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ジェッタとメアリー

 フェリックス宰相は自宅の応接室で深いため息をついた。

 彼の隣には同じく深刻そうな表情を浮かべる妹のリリィがおり、対面には中年の男が二人座っていた。

 どちらもフェリックスのフォランド家に縁のある者達だ。


「私は反対です。フェリックス様……」


 対面した男の片方が力無く進言する。

 それを聞きながら、フェリックスは部屋の隅に目をやった。

 そこには先日の魔獣騒動で片腕と片足を失った執事のジェッタとその横に寄り添うメアリーの姿があった。

 発言したのは、ジェッタの父親だ。

 そして、無言で目を伏せているのがメアリーの父親である。

 両家はフォランド家が下級の貴族であった頃よりの付き合いであった。


「我が子の悲劇には胸が引き裂かれんばかりですが、それとこれとは話が別……苦労すると分かっていて、メアリー嬢の願いを聞き届けるわけには……」

「それは私にも分かってはいるのです……」


 フェリックスがジェッタの父親の反論をやんわりと抑える。

 事の発端はやはりジェッタの怪我にあった。

 一命はとりとめたものの、腕と足を失ったジェッタに執事として働く事は最早できず、彼はフェリックスに退職を願い出た。

 フェリックスからしてみれば、その怪我は妹であるリリィを守る為に負ったものだ。

 国からの保障と合わせて自らも援助しようとフェリックスは考えていた。

 しかしジェッタはその申し出を断り、フォランド家を出る選択をした。

 これからが大事な時に主の重荷にはなれない、と。

 そうした決意を固めるジェッタに、今度はメアリーが付き添うと言い出した。

 片手足を失っては日常の生活にも支障が出る事は想像に難くない。

 メアリーもまた退職してジェッタの傍にいる事を望んだのだ。

 これに対し、ジェッタは反対したがメアリーの意志は固く、お互いの気持ちを確かめ合った二人は共にフォランド家を出る事にした。

 働くあてもなく、苦難の道を行こうとする二人にフェリックスはもちろん、両家の親も待ったをかけた。

 どう考えても楽な生活など送れまい、と。


「メアリー嬢……そなたの気持ちは嬉しい。しかし……」

「ありがとうございます。ですが、私の想いは変わりません」


 ジェッタの父親の言葉にメアリーは静かに、しかし力強く答えた。

 ジェッタの父親がメアリーの父親に視線を向けるが、彼は黙ったままだった。

 娘の意志をじっくりと反芻しているようにも見える。

 次ぐ言葉が見当たらず、フェリックス達は困り果てて小さく息を吐いた。

 反対なものは反対だ。

 しかし、彼らに声を荒らげるつもりは毛頭ない。

 なぜなら両家は共にフォランド家を支えてきた者同士であり仲が良く、お互いの家の者が結ばれるのはむしろ良縁であったからだ。

 今回のような事態でなければ。


(いったい、どうすれば……)


 黙ったまま、事の成り行きを見守っていたリリィも胸中で深くため息をついた。

 このままではジェッタとメアリーが添い遂げようと誰も幸せになれない。

 とはいえ、彼女に名案はなかった。


(どうすれば……)


