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二人で歩む未来に祝福を

「こちらでございます」


 ウィル達は年配の執事に案内されて部屋の中へ足を踏み入れた。

 ソファーの長椅子にそれぞれ二人ずつ腰掛け、やや離れてジェッタが座り、その傍に付き添うようにメアリーが立っていた。


「ようこそ、ウィル殿」

「こんにちはー!」


 フェリックスがウィルを歓迎すると、ウィルは元気よく挨拶した。

 笑みを浮かべて頷くフェリックスにウィルも笑顔を返す。


「ささ、ウィル様。こちらへ……」


 立ち上がったリリィがウィルの手を取ってジェッタの下へ導いた。

 ウィルの視線とジェッタの視線が合う。


「ウィル様、この度は息子の命をお救い頂き、誠にありがとうございます」


 ジェッタの父親も立ち上がり、ウィルに頭を下げる。

 魔法を巧みに操るなど信じられないような幼さだが、それでも彼がウィルに対して礼を欠くことはない。

 ウィルはジェッタとその父親の顔を交互に見ると笑顔を浮かべた。


「まだおててとあし、なおしてないけどー」

「十分でございます、ウィル様……」


 深々と頭を下げ直すジェッタの父親にウィルが口を尖らせる。


「だめー。このままだとおにーさんもおねーさんもえがおにならないもん!」

「それは……しかし……」


 はっきりしないジェッタの父親にウィルが眉根を寄せた。

 治るなら、失った手足も元通りになった方がいいに決まっている、と。

 だが、それは魔法の力を持ってしても簡単な事ではない。

 大人達はそれがよく分かっていた。

 ウィルが言うほど簡単に実現しようがないのだ。


「ありがとう、ウィル様……」


 気持ちだけでも十分だと、ジェッタが残った手でウィルの頭を優しく撫でた。

 ウィルは気持ち良さそうに身を任せてからジェッタに向き直った。


「うぃる、おにーさんにぷれぜんともってきた」

「…………? 何かな?」


 首を傾げてみせるジェッタの前にウィルが銀のネームタグを掲げてみせた。


「おねーさん、つけてあげてー」

「ふふっ、はいはい……」


 ウィルからネームタグを受け取ったメアリーがジェッタの首にネームタグのチェーンを回す。

 ジェッタは胸元に収まった少し豪華なネームタグを手に取ってしげしげと眺めた。


「これは……?」


 子供からのプレゼントにしてはいささか豪華な贈り物にジェッタがウィル達を見回す。


「まどーぐだよ!」

「魔道具……?」

「そー!」


 戸惑うジェッタにウィルは嬉しそうに頷いてみせた。


「つかってみて!」

「あ、うん……」


 ウィルに促されたジェッタがネームタグを握って魔力を込める。

 精霊石が光り輝き、魔法文字が効果を発揮し始めた。


「こ、これは……」


 仮初めの手足が土属性の魔法で構築されていく光景にフェリックス達が言葉を失う。

 そんな中、


(あっ……!)


