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秘密のポケット

「いいか? よーく見てろよ?」


 子供達を前に座らせたヤームが携帯用の精霊のランタンを分解していく。

 型にそって丁寧に分けられたそれを子供達が見やすいようにテーブルへ並べた。


「おー」


 分けられたランタンをツンツンしながら、ウィルが興味深そうな声を上げる。


「ここな。ランタンの底の部分。大抵のランタンはここが軽量化の為に空洞になってんだ」


 ヤームが説明しながらランタンの底をねじると、言った通り、ランタンは二重底になっていた。

 それには子供達が揃って感心したような声を漏らした。


「俺達鍛冶師が見ればすぐ分かるが、意外と知られてねぇ」


 驚いた子供達に気を良くしたヤームが笑みを浮かべ、皆に見えやすいように二重底を見せる。


「この二重底、実はランタンの機能には全然関係ない。なんで何かを収納する事もできる」

「えー? でも、こんなに小さいんじゃ……」


 眉を寄せるニーナ。

 その横でセレナも小さなランタンの底に入るような物を考える。


「相手に知られず携帯しておける、ってのはそれだけで便利なもんだ。覚えておいて損はねぇ……例えば……」


 ヤームは四角い紙片を取り出して子供達に見せた。


「この魔法紙と魔法文字を組み合わせると魔力を流しただけで魔法文字で記した魔法を使う事ができる。杖がなくても魔法紙で魔力を増幅できるし、魔法文字を書いて折り畳んで入れておけば色んな時に役立つぞ」