 皆が笑顔になれる方法を、と。

 考えたリリィの脳裏に小さな小さなウィルの笑顔が微かによぎったような気がした。




「ここ〜?」


 ウィルが立派な邸宅を見上げて、ぽかんと口を開ける。

 それにマイナが笑顔で頷いた。


「はい。こちらがフェリックス・フォランド宰相のお宅です」


 ウィルのおかげで一命を取り留めたジェッタという青年はこのフォランド家の執事として住み込みで働いていたのだ。

 その事を説明するとウィルはコクコクと首を縦に振った。

 因みに、他の子供達を宰相の所へ連れて行くわけにもいかず、今はウィル、マイナ、レン、カルツ、ヤームの五人でフォランド邸を訪れていた。


「ごめんくださいなー」


 ウィルが元気よく門の中へ声をかける。

 フォランド邸の門番は二人いて、その内の一人がウィルの方へ歩み寄ってきた。

 門番がちらりとレン達の方を伺い、ウィルに視線を向ける。


「ごきげんよう、お坊ちゃん。フォランド家へ何用かな?」


 メイドを連れている事でウィルの出自に当たりをつけた門番が丁寧に対応する。

 子供の為のリップサービスかもしれないが。

 そんな事は気にした様子もなく、ウィルが答える。


「おにーさん、いませんかー?」

「おにーさん?」


 門番が聞き返すとウィルは「そー」と答えて頷いた。


「おけがしたおにーさん」

「ジェッタの事か……」


 ウィルが誰の事を言っているのか理解した門番は表情を曇らせた。


「ジェッタは今、少し込み入った話をしている筈だ。取り次ぐのは難しいな」

「えぇー? あえないのー?」

「すまんな、坊っちゃん」

「むぅ……」


 申し訳なさそうに謝ってくる門番にウィルが頬を膨らませて唇を尖らせる。


「うぃる、おにーさんにあいにきたのになー」

「ウィル……?」


 ウィルの名前に反応した門番が視線をレン達の方へ向けた。


「申し遅れました。私達はトルキス家の使いの者です」

「トルキス家の……」


 前に進み出たレンが告げると門番がもう一度ウィルを見下ろす。

 その視線をまっすぐ見返してウィルは笑顔を浮かべた。


「うぃるべる・とるきすです」

「あなた様が……」


 ウィルの名乗りに門番は感慨深そうに呟くと、ウィルの前で膝をついた。


「この度はジェッタの命をお救い下さり、ありがとうございます」

「えへー」


 丁寧に礼を述べる門番にウィルが頭を掻いて照れる。


「うぃるね、おにーさんにぷれぜんともってきたのー」

「プレゼント……?」

「みんながえがおになるぷれぜんとなのー」

「込み入った状況なのは承知しておりますが、なんとかお取り次ぎだけでもお願いできませんか?」


 不思議そうな顔をする門番にレンがウィルの代わりに願い出た。

 すぐに会えるかどうかは別にしても用があることは伝えておかなければならない。


「畏まりました。どうぞ中でお待ち下さい」


 門番は立ち上がるとレンの申し出に快く頷いて、ウィル達を屋敷の中へ通してくれた。




「……決意は固いのだな?」

「はい……」


 己の父に問われたメアリーが静かに頷く。

 それを見たメアリーの父親は小さく息を吐き、視線をフェリックスへ向けた。


「宰相。娘の意志は固いようです。一緒に行かせてあげてください」

「そんな……よろしいのですか?」


 狼狽したのはジェッタの父親である。

 当然だ。メアリーに苦労をかけるのは自分の息子なのだから。


「メアリー……」


 静かに成り行きを見守っていたリリィがメアリーに声をかけると、父親の許しを得たメアリーが今までよりも少し表情を和らげてリリィを見返した。


「私は望んでジェッタと共にあります。一つ心残りがあるとすれば、リリィ様とガイオス様が寄り添い合う姿を近くで見られない事でしょうか」

「もう……こんな時まで……」


 場を和ませようとしたメアリーの冗談だったのだが、リリィはそうと分かっていても頬を赤らめた。

 その様子にフェリックスが思わず笑みを浮かべる。

 ここにいる者達は皆付き合いが長い。

 リリィの想い人がガイオスである事くらい知っているのだ。

 一同が和む空気と別れの寂しさを感じていると、戸をノックする音が響いた。


「…………? どうぞ」


 予め人払いをしていた為、急な用事でもない限り誰かがこの部屋に近づく事はない。

 不思議に思ったフェリックスが応じると、姿を現したのは年配の執事であった。


「どうしました?」

「お客様がお見えになられまして……」

「私に? 今日は特に誰かと合う予定は……」

「いえ、旦那様。どうもジェッタに会いに来たようで」


 誰かがジェッタの見舞いにでもやってきたのだろうか。

 そんな風に考えて、フェリックスが続きを促した。


「それで、どなたが会いたいと?」

「それが……ウィルベル・トルキス様とそのお付の方が……」

「なんと……」


 思っても見なかった人物の名にさすがのフェリックスも驚きを隠せなかった。


「室内でお待ち頂いておりますが、いかが致しましょうか?」


 判断を乞う執事にフェリックスは一度ジェッタを見てから執事に向き直った。


「こちらへお通ししてください。話はあらかた終わりましたし、ジェッタも命の恩人の顔をよく見ておきたいでしょう」

「ありがとうございます」


 フェリックスの判断にジェッタが頭を下げる。

 負傷後、魔獣騒動が終わるまでずっと意識を失っていたジェッタはウィルの顔をまともに見ていなかった。


「畏まりました」


 年配の執事は一礼をして退室するとウィル達の元へ戻っていった。


●人物

フェリックス・フォランド

フィルファリア王国の宰相。


リリィ・フォランド

フェリックスの妹。シローの上司であるガイオスを慕っている。魔獣騒動の際、ウィルに救われる。


ジェッタ

フォランド家の執事。魔獣騒動の際、片手足を魔獣に喰い千切られて瀕死だったところをウィルに救われた青年。


メアリー

フォランド家のメイド。リリィの側仕え。ジェッタと恋仲。魔獣騒動の際、ウィルに救われる。

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