 何かに気がついたウィルが失敗したという表情を浮かべ、顔を両手で隠した。

 程なくして効果を成し遂げた魔法が光を収めていく。

 フェリックス達はまだ目の前の状況を上手く飲み込めず、ただ呆然とジェッタを眺めていた。


「ふむ……」


 魔道具の発動を確認し終えたカルツがジェッタに歩み寄る。


「あのー、かるつさん」

「何をなさっているんです、ウィル君?」


 顔を隠したままのウィルを見て、カルツが首を傾げる。

 ウィルは顔を隠したまま答えた。


「おにーさんのあし、だいじょーぶ? おててになってなーい?」

「…………あー」


 不思議そうな顔をしたカルツがウィルの言わんとしていることを察して笑みを浮かべた。

 魔道具に用いられた魔法はもともとウィルの副腕を生成する魔法である。

 ウィルはきっと足から手が生えると思ったのだ。


「ふふっ……大丈夫ですよ、ウィル君。このカルツに抜かりはありません」

「ぬかりなかったー?」

「ええ、もちろん」


 カルツに頭を撫でられ、ウィルが指の間から恐る恐るジェッタの足を確認した。

 魔法で構築されたものである以外は不自然な所はない。


「よかったー♪」


 安堵のため息をつくウィル。

 一方、事態を飲み込めていないフェリックス達は呆気にとられた様子でジェッタとウィル達を交互に見ていた。


「あ、あの……これはいったい……」


 フェリックスの問い掛けにカルツが向き直る。


「失礼致しました。ウィル君の渡した魔道具は失ってしまった体の一部を補う力があるのです」

「そんな貴重な物を……?」

「いえいえ」


 見上げてくるジェッタにカルツは肩を竦めた。


「ダンジョン産のアンティークみたいな物ではありませんよ。ハンドメイドです」


 魔道具は人の手によって作られたハンドメイドと、何らかの影響で物自体が魔法効果を持つようになったアンティークとに分けられる。

 ハンドメイドの方が一般的な為、見たこともない効果を発揮する魔道具を見ればアンティークと思うのが普通だ。


「ハンドメイド……!? つ、作れるのですか!?」


 驚きの声を上げるフェリックスにカルツが笑顔で頷く。


「ええ。実際、それはウィル君が創り出した新しい魔法を元に私が魔法文字として効果を調整し、そこにいるヤームが魔道具として仕立てた物です」

「な、なんですって……」


 フェリックスが呆然と呟いて視線をウィルに向けるとウィルは「えへー」と照れ笑いを浮かべて身をくねらせた。

 魔法を一つ新たに創造するだけでも大偉業だ。

 それを短期間で魔法文字に変換し、魔道具として作り上げることも、また。

 離れ業のオンパレードである。


「ジェッタさんでしたね?」

「あ、は、はい……」


 カルツに声をかけられて呆然と魔法の義手を眺めていたジェッタが顔を上げた。


「どうぞ、立ってみてくだい」

「は、はい……」


 促されてジェッタが恐る恐る体に力を込める。

 魔法の義手と義足はジェッタの意思に反応して滑らかに動いて。

 怪我をする前と変わらず、ジェッタは自然な動作で椅子から立ち上がる事ができた。


「ジェッタが……ジェッタが……!」

「たったー!」


 口に手を当てて声を震わせるメアリー。

 その後を継ぐようにウィルが声を上げてパチパチと拍手した。


「ジェッタ……ッ! う、くっ……!」

「……良かったな」

「ああ……ああ……!」


 感極まったジェッタの父親の背中をメアリーの父親が優しく叩く。

 息子が大怪我を負った。

 死んでもおかしくないような大怪我だ。

 だが、奇跡が起きて一命を取り留めた。

 二度と自分の足で歩く事は叶わないかもしれないが、生きていた。

 それだけでも十分だと思った。

 死んでしまった者に比べれば。

 十分だと思ったが、しかし。

 父親として、もう一度立って歩けるようになって欲しいと願わなかった事は一度もない。


「ありがとうございます……ありがとうございます……」


 顔をクシャクシャにしながらありがとうと繰り返すジェッタの父親に誰もが瞳を潤ませた。

 メアリーもジェッタにすがりついて泣いている。


「よかったー♪」


 ウィルは皆が喜んでいるのを感じて満面の笑みを浮かべた。

 カルツとヤームに手伝ってもらったが、この間笑顔にできなかったメアリーにも笑顔が見られる。

 その輪の中で一人、フェリックスだけが喜びつつも静かに思考を巡らせていた。


「【魔法図書】のカルツ殿……ですよね?」

「ええ、そうですよ」


 フェリックスに呼びかけられたカルツがいつもの笑顔で向き直る。

 まるで声をかけられるのを分かっていたかのような反応の良さだ。


「ふふっ……」


 その反応にフェリックスが思わず笑ってしまった。

 他意はない。

 おそらくカルツには分かっていたのだ。

 一国の宰相ならこの場で声をかけないのは有り得ないと。

 それだけのものを目の前で見せたのだ。

 それが証拠にカルツはフェリックスの言葉を待っている。

 フェリックスも無用な駆け引きを挟まず率直に伝えた。


「その新たな魔道具の権利、我が国に売って頂きたい」

「そうですねぇ……」


 勿体つける素振りを見せたカルツがヤームに視線を向ける。

 その視線にヤームが肩を竦めた。


「俺はウィル坊のやりたい事を手伝っただけだぜ?」

「私もですよ」


 ヤームの言葉にカルツが同意する。

 ウィルはよく分かっていないのか首を傾げた。


「そういうわけです、フェリックス宰相。この魔道具の権利はウィル君にあります。ウィル君と交渉してください」


 カルツがフェリックスに向き直って伝えるとフェリックスは苦笑いを浮かべた。

 不思議そうに見上げてくるウィルの前に屈み込んだフェリックスが言葉を選びながら口を開く。


