさんも、いいですか?」
笑顔で確認してくるセレナにジョンは首を縦に振った。
重荷が降りたことでエジルはそのまま投了し、この一局はジョンの勝ちとなった。
トータル四勝三敗だ。
「会心の一局だったし、まぁ良しとするかぁ……」
「お仕事中はほどほどにして下さいね」
「はい……」
無理やり納得するジョンにセレナが笑顔で注意するとジョンは苦笑いを浮かべて頭を下げた。
そんなジョンを尻目にセレナがもう一度盤面に向き直る。
伸ばした手でひょいっとエジルの手駒を掴んで黙考して。
「二人とも、まだまだですね」
そんな風に呟いたセレナがぴしりと一手、盤面に駒を指した。
「それじゃあ行きましょうか、ミーシャさん」
「はい〜」
指すだけ指したセレナは顔を上げると連れ立って屋敷の中へと入っていった。
その後ろ姿を見送って、ジョンがポリポリと頭を掻く。
「ちょっと夢中になり過ぎちまったな……」
反省しつつ、盤を片付けようと守衛室の中へ入るとエジルはまだ盤面に釘付けになっていた。
「ほれ、片付けるぞ」
「ジョンさん、待って。これ……」
「あん?」
セレナの一手を指し示すエジルに眉根を寄せたジョンが視線を盤面へと向ける。
二人の気付かなかった箇所に指されたセレナの一手は見事に二人の優劣を入れ替えていた。
「えっ? あれ……?」
ジョンとエジルは顔を見合わせると信じられないものを見るような顔で再び盤面に視線を落とした。