「とはいえ、子供の内はあまり危険な魔法効果のある文字は使わないで下さいね」


 リビングに姿を現したカルツが付け足すと振り向いたニーナが眉根を寄せた。


「私、魔法文字なんて知らないわ」


 幼い時分から魔法文字に慣れ親しんでいる子供の方が少ない。

 にっこり微笑んだカルツは腕を振ると魔法を発動して何もない空間に揺らぎを作り出した。

 その中に手を突っ込んで何かを引き出す。


「はい、どうぞ」


 カルツがニーナに差し出したのは一冊の本だった。

 ニーナがキョトンとした様子で本とカルツを交互に見る。


「これは私が記した魔法文字に関する本です。世界にこの一冊しかありません。基礎から応用まで網羅されていますので勉強されるのであればお貸ししますよ」

「せ、世界に、一冊の……【魔法図書】直筆の魔法書……」


 離れたところで様子をうかがっていたエリスが口をパクパクさせているが、差し出された本人であるニーナは嫌そうに顔をしかめた。


「えー……勉強ぉ……」


 ニーナはどうも座学が苦手らしい。

 その横でセレナが小さく手を上げた。


「私、読みたいかも……」


 セレナの主張に頷いたカルツは口をパクパクさせ続けているエリスの方に視線を向けた。


「折角です。あちらのメイドさんに写本してもらいましょう。覚えておいて損はない知識ですが、量も多いので……」

「よ、よろしいのですか!?」


 飛び上がるように姿勢を正したエリスがカルツに詰め寄る。

 気圧されながらも笑みを浮かべたカルツが頷きつつ、魔法書をエリスに手渡した。


「え、ええ……後々、ウィル君に教える時も必要になるでしょうし、秘密にしてもらえるなら写本の一つや二つ……」

「はぁぁぁ……ありがとうございます! 一生、大切にします!」

「いえ、差し上げるとは言ってな――」


 カルツが言い終える前にエリスはクルクル踊るようにリビングを出て行ってしまった。


「あの子ったら、もう……」


 カルツとエリスのやり取りを見ていたセシリアが苦笑いを浮かべる。

 魔法で名を馳せたカルツの魔法書だ。

 魔法使いであるエリスがその魔法書に携われる事を喜ぶのも無理はない。


「ごめんなさい、カルツさん。エリスには私から言っておきますから」

「ははっ……」


 同様に苦笑いを浮かべるカルツの背中をヤームが半眼で突付いた。


「おい……こっちでも問題が発生してるぞ?」

「はい?」


 振り向いたカルツが目の前の光景に絶句する。


「ねーねー! これなに? なんのまほー? ねーねー!」


 ウィルが瞳をキラキラと輝かせながらカルツを見上げていた。

 その手の前でカルツ同様に空間を魔力で揺らがせながら。

 その様子にセシリアは小さくため息をついた。


「真似ちゃったのね、ウィル……」


 もうお馴染みになってしまったウィルの魔法の再現である。

 しかも、用途が分からないまま使用してしまったらしい。

 揺らぎを振り回しながら、ウィルが楽しそうにカルツのズボンを引っ張る。


「これ、なーにー?」

「ええっと……」


 苦笑いを浮かべながら頭を掻くカルツにヤームが「アホ」と小声でツッコんだ。

 ウィルの前でむやみに魔法を使わない方がいいというのがトルキス家での共通認識である。


「まぁ……危険な魔法ではありませんし……」


 カルツは自分に言い訳をしつつ、ウィルの前にしゃがみ込んだ。


「ウィル君、これはですね……大切な物を入れておく魔法です」

「いれておく……!」


 カルツがウィルの目の前で再度魔法を使い、揺らぎから中の物を出したり入れたりしてみせた。


「魔法の鞄?」


 セレナの呟きにカルツが笑顔で頷く。


「ええ。同じような原理ですよ」


 魔法の鞄は主にダンジョンなどで発見される鞄で、見た目以上の収納が可能だ。

 高価だが大人気の魔道具である。

 元は普通の鞄がダンジョンの魔力にあてられて生成されると言われている。


「ただ、魔道具と違ってそんなに沢山入れられないという欠点はありますが……」

「おもしろーい♪」

「便利ね!」


 ウィルが近くにあったティーカップを入れたり出したり、それを横で見ていたニーナが感心したように目を輝かせた。


「でも、こんな便利な魔法……なんで皆使ってないの?」


 これだけ実用性がある魔法なら生活に根差していても不思議ではない。

 その事に疑問を持ったセレナにカルツが笑顔のまま頭を掻いた。


「えーっと、それはですね……」

「空属性の秘匿魔法だからさ」


 カルツの代わりに宙に浮かんだスートが答える。

 それをヤームが続けた。


「さっきも言ったが、相手に知られず携帯できるっていうのはそれだけで便利なもんなんだ。秘密にしておきたいって考えるのが普通だな」

「まぁ、元は空属性の精霊のお遊びみたいな魔法だしな」


 ヤームとスートの言葉に子供達は感心しきりだ。


「あとで教えて差し上げますよ。でも秘密にしてくださいね?」

「「「ほんと!? やったー!」」」


 取り繕うカルツに子供達が表情を輝かせて笑顔を花咲かせる。

 その表情に気を良くしたカルツがうんうんと頷いて、指を一本立てた。


「でも、先ずはこちらが先です」


 一枚の紙を取り出したカルツがヤームに手渡す。


「おお。もうできたのか」

「ええ。精霊の協力もありましたし」


 紙に視線を落とすヤームの横からウィルが覗き込む。

 それに気付いたヤームが笑みを浮かべてウィルの頭を撫でた。


「なにー?」

「仮の手を造る魔法文字だ。次は俺の見せ所だな……」

「おー!」


 歓声を上げるウィルから手を離し、立ち上がったヤームがセシリアに視線を向ける。


「どこか工房が借りられれば、すぐにでも形にできるんですが……」

「分かりました。トマソン」


 頷いたセシリアが傍に控えていたトマソンを呼び寄せる。


「はっ」

「マイナを呼んできて下さい。あの子ならすぐ借りられる工房へ案内してくれる筈です」

「畏まりました」


 トマソンは頭を下げるとすぐにリビングを出ていった。

 セシリアも立ち上がり、ウィルの傍まで歩み寄る。


「さぁ、ウィルもお出かけの準備をしましょうね」

「あーい」


 促されたウィルは元気良く返事をして出かける準備を始めた。

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