「えーっと、ウィル殿」

「なーにー?」


 首を傾げるウィル。

 フェリックスにとって今までの交渉相手の中では当然ながら最年少である。


「えーとですね、そのジェッタにプレゼントした魔道具を使用する権利をフィルファリア王国に売って欲しいのですが」

「いーよー」


 はい、交渉終了。

 条件の提示すらさせてもらえなかった。


「ウィル殿……待ってください。まだいくらで買い取るかもお話してません」

「おかねー?」

「そうです」

「うぃる、おかねわかんないからいーやー」


 買わせてすらもらえない。

 フェリックスが困っていると横からヤームが助け舟を出した。


「ウィル坊。ウィル坊は強くなったら世界樹の迷宮に挑むんだろ?」

「そーだよー?」

「難関なダンジョンに挑むには何かと金がかかるもんだ。タダでいいなんて言ってちゃダメだ」

「むぅ……」


 眉根を寄せてシブい顔をするウィル。

 その横でフェリックスがカルツに視線を向けた。


「ウィル殿は世界樹の迷宮に挑みたいと?」

「らしいですよ。世界樹にあるという再生魔法の秘技に興味津々なのだそうです」


 苦笑を返すカルツにフェリックスがまた思考を巡らせる。

 世界にいくつか存在する最難関のダンジョンは大抵国と冒険者ギルドの双方に管理されている。

 ダンジョンは難易度が上がれば上がるほど準備に金がかかり、踏破した時の恩恵も増していく傾向にある。

 国もダンジョンからもたらされる恩恵を欲しており、時にはそれが冒険者にとって不利益に働くこともあった。

 そうした時に手っ取り早く解決するのはやはり金とコネなのだ。

 国の財政を取り仕切るフェリックスはその事を熟知していた。


「まぁ、実現するかどうかは分かりませんが……」


 ウィルはまだまだ子供だ。

 目標の行き先などいくらでも変わる。

 大人達からはただ暖かく見守るだけだ。


「うぃるはせかいじゅいくもん!」

「これは申し訳ありません、ウィル君」


 カルツの言葉に反応したウィルが頬を膨らませる。

 それを見てカルツが笑顔で謝罪した。


「分かりました」


 そのやり取りを横で見ていたフェリックスがウィルに向き直る。


「悪いようには致しません。ウィル殿、ご許可を頂けますか?」

「いーよー」

「ありがとうございます」


 フェリックスが頭を下げて、今度はカルツとヤームに向き直った。


「先ずは国王にご報告しなければなりませんが……これだけのものです。嫌とは言わないでしょう」

「わかった。図面は俺が用意しておくよ」

「お願いします、ヤーム。私は宰相と魔道具の運用について少し話をしておきましょう」


 そのまま今後の打ち合わせを始める三人。

 その三人を見上げていたウィルの背後からメアリーに付き添われたジェッタが歩み寄った。


「ウィル様、本当にありがとうございます」


 まだおっかなびっくりといった様子でメアリーに支えられたジェッタがウィルに頭を下げる。


「よかったねー」

「はい。ウィル様のおかげで私もメアリーの心残りに付き合う事ができそうです」

「もう……ジェッタまで……」


 顔を赤らめて抗議するリリィ。

 そんなリリィをウィルが不思議そうに見上げる中、一際目を輝かせる者がいた。


「次はリリィ様の番ということでしょうか?」


 含みのある笑みを浮かべながらマイナがリリィの顔を覗き込む。


「えっ、ええ!? あの……」

「大丈夫ですよ。トルキス家の者は皆、リリィ様の味方です」


 レンが付け足した言葉でリリィは悟った。

 トルキス家の人々には自分がガイオスに想いを寄せているという事がバレている、と。

 シローも協力しているのだから当然といえば当然か。


「近い内にまた、お食事会をしようと計画していますので、その時はぜひ」

「は、はい……」


 今度こそ想いを伝えようと勇んでいたリリィだったが、いざとなるとやはり不安なようで尻込みしてしまっていた。


「不安は分かります。ですが私の情報によるとガイオス様は奥手なだけでリリィ様のことを慕っています。仕事を盾に逃げているだけです」


 マイナがいつになく真剣にリリィを諭す。


「ですが、普通に告白しても、おそらくガイオス様はまた逃げようとされるでしょう。私達の援護があり、リリィ様がしっかりと気持ちを伝えて、ようやく成就率は五分五分といったところです」

「マイナ。あまりはっきり言ってしまうとリリィ様の決心が揺らいでしまいますよ」


 俯いてしまうリリィを見て、レンが待ったをかける。

 しかし、マイナは真剣そのもの。

 指を立ててチッチッと振ってみせた。


「ここからが大切な事です。いいですか、リリィ様? もし、リリィ様が本気でガイオス様の心を射止めたいとお想いであれば、私はその勝算を五分五分から九割まで引き上げる事が可能です」

「えっ!?」


 リリィが弾かれたように顔を上げる。

 目の前のマイナは自信に満ち溢れていた。

 成就率九割――それはもう勝ったも同然と言える数字である。


「本当に大丈夫なんですか?」

「ふっ……当然!」


 心配そうに呟くレンにマイナが不敵な笑みを浮かべる。


「どうしますか、リリィ様?」

「あ、あの……ぜひ!」


 今までも色々とアプローチしたが躱されてきたのだ。

 リリィの中にも今度こそという想いがあった。

 マイナは真っ向からリリィと向き合うと、胸を張って頷いた。


「よろしいでしょう! このマイナ・ホークアイの名に賭けて、リリィ様の恋、絶対成就させてみせます!」

「おー」


 自信満々に言い放つマイナに、よく分かってないウィルが感心したようにパチパチと拍手を贈った。


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